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  • 写真「東平 知丈(とうへい ともたけ)」
    東平 知丈(とうへい ともたけ)
    研究員
  • 写真「藤原 伸一(ふじわら しんいち)」
    藤原 伸一(ふじわら しんいち)
    主任研究員

熱から電気を生み出す「熱電変換」は、廃熱を利用できるエコな技術として、いま注目が集まっています。日立製作所では、これまで一般化が難しかった、高温域(300~600度)に対応した熱電変換モジュールを開発。金属同士の「相性」を見極めながら、接合部分や電極の構造を工夫したことで、信頼性と発電効率の向上を実現しています。

(2016年4月4日 公開)

熱を電気に変える「エコ」な技術

「熱電変換」とは、どのようなものなのでしょうか。

東平熱電変換」には、電気から温度差を発生させる現象と、温度差から電気を発生させる現象の2種類があります。電気から温度差を発生させる現象の方は、昔から利用されていて、実はワインセラーの温調システムなどに使われているんです。一方、温度差から電気を発生させる方は、これまであまり身の回りで活用される場面がなかったのですが、工場や自動車エンジンなどの廃熱からも発電できるということで、エコな技術として注目が集まっています。わたしたちはこの現象を利用した発電技術を開発しています。

図1 熱電変換の仕組み
熱から電気を生み出す仕組みを示した図

藤原聞きなれない言葉なので、難しいイメージを持たれるかも知れませんが、仕組みはシンプルです。「熱電変換材料」と呼ばれる物質の両端に温度差を与えるだけで、電流が流れます。例えば、「P型」と呼ばれる材料の場合は暖かい方から冷たい方へ、「N型」と呼ばれる材料の場合は冷たい方から暖かい方へ、という感じです。ただ、単体の熱電変換材料だけでは小さな電力が発生しているだけで、汎用的な電力として使える形ではありません。使える形にするためには、最適な材料を探し出し、効率よく電気を取り出すための「モジュール」にする必要があります。

東平モジュールにもいろいろな形があるのですが、最もベーシックなのが、P型とN型を交互に並べて電極を接合したタイプのものです。P型とN型を交互に配置すると複数の素子を直列回路で接続できるため、温度差を与えたときにモジュールから大きな電力を得ることができます。複数の素子を並列回路で接続してしまうと、取り出せる電力が少なくなってしまうので、これは効率の良い形なんです。

今回の研究開発では、どのような熱電変換モジュールを開発されたのでしょうか。

東平300度から600度ぐらいの温度域に着目して、2011年からモジュールの開発に着手しました。この温度域のモジュールは、焼却炉や自動車のマフラーなどへの活用が期待されています。自動車の場合だと、マフラーの熱から得られた電力をダッシュボード照明などの電装品に使うことで燃費を改善できる、という感じですね。
しかし、高温域に対応した製品を実用化させるのはなかなか大変なんです。熱電変換では熱する温度を高くすればするほどたくさん発電できるのですが、高温で熱しすぎると、熱電変換材料が割れてしまうだけでなく、電極との接合部も割れたり、溶けてしまったりすることがあります。しかも、熱によるストレスが何度も掛かるので、耐久性を考えた構造にしなければなりません。

藤原実は、300度から600度といった高温域を利用した一般向けの製品は、まだ普及していないんです。「エネルギーハーベスティング」と呼ばれる数十度程度の温度差を利用する製品は徐々に開発され始めているのですが、高温域を利用した製品については、1960年代にアメリカ航空宇宙局(NASA)で開発された人工衛星用の発電モジュール以降、コストや発電効率などの課題もあって、民間用の製品が実用化されていない状態だったんです。

東平また、発電の肝となる「熱電変換材料」の性能を向上させる研究開発は盛んに取り組まれていたのですが、モジュール化するときの「接合部」の技術開発があまり進んでいませんでした。なので、今回の研究開発では特に接合部の研究に力を注ぎました。

失敗から見つけた発見

今回研究開発された接合方法は、これまでの方法とどこが違うのでしょうか。

写真「東平 知丈(とうへい ともたけ)」

東平大きな違いは、接合材に「アルミニウム」を採用したところです。高温域に対応したモジュールを作る場合、通常は「銀ろう」で接合するのが一般的でした。しかし、銀ろうの主成分である「銀」は、高価でコストが掛かるだけでなく、融点がおよそ780度と高いため、接合する熱電変換材料によっては接合後にダメージを受けてしまうことが問題でした。この点を改善できるのがアルミニウムだったのです。アルミニウムなら、安価な上、銀ろうよりも120度も低い660度で溶けますからね。
しかし、銀ろうよりも融点が低い分、耐熱性に懸念がありました。耐熱性が低下すると、モジュールを高い温度で使用することができなくなってしまうので、銀ろうのときよりも発電量が少なくなってしまいます。その点を克服するためには、接合面で生成される金属層を高温に耐えられるものにしなければなりません。実は、金属というのは、ほかの金属と反応して化合物になった際、条件によっては元の温度では溶けなくなる、ということがあるんです。今回は、この性質をうまく利用できないかを検討しました。

化合物になると元の温度では溶けなくなる…不思議ですね。

藤原そこが金属の面白いところなんです!昔からさまざまな研究がなされていく中で、こういう組み合わせならこういう状態になる、というものをまとめたものがあるんです。「状態図」というのですが、要は金属同士の相性を見るための占いシートのようなものですね。これを使えば、単体同士の相性はもちろん、3種類の金属を混ぜたときの生成物も予測できます。加える金属を増やしすぎると、わけがわからなくなってしまうこともありますが(笑)。実際の研究では、この状態図を使って仮説を立ててから実験で検証していく、という流れになります。

東平条件を導き出すのに時間が掛かりましたが、熱電変換材料、アルミニウム、電極をうまく反応させることで、850度ぐらいにならないと溶けない化合物を接合部に形成することができました。さらに副産物として、うれしい発見もあったんです。

図2 電極と熱電変換素子をアルミニウム接合したときの層(電極がNi(ニッケル)の場合)
電極(ニッケル)と熱電変換材料(マグネシウムシリサイド)の間をアルミニウムで接合した場合の接合部の写真

東平実は、接合実験をしているときに、誤ってアルミニウムの融点よりも低い温度を設定してしまったことがあったんです。この温度で実験するつもりはなかったのですが、処理が終わったサンプルを取り出してみると、アルミニウムが溶けていたんです!予想していなかったので驚きましたが、再度状態図を見直したら、温度が低くても溶ける可能性があることがわかりました。この発見によって、予定よりも低い温度で接合できるようになったので、モジュール化した際のダメージをさらに減らすことができました。実験してみると、仮説どおりにいかないパターンも多いんですが、今回はそれが良い方向に働いてくれたと感じています。

電極のハイブリッド化

このほかには、どのような工夫をしているのでしょうか。

東平今回、電極の作り方も工夫しています。普通は一つの材料で電極を作るのですが、今回開発したモジュールでは、使用するP型、N型それぞれの熱電変換材料に合わせて、二つの材料を組み合わせたハイブリッド型の電極にしています。なぜこのような作りにしたのかというと、発電効率を高めるために使用した2種類の熱電変換材料の熱膨張率が大きく異なるからなんです。

写真「藤原 伸一(ふじわら しんいち)」

藤原熱膨張率が違うと、温度を上げたときの伸び縮みする量が違うので、ズレが生じます。例えば、1度温度を上げたときに10ミリ伸びる物質と5ミリしか伸びない物質を組み合わせたら、5ミリのずれが生じますよね。このズレは、温度をどんどん上げるとどんどん大きくなってひずみとなり、「熱応力」と呼ばれる力が生じます。そのため、部材に大きな熱応力が負荷され、破損してしまうんです。今回の研究開発では、最初電極をモリブデン(Mo)だけにしていたのですが、N型熱電変換材料のマグネシウムシリサイド(Mg2Si)を接合したときにMg2Si素子がパッキリ割れてしまいました。これは、Mo電極の熱膨張率がP型熱電変換材料のシリコンゲルマニウム(Si-Ge)とはほとんど同じなのに対し、Mg2Si素子とは大きく異なっていることが原因だったんです。なので、熱応力をどう低減させればよいのかを考えながら、材料、接合方法、接合プロセスなどを検討し直しました。

東平今回のような高温域で使用するモジュールの場合、熱応力の問題をいかに解決するかが重要な課題になるんです。とても難しい部分なのですが、今回は、熱電変換材料それぞれの熱膨張率に合わせた電極をハイブリッド化することでこの問題を解決しました。これによって、熱電変換材料がSi-Ge素子1種類の場合と比べて発電量が20%も高いモジュールを実現することができました。

図3 ハイブリッド電極を使用したモジュール
ハイブリッド電極にすることで熱膨張率が合致したモジュールになったことを示す図

東平今回、いくつかの学会でこの研究結果を発表したのですが、溶接学会のマイクロ接合研究委員会で、平成25年度の優秀研究賞として表彰いただきました。とてもありがたいことですね。

一日も早い製品化に向けて

今回の研究開発で得られた結果は、今後どのように展開されていくのでしょうか。

東平今後は、モジュールをどこに取り付けて、どのように電気を取り出して利用するのか、という「システム化」の部分を検討しなければなりません。焼却炉や自動車など使用環境によっても考慮する点が変わってくるので、使用シーン全体を考慮したシステム化が必要ですね。ただ、システム化となると規模の大きな話になるので、わたしたちだけではどうにもできません。ほかの研究センターや事業部の方々と協力してやっていかなければならないと思っています。

藤原それと合わせて、量産プロセスの検討も踏まえた再現性の確保が必要になります。量産プロセスでは複合的な要素が多く含まれてくるため、同じように接合しているようでも条件がばらついている、ということがあります。なので、これから条件詰めに苦労しそうだなぁと感じています。でも、量産プロセスについては、もともと生産技術系の研究をしてきていますので、いちばん力を発揮できると思いますよ。

お二人ご自身の今後の目標などはありますか。

東平今回の研究でもそうだったんですが、失敗から新しい発見を得られることがあります。なので、これからも失敗を恐れずいろいろな方法を試しながら、研究開発活動を続けていきたいと思っています。失敗したとしても、そこから何か新しい気づきを得られるかもしれないので、そこを見逃さないようにしたいですね。

藤原この研究成果を製品化したい、というのがいちばんですね。製品化までにはたくさんのハードルがあると思いますが、周りの人たちと協力して、一日でも早く世に出せるようにしたいです。これは、夢というよりも、使命、ですかね(笑)。それと、今回のテーマにかかわらず、世の中の流れに乗っていけるスピードで研究開発を進めていきたいですね。この姿勢は、ずっと変わらないと思います。

特記事項

  • 2016年4月4日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。

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