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市民参加型の未来ビジョン:
デザインとリサーチの融合

Cycle of Changeは、経済的行為と社会的関係をつなげる地域活性化のためのアイデアです。私たちは、そのコンセプトを現実の地域に暮らす人々と共有し、彼らにフィールド調査と映像づくりに協力していただきました。デザインとリサーチの融合を通じて、市民とともに未来を描く試みです。

Cycle of Changeは、経済的行為と社会的関係をつなげる地域活性化のためのアイデアです。私たちは、そのコンセプトを現実の地域に暮らす人々と共有し、彼らにフィールド調査と映像づくりに協力していただきました。デザインとリサーチの融合を通じて、市民とともに未来を描く試みです。

Cycle of Changeと顔の見える地域経済

Trust:Cycle of Change

Sharing Trust in the Community

Cycle of Changeは、日立製作所のビジョンデザインプロジェクトがつくった、「顔の見える経済」を取り戻すためのアイデアです。小さな商店が立ち並ぶ街で、客が買い物をするときに生じる「おつり」を、お店が地域の活性化に寄与するための資金とすることで、住民とお店が支えあいながら街の活気を取り戻すためのしくみを描きました。人々の間の信頼感を生み出しながら、地域の衰退という課題に挑戦することをテーマとしたコンセプト映像です。

いきいきとした街路こそ、豊かな街の条件

Cycle of Changeのアイデアは、人が喜びをもって暮らすことができる都市とはどのようなものか、ということに対するビジョンデザインプロジェクトの考えを反映しています。私たちは、広場、公園、街路、歩道など、誰もがそこにいることができるパブリック・スペース(公共空間)こそ、都市に暮らす人々の安心や喜びを支える重要な要素だと考えます。いきいきとした公共空間で、互いの配慮に満ちた社会関係が生まれることは、都市の生活の質に大きな影響を与えます。特に、街路(ストリート)は、単に移動のための通過点ではなく、見知らぬひと同士が互いの信頼をはぐくむ場でもあるのです。

しかし、世界には、危機に瀕している街路もあります。人々が地域で買い物をしなくなったり、新しい建物が小さなお店を追いやってしまうことが原因です。街路から社会関係の創出の機会が失われてしまえば、街の喜びがなくなってしまいます。Cycle of Changeは小さな商店が、街路に彩りを与え、人々の信頼に満ちた関係を支えることを助けるしくみです。

イギリスの小さな街で行った市民参加型のビジョンづくり

Cycle of Changeのコンセプト映像の撮影は、イギリス・ハンプシャー州(ロンドンの南西に位置)のにあるオディアム(Odiham)という小さな街で行いました。日本で想定をしていた「地域の商店街」に比較しうる「ハイストリート」と呼ばれる地域の商店の集積がある街だからです。
撮影の準備を続ける中で、このコンセプトについて聞いた地元のカフェ、レストラン、洋服店、ギフトショップなどが、そのアイデアに共感し、撮影協力をしてくれることになりました。私たちは、予定を一部変更し、デザインとリサーチを融合した市民参加型のビジョンづくりに取り組むことにしました。リサーチと草の根の対話を通じて、地域の未来にアプローチする活動です。

※ハイストリート:イギリス各地にある、小売店が立ち並ぶ大通り。ショッピングセンターや、ネットショッピングの影響で衰退したり、チェーン店の拡大で個性が失われているという指摘があるが、その社会的な役割を見直し、保存しようという動きもある。

“オディアムは、きわめて英国的な街だよ。古き英国そのものなんだ。老人たちもとても礼儀正しいね。小さな村で、農園と家を持って、子どもを2人育て、犬を2匹買う、という暮らしをしをしてるんだ。5年前からここで骨董屋を営んでいるが、オディアムはとても特別で、美しいところだよ。いわゆる「オールド・スクール」ってやつだね。マナーがあるし、安全だ。こんな場所はほかには知らないよ。”
― “Bubbles”さん(骨董屋店主、愛称)

エスノグラフィ:相互の信頼感と地域経済の課題

撮影と同時に行った「エスノグラフィ」とよばれる調査では、ビジョン・デザイン・チームのメンバーがオディアムの商店、レストラン、郵便局、図書館、教会、警察署などを訪問しながら、地域の観察やインタビューを行い、街の特色と人々の暮らしを理解することを試みました。
住民たちの多くは、この街には、高い相互信頼の感覚がある、ということを教えてくれました。ハイストリートは、地域の結びつきを確認する場であり、彼らが「きわめて英国的」と形容する田園都市の地域生活の重要な要素となっているようでした。
一方、このストリートでも、オンライン・ショッピングの発達や、地価の高騰によって、小規模のお店を経営するのが難しくなっていることを、商店主たちが口々に訴えていました。地域で買い物をする人が減ることで、閉店に追いやられてしまう店もあります。最近では、ハイストリートにあった銀行が支店を閉じたり、そこにあったバス停も離れた場所へ移動してしまったそうです。
エスノグラフィを通じてCycle of Changeが取り組もうとした「地域の経済」についての課題意識は、オディアムの人たちの問題意識とも大きくオーバーラップすることがわかりました。

※エスノグラフィ:特定の個人や集団の行動や生活の質的側面を、当事者の立場から理解するために用いられる研究手法。研究者によるコミュニティへの参加や、詳細な観察やインタビューを特徴とする。文化人類学や社会学における研究法として確立したが、現在はデザイン・リサーチなどにも用いられることもある。

“ハイストリートは、大きなショッピング・モールとは違うんだ。それはパブリック・スペースなんだよ。だから僕らは意識的に、ストリートが活気を保てるように、買い物先を選ばないといけないんだ。”
― Nickさん(建築家)

ビジョンをめぐる対話

コンセプトボードの一例

そうしたコミュニティの現状を学びながら、私たちはCycle of Changeのコンセプトについて、地域の人たちと対話を行いました。コンセプトを説明するボードを見ていただきながら、このアイデアが現実の都市の中でどのような意味を持ちうるのか、ということについて語り合いました。
小さな商店の力を引き出しながら、住民と協力を通じて、街を活性化していくためのしくみを提案したCycle of Changeの考え方は、オディアムの商店主や住民から、積極的な評価を受けることができました。
一方、地域の人たちの中には、Cycle of Changeが大きな価値をもつかわからない、という方もいました。彼らは、地域の商店の状況をよく知った上で、小売店を応援するためにあえて地域で買い物をしており、そのため、Cycle of Changeがあっても大きな違いはない、と言っていました。このようなインタビュー結果は、私たちが目指していた「顔の見える」経済の形をオディアムの人たちがすでに実践していることを教えてくれました。

現実と未来の間で:社会における新しいデザインの形

オディアムの人々と行ったリサーチと対話は、コンセプト映像の最後にあるパーティーのシーンに息吹を与えています。私たちは、Cycle of Changeのコンセプトを伝えるビデオを撮影するために、事前に定めたシナリオにもとづいて、俳優さんに演技をしてもらうだけでなく、オディハムのお店のオーナー、地域に暮らす人々、オーディションで選ばれた女優たちと、インタビューを行い、街での生活やハイストリートが抱えるさまざまな課題について理解を試みました。さらに、Cycle of Changeのコンセプトについて対話をしながら、共感を得た周辺地域の人々の協力を得て、撮影を行いました。そして、オディアムのストリートの上で実際に地域の人々の社会関係が生まれていく状況を擬似的に生み出し、これを映像に収めました。いわば、都市を豊かにするアイデアをめぐって、コンセプトとリアリティを交差させながらビジョンをつくったのです。
こうした活動を通じて、私たちはアイデアを現実の街の課題のコンテクストの中で捉えなおす貴重な機会を得ました。一方、オディアムの人々には、街が抱える課題を乗り越えるビジョンが現実になる瞬間を、映像に参加することで感じていただけたかもしれません。

このように、Cycle of Changeのプロジェクトにおいては、イギリスの田園都市の生活に対するリサーチと、地域の人々との対話を通じて、本コンセプトが現実の都市で持ちうるポテンシャルを確認することができました。デザイン・コンセプトに対するリサーチと対話は、「コミュニティの信頼」や「地域生活の活性化」という課題に対して、机上では知りえなかったようなリアルな学びを与えてくれました。このような現実のコンテクストの中で行うリサーチと対話こそ、社会におけるデザインの新しい形を指向するものです。それが、私たちが「フューチャー・リビング・ラボ」という考え方のもとでめざす、未来のビジョンづくりです。

“私はここからそう遠くないところに25年も住んでいるけれど、そこはオディアムとは違います。大きなショッピングセンターはあるけれど、コミュニティがないんです。パブだってなくなってしまいました。オディアムには私たちのあるべき姿があると思います。みんなフレンドリーだし、親しみやすい人たちです。通りですれ違っても、礼儀正しく「グッド・モーニング」って言うんですもんね。ロンドンで知らない人に挨拶したら変な人だと思われます。Cycle of Changeは素晴らしいアイデアです。いまどき、なかなか地域の人たちで集うこともないんですから。私も、このしくみで地域で「おはよう」「こんにちは」「どんな一日だった?」などと声をかけあえるようなコミュニティをつくりたいです。”
― Charlotteさん(女優)

研究者・デザイナープロフィール

東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト
佐々木剛二(主任研究員)
伴真秀(デザイナー)
金田麻衣子(デザイナー)
曽我祐(デザイナー)