「松井 康真がゆく原子力最前線」第2回は、2025年4月に日立GEベルノバニュークリアエナジーの社長に就任した久持 康平へ松井 康真氏がインタビュー。福島第一原子力発電所事故の教訓を反映した新たな安全対策設備の導入やデジタル技術の活用などにより、原子力発電は進化を続けています。新たなフェーズを支えていく日立GEベルノバニュークリアエナジーの人財育成と戦略、未来を見据えた成長戦略とは。
後編では原子炉の安全性向上やDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組み、次世代を担う人財の育成、そして次なるフェーズへのビジョンを聞きました。
(前編はこちら)
松井:新しい原子炉の開発においては、福島第一原子力発電所事故の教訓を反映した安全技術が開発、実装されていると思いますが、例えばどのようなものがあるのでしょうか。
久持:福島の教訓も含め、原子力プラントの安全性向上においては、「共通原因故障(CCF:Common Cause Failure)」を考慮することが重要です。CCFとは安全確保のために多重化、冗長化した機器や系統が共通の原因で同時に機能喪失することを指し、その対策としては共通設計や共通部品の使用を避けシステムを多様化すること、システムそれぞれの独立性を高めることなどが挙げられます。
例えば、ESBWR(Economic Simplified Boiling Water Reactor)、HI-ABWR(Highly Innovative Advanced BWR)、BWRX-300 は原子炉の冷却システムを多様化しており、従来の原子炉では事故時に電気でポンプを動かし原子炉を冷却または注水していますが、電源を喪失したときには自然循環で冷却できる静的安全設備を備えています。
HI-ABWRでは、これまで蓄積してきたABWRの設計ノウハウや安全性に関する知見を取り込み、万一炉心が溶融した場合にはデブリも静的に冷却できるシステムを備えているほか、放射性物質の外部への拡散を抑制するフィルタを新開発するなど、事故対応においても多段階の安全システムを用意しています。
また、世界的に関心が高まっている小型炉の市場に向けて注力しているBWRX-300では、自然循環による炉心冷却システムだけでなく、原子炉圧力容器と隔離弁を直接接続する「一体型原子炉隔離弁」の採用により、配管破損のリスクを低減していることなども特徴です。事故発生時の対策を多重化することはもちろん重要なのですが、そもそも炉心溶融事故を起こさないようにする事前対策に、より力を入れなければいけないと考えています。
松井:最近は社会のデジタル化が急速に進行し、日立グループもLumada事業でデジタルイノベーションを推進しておられますが、原子力分野でもデジタル活用は進んでいるのですか。
久持:はい。主に二つの課題の解決に向け、原子力施設におけるデジタル活用を進めています。
一つは原子力発電所の業務プロセスの改善です。設備の点数が多く複雑なため、監視・操作にかかる負担が大きいこと、また建設から管理まで多数のプロセスがあり、各プロセスのデータ記録に人手を要することが課題です。業務の正確性や安全性、信頼性を保ちながら省力化するために、デジタル技術への期待は大きいです。
もう一つは人財活用です。今後、生産年齢人口の減少が進んでいく中、デジタル技術を用いることで、設計や工事の現場において経験を積んだ熟練人財の知見を若手に広く共有できるようにし、品質を維持していく必要があります。
原子力分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するため、私どもは2024年度にデジタルトランスフォーメーション本部を新設しました。日立グループのデジタルエンジニアリング会社であるGlobalLogicなどと連携してメタバース空間に原子力発電所を再現し、設計や建設工事、メンテナンス、管理などに関する情報を反映、データや熟練者の知見を共有する場として活用するシステムを開発しました。これは、日立のドメインナレッジとAIを用いてデータを価値に変換し、お客さまや社会の課題解決に取り組む Lumada3.0を体現するものです。また、レポートやマニュアルなどの作成支援に生成AIを活用する取り組みも進めています。
原子力分野はどの産業分野よりも安全性や信頼性、セキュリティが重視されるため、デジタル化が遅れているのが現状です。日立グループ内には長年培ってきたITとOT、そして情報セキュリティ技術がありますので、関連する事業部との協創により、デジタル化でも業界をリードしていくことをめざします。
革新軽水炉「HI-ABWR」
小型軽水炉「BWRX-300」
松井:人財というキーワードがありましたが、原子力分野を志す方は近年増えているのでしょうか。
久持:3.11の後はやはり減少しましたが、その後、海外での事業拡大への期待や、廃炉を通じて福島の復興に貢献したいという志を持って入社してくる人が増えました。カーボンニュートラルやエネルギー価格の高騰に関する報道が増えているせいか、エネルギー問題に貢献したいという思いを持つ人が増えている印象です。また、福島第一原子力発電所の廃炉・復興プロジェクトに対し、困難な課題だからこそ技術で貢献したいと話す新入社員も多く、私としても心強く感じています。
松井:一方で、さきほどおっしゃったように今後は日本全体で働き手が減少していくことが危惧されていますね。原子力分野での人財育成についてはどのようにお考えですか。
久持:現在の最も大きな課題は、世代によって経験に偏りがあることです。設計から建設、稼働に至るまでのプロジェクト全体を経験したことがある世代は50代、60代に限られており、30代、40代は耐震補強などの一部の経験のみに偏っています。この世代間のギャップを埋めて全体のレベルを上げていくことが、今後の人財育成では重要です。
私自身の経験で言うと、入社してすぐに柏崎刈羽原子力発電所の6号機と7号機が稼働したのですが、シビアアクシデント解析を行ったのは少しの間だけだったため、自分が貢献できた実感はほとんど得られませんでした。しかしその後、複数のプロジェクトに携わることができたおかげで多くの経験を積むことができました。
ですから、社会からの理解と信頼を得て原子力発電所が複数稼働し、何年かごとに更新や新設が行われるようになることが理想です。それにより、全世代の技術者がプロジェクトのさまざまなフェーズを経験できる環境が整えば、人財育成もさらに進むでしょう。ただ現状では難しいため、海外事業が中心になりますが、なるべく短期のプロジェクトも増やしたいと考えており、その点においても小型炉には期待しています。BWRX-300は、信頼性も安全性も高めながら工期を短縮でき、コスト競争力の面でも有利です。プロジェクトのスピードアップにより案件自体の数が増えれば、技術者が各フェーズの経験を積める機会も増加します。
技術伝承についてはシステムや社内研修制度などを充実させてきましたが、やはり一番よい伝承の場は原子力発電所の建設現場です。全体計画があるからこそ指導を考慮した体制を組むことができ、実務を通じた実践的な指導により経験者から若手への技術や知見の伝承を効果的に行うことが可能です。そのような機会を増やしていくことが、私に課せられた重要な役割の一つだと考えています。BWRX-300はカナダで実際の建設計画が動いているほか、他の国々でも許認可手続きや新設炉の候補としての検討が進められていますから、その流れを加速させることに力を入れています。
松井:原子力発電所を1基建てるとなると用地選定に始まり30年がかりというような時代もあったわけですが、小型炉の採用、さらには原子力分野のDX進展など、いい意味で過去の常識が通用しない時代になりつつあるのですね。原子力分野の魅力も、より高まっていくのではないかと思います。
久持:原子力発電に追い風が吹いていると言っても、私はまだまだ社会から全面的に信頼されているわけではないと思っています。われわれができるのは、まず技術の部分をしっかりと固めた上で、社会に理解してもらう努力を重ね、信頼の獲得に貢献することであると考えます。
技術に関しては、特に原子力分野では信頼性や確実性、安全性といった基本的な価値を守ることが重要になりますが、その面では日立が創業の精神として大切に守り続けてきた「和」、「誠」、「開拓者精神」、とりわけ「誠」ということが強みを発揮すると考えています。私がこれまで一緒に仕事をしてきた先輩、後輩、同僚たちのことを思い起こしても、皆一様に「誠」を貫いてきた人たちばかりだったと感じます。モノづくりの安全や製品の品質に対して妥協しないことや、「日立だけでなくステークホルダーにとってどうなのか」を考えることなど、原子力分野に必要不可欠な姿勢を、私どもは長い歴史の中で培ってきました。
ただし、そうしたことを社会に伝え、理解していただく努力がこれまで以上に求められていると感じます。デジタル技術の活用には、情報管理の透明性を高め、社会の理解を醸成するという点でも期待を寄せています。
また、これまでアイデアはあっても実現できなかったような技術、システムなどが、最新のデジタル技術やセンシング技術などを取り入れることで実現できる可能性が高まっています。守るべきものを守りつつ、新しいチャレンジを拡大することで原子力分野の魅力を高め、技術者人口を増やしていくことが大切です。そうした意味で、前例にとらわれない若手人財や、経験者として他分野から入ってくる人財にも大いに期待しています。
松井:これからいろいろな展開が見られそうですね。最後に、久持社長の未来へのビジョンをお聞かせいただけますか。
久持:まず国内では福島第一原子力発電所の廃炉において自分たちの役割をしっかり果たしていくことで、福島復興に貢献することを重視しています。同時に、既存の原子力施設の新しい規制基準に対応した安全対策、再稼働にきちんと取り組み、原子力技術の信頼回復と活用に力を入れていきます。
グローバルではデジタル化の進展、特に大量の電力を必要とするAIの活用が進むことで電力需要の急速な拡大が予想される中で、これまでの安全性と経済性に加え、設計標準化やモジュール技術などの活用で機動性を高め、社会が求める原子力技術を、スピード感をもって提供していくことが求められています。そのため、今後5年程度は国内の既存事業と平行して、GEベルノバ日立ニュークリアエナジーと協力しながらカナダでのBWRX-300のプロジェクトを確実に進めることで、大型炉も含めたグローバル事業の拡大につなげていきます。さらに、10年先を見据え、合理的な設計・建設工法などの開発も同時に進めていく考えです。
原子力が次のフェーズに入ろうとしている今、日立GEベルノバニュークリアエナジーの社長を拝命したことには重責を感じていますが、原子力事業の未来図を示し、そこへ向けた成長を加速させるという役目をしっかり果たしていくつもりです。そして、「誠」をベースとした原子力技術の提供によって、国内外のエネルギー問題、気候問題の解決に貢献していくことをめざします。
松井:お話を伺っていて、久持社長のお人柄がよく見えてきたように感じます。ありがとうございました。
【インタビュー取材を終えて】
久持社長に初対面でまず感じた穏やかな人柄と胆力。シビアアクシデントの炉心溶融対応の手順書を顧客と一緒に事前に作成していて、まさにあの3.11当日から東京電力本店で対応に当たった(しかも当時40代初め)。その方が今回トップになられたのは、必然でもあり、とても頼もしく感じました。
久持 康平
日立GEベルノバニュークリアエナジー株式会社 取締役社長
長崎県出身。1993年 九州大学大学院 工学部応用原子核工学 修士課程修了。同年 日立製作所入社。2017年 日立GE ニュークリア・エナジー株式会社(現 日立GEベルノバニュークリアエナジー)原子力エンジニアリング調達本部 原子力計画部長、2019年 原子力生産本部長、2020年 取締役(副社長)兼日立製作所 原子力ビジネスユニットChief Lumada Business Officer、2023年 株式会社日立プラントコンストラクション代表取締役 取締役社長。2025年4月より現職。
松井 康真 氏
フリーアナウンサー・ジャーナリスト
富山県南砺市(井波町)出身。富山県立高岡高校卒業。東京工業大学(現 東京科学大学)工学部化学工学科卒業。1986年 テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「ミュージックステーション」でタモリさんと組んでMC、「ニュースステーション」ではスポーツキャスターを担当、「ステーションEYE」、「ワイドスクランブル」、「やじうまプラス」などで報道情報キャスターとして活躍。2008年 テレビ朝日アナウンサースクール「アスク」学校長。在職中の2年間の指導で全国に100人以上のアナウンサーが誕生。2011年3月の東日本大震災を契機にアナウンス部から報道局原発事故担当記者に異動。その後に宮内庁担当、気象災害担当、コメンテーターを歴任。2023年テレビ朝日退社後に個人事務所「OFFICE ユズキ」を設立。株式会社タミヤ模型史研究顧問、富山県南砺市アンバサダー、株式会社獺祭メディアアドバイザー。