今年70才を迎えるニコルさん。10代の頃、北極探検に連れて行ってくれたピーター・ドライバー先生に、アファンの森の活動やニコルさんの人生を“つなげる”言葉を贈られたようです。

ウェールズで生まれ育ち、柔道が大好きで武士道の国に憧れていた少年が、北極を探検し、エチオピアで自然を守り、日本にやってきた。そして小説家となり、大好きな日本に帰化し、今は長野で仲間と森を再生する。ふりかえれば世界のあちこちでいろんなことをしているように見えるかもしれませんが、僕の中ではひとつにつながっているんです。“Always look for the links.(つながりを探せ)”。 これは尊敬するピーター先生が教えてくれた言葉ですが、「ひとつひとつのできごとには、必ずつながりがある。それを探しなさい」ということ。生き物の世界でも、人間の人生でも同じですよね。少年時代から、僕が人生でチャレンジしたすべての行動が「美しい自然と共に生きたい」という思いでつながっているんだと、改めて教えてくれました。
そして、アファンの森は、僕の人生を豊かにしてくれた日本への感謝を込めた森。今はまだ若い森ですが、私たちの仲間が愛情を注げば、今後も50年先、100年先と、永く生き続ける森となるでしょう。森の再生を通して、日本の自然を心から愛し、信じる心を、仲間とともに未来へつなげたいと思っています。
私たちがあたりまえだと思っていた日本の自然。実はすばらしい自然環境に恵まれているようです。

日本は豊かな自然を育む土壌に恵まれています。日本列島は、火山の影響で複雑な地質をもつ上、連峰と急流な河川が多いため、多くの種類の動植物が集まる。さらに温暖湿潤な気候のため、自然回復力が早い。つまり、日本には森を再生する可能性がものすごくあるんです。私たちは日本独特の自然の豊かさに気づき、もっと長い時間軸で自然の再生を考えていくべきです。都会で暮らす人はまず、近くの森林公園に行って散歩してみるのはいかがでしょう?
企業は、昔に比べて環境活動によく取り組むようになりました。これからは政府がどうリーダーシップをとるかが大事。日本の森を蘇らせてどう残していくかを考えるには、目先の施策だけでなく、何十年、何百年先にどうなりたいかを議論して、あるべき姿を描き続けなければならないと思います。
日本で環境問題が声高に叫ばれ始めたのは、90年代後半。97年に各国のCO2削減目標が京都議定書で決められた頃からだったと思います。でも、ニコルさんが「できることから始めよう!」と私費で黒姫の山を買い始めたのは1985年。日本の政府や企業がアクションを起こすよりも、10年以上も前のことでした。お話をお伺いして感じたのは、“粘り強い信念の人”。ひと言で「森を蘇らせる」といっても、はじめは理解者も少なかった土地で、数々の壁を乗り越えての大変なご苦労だったと思います。ニコルさんの心の底から湧き上がる「大好きな日本のために何かしたい」という強い気持ちが、“アファンの森”という形になって私たちの前に現れているのですね。最後にニコルさんが教えてくださった言葉は、
たとえば、私たちが毎日使う水やエネルギー、食べ物、捨てるゴミ・・・。それらのつながりを考えるだけでも、日本の自然環境に目を向けるきっかけになるのかもしれません。
C.W.ニコルさんプロフィール
1940年、南ウェールズ生まれ。少年時代は柔道で身体を鍛え、日本の武士道精神に憧れた。17才で北極探検に出発。20代後半はエチオピア国立公園、30代はカナダの水産調査局で勤務。40才となった1980年、長野・黒姫に居を構えた。86年、 “アファンの森”の再生に取り組み始めた。95年、日本国籍を取得。作家として活躍する一方、講演などを通して日本の環境問題に積極的に発言し続けてきた。

主な著書は「勇魚(いさな)」「誇り高き日本人でいたい」「マザーツリー 母なる樹の物語」など。自然を題材にした児童書も多数。
2002年、「財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長に就任。趣味は料理。森の食材を使ったメニューはどれも絶品!とのこと。