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第4回|FIELD REPORT
茨城・日立エリア:日立の過去・現在・未来を探る旅 (3)
原子力技術の次章をひらく研究開発

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第4回|松井 康真がゆく原子力最前線 〜現場×対話で読み解くエネルギーの行方〜

松井 康真氏が日立創業の地である茨城県日立市にある日立グループの拠点を巡り、日立のルーツ、原子力分野の現在の事業や研究開発の取り組み、未来へつながる人財育成や地域との共生について取材しました。その模様を4回にわたってお届けします。

3回目は日立の研究開発を支える拠点の一つ、研究開発グループ茨城サイトで原子力分野の研究現場を訪問。原子力DX(デジタルトランスフォーメーション)を見据えた研究や、福島第一原子力発電所の廃炉に関する技術開発について取材しました。原子力技術の進歩は、どのような現場で、どのような思考と覚悟を持った研究者によって支えられているのでしょうか。松井氏が追います。


日立の研究開発の原点:日立研究所の歩みと現在

松井氏が向かった研究開発グループ茨城サイトは、臨海工場や日立オリジンパークに程近い緑豊かな小高い土地に建つ。展望フロアからは太平洋や関東平野が一望できる眺めのよいロケーションだ。

茨城サイトの出発点は、日立創業から8年後の1918年に、創業者の小平 浪平が当時の日立工場内に立ち上げた「研究係」にある。当時、事業が急拡大していく中で製品の品質や日立の技術力の向上を図る必要性を感じた小平は、製品試験を行っていた試験係を試験課に昇格させ、その中に新しく研究係を設置、自身が試験課長兼研究係長として日立の技術基盤の強化や新製品の開発を指揮した。
研究係は1934年に技術開発の中心者として小平を支えた馬場 粂夫を初代所長とする「日立研究所」となり、1962年に現在の地に移転した。その後、研究開発グループの再編に伴い茨城サイトと改称し、主に気候変動や資源問題などサステナビリティに関連する社会課題の解決に資する研究を行っている。

茨城サイトを訪れた松井氏は、まず環境・エネルギーイノベーションセンタの馬場 淳史センタ長から日立の研究開発の歴史や現在の体制について簡単な紹介を受けた。

日立は1934年の日立研究所設立に続き、1942年に東京都国分寺市に中央研究所を設立。さらに機械技術や生産技術、システム開発、デザイン、基礎研究など分野ごとに研究所を立ち上げ、海外にも研究所を設立してきた。現在はそれらを再編し、研究領域をDigital Innovation R&D(Research and Development)、Sustainability Innovation R&D、Next Researchの大きく三つに分け、国内は四サイト(国分寺サイト、茨城サイト、横浜サイト、鳩山サイト)を主な活動拠点としながら、大学などの他機関との共同研究・開発拠点も運営している。また海外では米州、欧州など五つの地域にR&D部門を設け、国内約2,000名、海外約200名の研究者が基礎から応用まで幅広く未来の社会を支える研究に取り組んでいる。

ここ茨城サイトはSustainability Innovation R&Dの領域を担い、例えば、電力系統安定化技術、水素の製造・供給技術、ブルーカーボンと呼ばれている海洋二酸化炭素吸収技術、原子力では福島第一原子力発電所の廃炉に向けた技術、再稼働支援技術、小型軽水炉BWRX-300を含む新型炉開発技術、原子力プラントのDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた技術などを開発している。
デジタル・AI関連では、世界中の多様な社会・経済活動データを観測・分析し、社会リスクの把握、予兆発見をめざすデジタルオブザーバトリ技術を東京大学と共同で研究。また、フロントラインワーカーの作業を代替するロボティクス技術、熟練技術者のノウハウのデジタル化と活用、生成AI時代に向けたデータセンターのエネルギーマネジメントなども研究している。

少し先の未来を見据え、次のイノベーションをめざす「エネルギー応用」の分野では、患者への負担が少ない次世代がん放射線治療装置、航空機の電動化に向けた世界最高出力密度のモーターの開発、シリコン型の量子コンピューターなどの研究を進めている。

「日立も創業当時は小さなベンチャー企業だったわけですが、その中でも研究をきちんとしなければと考えたところに、小平さんの技術へのこだわりが見えてきますね。
その志がしっかり継承されているのも素晴らしいことだと思います。現在、企業としてこれだけ幅広く研究を行っているところは少ないのではないでしょうか」(松井氏)

原子力メタバース:デジタルとデータを活用した発電所のDX

茨城サイトの多彩な研究開発テーマの中から、今回、松井氏は原子力に関連したテーマを取材。まずメタバース協創ガレージに案内され、メタバース空間を体感した。

原子力分野のDXに向け、日立はメタバースとAIを組み合わせ、既存原子力発電所の安全対策工事や今後の新規建設、保全業務、廃炉プロジェクトなどにおける作業の効率化を実現する技術を開発している。
これは、メタバース空間上に原子力発電所の現場を再現し、作業者や設備・器具などに関する画像、音声、文書、センサーデータなど、多様な種類の現場データを蓄積、可視化、活用する仕組みだ。生成AIを利用して必要な情報を対話形式で検索できる機能も備え、データ活用の利便性を高めている。認証されたユーザーがアバターとなって複数人で同時にメタバース空間に入り、設計情報や現場状況の確認、寸法測定、オンライン会議などを行うこともできる。
それらの機能によって意思決定を迅速化し、設計から現場施工までの作業効率と安全性の向上、技術伝承などを支援していく。この技術を活用して、データに基づいて発電所を運営する「データドリブン発電所」の構築をめざす構想だ。

ステークホルダーの業務を革新するデータドリブン発電所

原子力発電におけるメタバース活用のイメージ

取材では、実際のプロジェクトとして社内の模擬施設の移設工事に適用し、有効性を検証した事例が開発チームの杉本 洋平リーダ主任研究員から紹介された。

日立は福島第一原子力発電所の廃炉に向け、原子炉下部を実寸大で模擬した施設を建設、ロボット操作の検証や訓練を行っている。その施設の移設工事にメタバース技術を適用した。まずメタバース上に模擬施設を再現し、工事中の現場を毎日3次元計測したデータを反映、日々の進捗状況を確認できるようにした。スマートフォンで撮影した現場写真や監視カメラの映像、設計図書などの文書もその中にアップロードしていった。
このメタバースを利用し、従来は工事の現場でしか行われていなかった日次の夕礼をメタバース上で開催。その日に行われた作業の振り返り、翌日の作業の打ち合わせなどを実施した。現場の監督や作業者と、遠隔地にいる設計者などが同じ空間を共有し、作業進捗状況を確認しながらコミュニケーションを行ったことにより、合意形成のスピードアップと生産性の向上が図れたという。

そのメタバース空間を松井氏に体感してもらうため、正面・天井・床・左右の壁の5面をスクリーンで囲ったメタバース協創ガレージに模擬施設の映像が投影された。背面以外の空間全体に映像が表示され、VRゴーグルなどを使用しなくてもデジタル空間に入り込んだ没入感が得られる仕掛けだ。
周囲に広がる映像を見た松井氏は「メタバースの展示はHitachi Social Innovation Forum 2025 JAPAN, OSAKAの展示でも拝見しましたが、こちらはさらに臨場感がありますね」と驚いた様子で話す。

「このような空間がない場所ではパソコン画面などで見ることになると思いますが、遠隔地にいても実際のプラントのデジタルツインを共有しながら会話ができるというのは画期的ですし、海外拠点との共同作業も可能になるかもしれないですね。今日、見学したような高精細な画像を共有できるなら、充分実用に耐えると感じました」
(松井氏)

原子力の汚染水処理に貢献する同時吸着剤の研究開発

次に案内された工学研究棟はRI(放射性同位体)を扱う放射線管理施設のため、白衣と靴カバーを装着して内部へ向かう。ここでまず紹介されたのが、福島第一原子力発電所の地下水と汚染水の処理に用いられている吸着剤だ。

福島第一原子力発電所で発生する汚染水には、高濃度の放射性セシウム(Cs)と放射性ストロンチウム(Sr)を中心としたさまざまな放射性物質が含まれている。事故発生後からそれらの処理が課題となり、当初は放射性Csのみを取り除いた状態でタンクに貯蔵。2013年よりALPS(多核種除去設備)の運用が始まり、汚染水からトリチウムを除く放射性物質を除去した処理水を貯蔵してきた。2023年よりその処理水を希釈し、トリチウムを国の安全規制基準値の40分の1未満とした上で海洋放出する措置が進んでいる。

放射性Csと放射性Srの除去には吸着剤を利用するが、従来はそれぞれ異なる吸着剤が用いられていた。それらを一つの吸着剤で除去できれば、汚染水処理の工程と時間が削減でき、処理能力が向上する。さらに、放射性廃棄物となる使用済み吸着剤の量も削減できる。そこで日立は放射性Csと放射性Srを同時に吸着する「Cs-Sr同時吸着材」を2013年に開発、2015年から運用を開始した「サブドレン他水処理設備」における地下水処理に適用した。福島第一原子力発電所では、原子炉建屋周辺の地下水が建屋に流れ込んでしまうことが汚染水を増やす要因となっていた。その対策として設置されたのが、建屋周辺の地下水を流入する手前で集め、放射性Csや放射性Srなどの放射性物質を取り除いた上で海洋放出するサブドレン他水処理設備だ。設備の運用以降、建屋に流入する地下水が減少し、新たに発生する汚染水の量が抑制されている。

開発チームの可児 祐子主管研究長の説明によると、それまでCs用吸着材として知られていたケイチタン酸塩化合物にイオン交換性能を向上する化学処理を施し、Srの同時吸着を可能にしたという。研究開発した同時吸着剤は、CsとSr両方に対して、それぞれの高性能吸着剤と同等の吸着性能を発揮する。しかも、従来の吸着剤はCsとSrとそれぞれ化学的性質の似たナトリウム、カルシウムも吸着してしまうのに対し、この吸着剤はCsとSrを選択的に吸着できるため、ナトリウム、カルシウムを含む海水条件でも高い吸着性能を維持できる。

セシウムとストロンチウムの吸着性能

この同時吸着剤は地下水の処理だけでなく、2014年に福島第一原子力発電所に導入された「高性能ALPS」でも採用されている。
こうした功績が評価され、この同時吸着剤の研究開発と実用化は第52回(2019年度)市村産業賞 貢献賞を受賞した。市村産業賞は、日本の科学技術の進歩や産業の発展に顕著な成果をあげた技術開発者に授与される賞だ。

「汚染水処理の問題は記者時代に取材を重ねていたテーマでもありますが、汚染水だけでなく地下水対策にも日立の技術が貢献していたというのは初耳でした。報道番組に原発担当記者として出演したとき、『世界に前例のない高度な汚染水処理装置をこんな短期間で実用にこぎつけたことは金メダル級の技術なんです。日本の技術者の勝利です』などと打ち合わせになかったことを言ったことを懐かしく思い出します。当時の報道現場では原子力全般に対する否定的な空気が強く、ポジティブな意見を言う人はいなかったのですが、私は評価すべきものはきちんと評価すべきと思っていましたから」(松井氏)

福島第一原子力発電所の廃炉作業に寄与する形状変化ロボット技術

さらに研究棟の奥へと進んだ松井氏は、福島第一原子力発電所の廃炉作業に向けて開発している形状変化ロボットについて、開発チームの小林 亮介リーダ主任研究員の説明を受けた。

廃炉最大の難関と言われている燃料デブリの取り出しには、まず原子炉格納容器の内部の状態を把握することが欠かせない。その作業に用いるロボットには、高い耐放射線性に加え、格納容器へつながる直径100ミリメートルの配管を通り抜けられるサイズ、グレーチング(溝蓋や足場にもちいられる格子状の金属板)や凹凸のある場所も移動できる走行性能が求められる。それらの条件を満たすため、日立は二つの小型クローラで走行し、状況に応じて形状を変えられるロボットを開発した。撮影に用いるカメラなどを備えた本体、その両側に90度曲がる関節で接続されたクローラ部で構成されるロボットで、移動時はコの字型で安定走行し、配管を通過する際には変形して本体とクローラが縦一列の姿勢をとることができる。

この形状変化ロボットは、2015年に福島第一原子力発電所1号機の原子炉格納容器内部の1階部分を調査する実証試験に用いられた。事故炉の格納容器の中に入るのは、ロボットとしては同機が初めてのことだった。1台目のロボットは初日の調査途中に床面の隙間に挟まって動けなくなってしまったものの、2台目は6日間にわたって調査を行い、廃炉作業に向けた重要な情報や知見を得ることができた。

その後、研究チームはこの形状変化ロボットをさらに進化させ、新たに3次元的計測が可能な線量計や水中カメラを搭載した調査用ロボット「PMORPH(ピーモルフ)」を開発。同機は2017年に1号機原子炉格納容器内のペデスタル(原子炉の基礎部分)の外側地下階の調査に投入され、燃料デブリ取り出しに向けた実態調査と情報収集に貢献した。これらの取り組みは、日立の技術を生かした廃炉支援の一例といえる。※

「PMORPHはまるでワカサギ釣りのようにセンサーユニットをグレーチングの隙間から下に垂らして調査するロボットとして話題になりましたね。廃炉という未知の領域は研究者の発想や技術力が試される場であるとも言え、困難に立ち向かう中で得られた知見や技術を、廃炉だけでなくその先の未来へと生かしてもらえたら、と願います」(松井氏)

原子炉の信頼性向上を支援するガンマ線照射設備

形状変化ロボットに続いては、ガンマ線照射設備を見学。ここでは、強いガンマ線を発するコバルト60(コバルト59に中性子を照射して人工的につくられる放射性同位体)を用いて、原子力発電所の現場で用いられる素材などの放射線による劣化状況を試験している。1972年から運用されており、原子炉安全工学の発展に寄与してきた日立の試験設備である。

「原子力は失敗が許されない領域だからこそ、本物の試験環境があることの意味は大きいですね。日立は1957年から原子力技術の開発を始め、教育訓練用原子炉もつくり、また50年以上前からこのような試験設備も運用してきた。その知見の蓄積は膨大なものになっているのではないでしょうか」(松井氏)

原子力分野における主要な研究テーマ

原子力に関連する主要な研究を取材したのち、松井氏は環境・エネルギーイノベーションセンタ 原子力システム研究部の上遠野 健一部長にインタビュー。まず日立の研究開発における原子力分野の現在の方向性について聞いた。
上遠野部長はR&Dの主要なテーマとして次の四つを挙げる。

一つ目は福島第一原子力発電所の着実な廃炉作業に向けた燃料デブリの調査と取り出しに用いる放射線に強いセンシングやロボットの開発。二つ目は原子力発電所の確実な再稼働と、安定運転や稼働率向上を実現するための原子力DX技術。
三つ目は事故対策として義務づけられたフィルターベントに加え、独自の希ガスフィルタと除去効率を向上した有機ヨウ素フィルタからなる放射性物質閉じ込め技術や、再生可能エネルギーとの共存を推進する出力調整運転技術といった、原子力の安全性やフレキシビリティを向上させる技術の開発にも取り組んでいる。

そして四つ目は新型炉の開発。カナダで建設が開始され、北米・欧州で導入計画が進んでいる小型軽水炉BWRX-300のほか、資源再利用型BWR(RBWR:Resource-renewable Boiling Water Reactor)など使用済燃料の削減につながる技術の研究も進めている。上遠野部長は「これらの研究開発の成果を、原子力の社会的受容性の向上につなげていきたい」と語る。

環境・エネルギーイノベーションセンタ 原子力システム研究部
上遠野 健一 部長

福島第一原子力発電所事故をきっかけに定まった研究者としての覚悟

福島県いわき市出身の上遠野部長は、大学では流体力学を学び、航空宇宙工学の修士課程を修めたのち2003年に日立へ入社した。当時は原子力にそれほど強い思いはなかったものの、「極限環境であり、総合工学という意味でも原子力と航空宇宙工学には通底するものがある」と感じ、研究に励んでいたという。

研究が軌道に乗っていた2011年に東日本大震災が起き、福島第一原子力発電所事故に直面する。「当時私は若手の部類に入る30代半ばで、上長たちは事故の収束に奔走していたのに対し、われわれは主に後方支援を担っていました。その中で、今後自分たちの仕事がどうなるのか、大きな不安を感じていました」と打ち明ける。周囲の雰囲気も何となく思考停止に陥っているように感じられ、「このままでいいのか」と若手の研究者たちに声をかけ、自発的な研究活動として日本のエネルギーの未来についての多角的な検討を行った。データを集め、賛否両論の議論を重ねた結果、やはりカーボンニュートラル実現やナショナルセキュリティという観点から原子力は必要だという結論に達した。「そのとき自分の中で腹が据わったといいますか、原子力の研究を続ける覚悟が決まったように思います」

原子力技術の次章に向けた攻めの研究開発

その後、小型軽水炉BWRX-300のプロジェクトでは、カナダでの許認可取得に向けた最終評価試験をマネージャーとして統括した。

「やはり新設のプロジェクトが動き出すと、皆さんの雰囲気も未来志向に変わっていくのではないですか」という松井氏の問いに上遠野部長は頷き、「国内では島根原子力発電所2号機も再稼働を果たし、日立の研究開発の現場でも今までとはモードが変わりつつあると感じています」と話す。

「福島第一原子力発電所の事故後、原子力分野に応募する学生の数は大きく減りました。ただ、逆に、今だからこそ日本のためにきちんと研究したいという高い志を持った人財が集まっています。そうした今後を託す世代が、研究開発費もそれほど多くない状況を乗り越えてきて、ここからさらに頑張ろうとモチベーションが高まっています。原子力の研究を統括する立場として、今後の原子力事業の成長につながる種をしっかり仕込んでいくことが、今の私のミッションです」

最後に松井氏が研究職を志す学生へのメッセージを求めると、上遠野部長は力強く語った。

「今まではどちらかというと守りの姿勢が強かったのですが、モードが変わりつつある中で、攻めの研究開発も進めていくタイミングに入ったと思っています。もちろん福島第一原子力発電所の事故の経験を忘れず地に足をつけた研究の重要性は今後も変わりません。その一方で、未来志向で独自の技術を磨き、形にしていく研究にも力を入れています。新卒だけでなくキャリア採用の方々に対しても、脱炭素社会に貢献するエネルギーという領域で、『日本のため、世界のためにわくわくしながら働ける場が日立にはある』ということを伝えたいですね」

上遠野部長のインタビューを終えた松井氏は、研究開発グループ茨城サイトでの取材から受けた印象を次のように締めくくった。

「今回は現場で実際に日立の研究開発に携わる方々から、技術の裏側にある情熱と覚悟を見せていただきました。上遠野さんによると、日立の技術者は昔から『野武士』と呼ばれていたのだそうですね。私はさらに良い意味での『愚直』という印象を受けたことをプラスしたいと思います。質実剛健で積極果敢な姿勢、開拓者精神を評されてそう喩えられたようですが、材料や放射線に関する地道な研究から最先端のデジタル技術の活用まで幅広く、ひたむきに、かつ積極的に取り組んでいる姿勢を見ると、なんとなく理解できる気がします。攻めに転じていくという原子力の研究開発で、この先どんな技術が生み出されていくのか、考えると私もわくわくしてきます」

本稿で述べた福島第一原子力発電所の廃炉作業に寄与する形状変化ロボット技術について、基本コンセプトの構築および試作機の開発は(株)日立製作所および日立 GE ベルノバニュークリアエナジー(株)において実施したものです。また、実用機の開発、2015年および2017年の実証試験は、資源エネルギー庁の補助事業である平成25年度発電用原子炉等廃炉・安全技術開発費補助金、平成25〜30年度補正予算「廃炉・汚染水対策事業費補助金」などにより、技術研究組合国際廃炉研究開発機構の事業として実施したものです。

松井 康真氏

松井 康真 氏
フリーアナウンサー・ジャーナリスト

富山県南砺市(井波町)出身。富山県立高岡高校卒業。東京工業大学(現 東京科学大学)工学部化学工学科卒業。1986年 テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「ミュージックステーション」でタモリさんと組んでMC、「ニュースステーション」ではスポーツキャスターを担当、「ステーションEYE」、「ワイドスクランブル」、「やじうまプラス」などで報道情報キャスターとして活躍。2008年 テレビ朝日アナウンサースクール「アスク」学校長。在職中の2年間の指導で全国に100人以上のアナウンサーが誕生。2011年3月の東日本大震災を契機にアナウンス部から報道局原発事故担当記者に異動。その後に宮内庁担当、気象災害担当、コメンテーターを歴任。2023年テレビ朝日退社後に個人事務所「OFFICE ユズキ」を設立。株式会社タミヤ模型史研究顧問、富山県南砺市アンバサダー、株式会社獺祭メディアアドバイザー。

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