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現場で使える情報を!防災情報共有システムの開発で乗り越えた課題
研究の現場から
Report from Researchers

現場で使える情報を!
防災情報共有システムの開発で
乗り越えた課題

災害現場で改めて感じたのは、想像以上に現場の皆さんが忙しいことです。システムを立ち上げたり、ちょっとした情報を入力したりすること自体がとても大変ということは現場に行かないと実感できません。現場の人が使いやすいシステムが求められています。

現場で使える情報を!
防災情報共有システムの開発で
乗り越えた課題

自然災害は神話時代からの国の課題であり、昨今ではさらに激甚化し高い頻度で襲ってくるようになっている。頻発する自然災害に対して、テクノロジーを用いた防災対策は不可欠だ。実際に様々な防災情報システムが省庁や各自治体で整備されている。しかし、個々に独自で整備した経緯もあり、そのデータは組織内の部分最適での利活用にとどまり、“現場が欲しい情報”を組織横断で速やかに的確に共有することが難しかった。日立では、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、防災科学技術研究所(NIED)と共同で、組織横断型の防災情報共有システムを開発し社会実装を進めている。本システムは、R&D100※1を受賞するなど、国際的にも高く評価されている。このシステムの開発に携わってきた谷本主任研究員と永吉研究員に、技術のポイントと社会実装する際の難しさについて聞いた。

(2022年3月31日 公開)

※1) R&D 100 Awardsは、米国のR&D Magazine社が主催し、産業界・学界・政府支援による研究を対象に、過去1年間に実用化された製品・技術の中から最も優れた100件を選出し表彰するものです。1963年から「技術の優位性」を評価基準にて本表彰を行ってきた歴史があり、世界的に権威のある技術賞のひとつです。

歴史や宇宙に魅了された研究者の転身

谷本:歴史が子どものころから好きで、日本史から入って中国史、アジア周辺の歴史を中心に学んでいました。今も趣味で楽しんでいる生涯のテーマです。大学に入学するころに歴史や考古学の道を考えたこともありましたが、なかなか険しい道らしいということがわかり職業にするのは断念しました。大学では情報系の学部に進学し、人とコンピュータ、ロボットが共存する社会が来るはずという思いもあり、4年生で人工知能の研究室に進むことにしました。人工知能を使ってロボットを自律的に動かして、建物の中をセンシングしてモデル化する研究をしていました。

歴史や宇宙に魅了された研究者の転身 イメージ

就職活動では、人工知能の知識を生かせる電機メーカーを検討しました。そうしたときにリクルート活動をしていた先輩から、日立の九州支社でセミナーをやるという案内をもらいました。参加してみると、研究開発の経験談を話している先輩方の雰囲気が良く、また幅広い分野で事業展開していることもあって、ある程度自分のやりたいことが自由にできそうだと感じ、日立を意識するようになりました。

根底には、子どものころから歴史が好きで「日立 世界ふしぎ発見」をテレビで見ていたこともあります。こんな良い番組を提供する会社が悪い会社であるはずがない(笑)、ということで、日立に就職することにしました。

永吉:私は中学生のころ、理科の単元で原子や分子の話を聞いたときに、世の中に法則があって動いていくことが面白いと感じました。高校生になってから物理学がその面白さに近いのかなと感じ、大学では物理学科を選択、大学院では宇宙の高エネルギー現象を研究する実験系の研究室に進み、実験やデータ解析に熱中していました。

歴史や宇宙に魅了された研究者の転身 イメージ2

衛星や地上の望遠鏡で観測した宇宙の断片的な情報を解析することで、自分の机の上でものすごく遠い場所で起きている現象が推測できることにとても感動しました。博士課程に進み、1年留学して帰国したとき、研究室にたまたまいたメンバーと色々話ししている中で、ふと就活しようという気持ちになったのを覚えています。

民間では宇宙開発に携わっている企業はあっても、宇宙の高エネルギー現象を研究しているような企業はなかなかありません。それで方向性を変えてみることにしました。それまではデータから物事の根底や理屈を調べていたので、それを使って社会がどういった理屈で動いているかを研究するのも悪くないかも、と考えたのです。社会そのものに視点を向けた研究活動をしている民間企業は実はあまり多くないのですが、日立ならば幅広く研究できそう、ということで入社を決めました。

社会の課題解決に求められる「他者との関係」

谷本:入社してからは情報セキュリティの研究部に所属することになりました。見学したときに関心を持った分野で、暗号や電子署名などが対象です。当時は、放送がインターネットでも見られるようになったとき著作権をどうするかという課題について、放送局関連の研究所と共同研究をしていました。ここで感じたのは、自分だけや日立だけではできないことがたくさんあるんだということですね。エレベーターの稼働データならばともかく、放送コンテンツについては日立にはデータがありません。放送局にデータを使わせてもらいながら、共同の目標に向けて研究を進めました。自分だけでできないことを社外の方と一緒にどう成果に結びつけるかについて学びを得た時代でしたね。

永吉:データの有無もそうですが、企業に就職して感じるのは、社会実装がすごく難しいことです。どれだけ原理的に正しくて適切な解だとしても、1人の意思だけでは決定できず合意形成が必要ということを改めて実感しています。宇宙物理でも国際共同実験など大型実験ではしがらみがあったように思います。それでも、皆が、持てる全ての知見を使って、できるだけ新しいことを知るという一つの目的に向かって動いていたように感じていました。しかし社会では、各々の方向性が一致していない、方向性が同じでも程度が一致していない、ということが多く、難しいなぁ、と感じます。

谷本:防災の世界もまさにそうした苦労があります。合意するためには信頼関係も重要で、まず現場を知らないと、理屈が正しくても何も受け入れてもらえないのです。

社会の課題解決に求められる「他者との関係」イメージ

研究対象として「防災」に取り組む

谷本:私が情報セキュリティの研究をしている中で最後の3年間は国のプロジェクトで大学に出向していました。そしてプロジェクトが終わって出向先から戻ってくるときに転機が訪れました。当時、ちょうど防災分野で日立が社会貢献も含めて事業化をする話があり、研究所でも防災分野の研究を進めることになりました。情報セキュリティに残る道もありましたが、新しいことにチャレンジするのは面白いと思い、2009年から防災の研究に関わることになりました。

永吉:私は映画の「シン・ゴジラ」を見て、未曾有の危機に対して取り組む人たちが格好いいなと思っていました(笑)。日立に入社するときも、危機管理や防災などの関連分野で研究したいと思っていたのです。

谷本:2019年当時、防災・危機管理のチームリーダーだったのですが、当時の上長から「国家レベルの大きな仕事がしたいという元気な新入社員がいるのだけど」という話があり(笑)、国レベルの大きな仕事となると防災しかないでしょうと。大きなことがしたいという期待の新人をうちのチームで引き受けますと言って、永吉さんとは現在まで一緒に仕事をしています。

永吉:谷本さんの下で、基盤的防災情報流通ネットワークの開発に携わっています。これは内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の課題の1つで、日立製作所は防災科学技術研究所(NIED)と共同で研究開発を提案して採択され、取り組みを進めました。基盤的防災情報流通ネットワークをSIP4D(Shared Information Platform for Disaster Management)と呼んでいます。

谷本:元々、日本では様々な災害を経験してきています。それに伴い、各省庁や自治体が自分たちの役割に応じて防災のシステムを作っています。そのシステムを使って、例えば、内閣府は情報を収集して、総理官邸に上げているという流れです。専門的なレベルで着実に災害対応をするという意味ではとても良くできたシステムです。一方で、現場は組織横断的な災害対応とそのための情報共有が必要な場面で、横のつながりがうまくいかない課題がありました。そこで開発したのがSIP4Dです。

プロジェクトを進める中 で、都道府県を超えて人命救助に携わる医療従事者から構成される災害派遣医療チーム(DMAT)の訓練に立ち会って、業務を見せてもらいました。そこで印象に残ったのが、DMAT調整本部の方々が道路状況の情報を一生懸命集めている姿でした。国交省や都道府県に問い合わせて、紙の地図に土砂崩れや通行止めなどの場所の付箋を貼るような作業です。本来ならば人命救助に100%の労力を使いたいお医者さんが、患者の搬送ルートとして使える道を確保するために、道路情報を集めて地図に付箋を貼っているわけです。現場での組織横断、省庁連携の情報共有が必要だと強く感じたきっかけでした。

一方で、すでに存在している多くのシステムのデータを共通化したり、システムを改修したりすることは、現実的には困難です。そこでデータの仲介役としてSIP4Dを開発することにしました。

研究対象として「防災」に取り組む イメージ

永吉:道路情報といっても国道は主に国土交通省が、県道は県が管理していて、実態は様々な部門に情報が散らばっており、情報の収集経路は複雑です。そこで、1つ1つをつなぐよりも、真ん中に仲介するところを作ったほうが良いという発想です。それがSIP4Dの第1期で構築したシステムです。

谷本:全国統一は戦国時代でも大変でしたが、47都道府県が対象となると今でも難しい課題です。各県の道路情報には様々な様式があり、全国でそのまま共有はできないので、変換処理をして共通的に使えるような形にして、最終的には一枚の地図上で共有できる、すなわち全国統一を実現しました。道路状況を知りたい人、避難所や医療機関の情報を知りたい人が、SIP4Dで各所の情報を統合されたものを確認できます。これも放送局関連の研究と同じで、日立単体ではできないプロジェクトであり、防災科学技術研究所と共同で国家プロジェクトとして開発し、SIP第1期の成果として政府の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」に則り、社会実装に向けて進めています。

研究対象として「防災」に取り組む イメージ2

地理空間にマッピングして必要な情報を生成

谷本:単に情報共有ができたから災害対応が迅速化できるかというと、そう簡単ではありません。情報を必要な形で提供できるように、災害情報統合技術を使って課題を解決することがSIP4Dのポイントになっています。

このシステムでは、データを1つの地理空間に変換して統合するアルゴリズムを開発しました。例えばDMATが道路通行可否の情報を知りたいとします。システムでは道路被害状況や浸水域、道路通行実績などのデータを各省庁や民間から入手できます。しかし、災害時にはデータはすべてが満足できる状態ではありません。道路被害状況のデータがA地域については未入力ということがあるのです。A地域の道路は通れるのでしょうか。そこで、位置情報を核にして他のデータを空間上で統合します。A地域は50cm浸水していて直近の道路通行実績がないという浸水域や道路通行実績のデータを合わせると、通行可否の情報が生成できます。時々刻々入ってくる断片的なデータから求められる情報を生成するアルゴリズムを実装したのです。

地理空間にマッピングして必要な情報を生成 イメージ

SIP4Dによって、道路の通行可否を複数の県をまたいで1つの地図で確認できるようになりました。防災科学技術研究所と一緒になってノウハウを活用し、私自身も西日本豪雨災害、熊本地震、北九州の豪雨災害の災害対策本部にいって、情報共有の現場でこういう情報がほしいという必要性に対する知見を高めていった成果です。

現場で改めて感じたのは、想像以上に現場の皆さんが忙しいことです。システムを立ち上げたり、ちょっとした情報を入力したりすること自体がとても大変ということは現場に行かないと実感できません。現場の状況を知ると、情報をたくさん入力してくださいなんて言えません。SIP4Dでは、できるだけ入力を減らす工夫をしました。さらにその1回の入力で、これまで複数のルートで県や省庁に報告していた情報を、共通して県でも省庁でも国でも見られるようにしました。現場にも、「1回だけ入力すればいい」というメリットを提供することで、情報共有を進められるようにしたのです。最終的に45種類の現場で必要とされる情報を整理しました。SIP4Dで共有すべき情報(EEI: Essential Elements of Information)として議論・精査が続けられています。

地理空間にマッピングして必要な情報を生成 イメージ2

データが空白の時間帯の危険性すら予見する

永吉:私が直接関わった第2期では、第1期のSIP4Dでは情報共有にとどまっていたところを、実際に現場の支援に役立てられるように機能拡張をしています。受け手である災害対応の現場が次のアクションを起こせるようにする情報の提供です。

課題の一つとして、第1期のシステムでは“上がってきていない情報”に対しては何のアクションも起こせないということでした。2018年の西日本豪雨で、一部地域で「避難者がゼロ」という状況が続きました。周囲の地域では避難者が増加しているにもかかわらずです。実際にはその避難者がゼロ地域からは、1日、2日と遅れて避難者の情報が届きました。現場が非常に逼迫していて、報告ができず情報の空白ができてしまったのです。

こうしたとき、単に情報を共有しているだけでは、適切なアクションが起こせません。SIP4Dがなかったときは、組織を跨いだ情報共有すら難しかったと思います。情報共有の土台ができたからこそ顕在化してきた課題だと思います。

谷本:第2期のSIPでは、情報の空白の時間帯であったとしても、周辺の情報などから隠れた危険性を予見して、災害が顕在化する前に多くの組織にリスクを通知し、アクションを起こせるようなシステムを構築しています。例えば、SIP4Dのデータから被災者が発生しそうなエリアを検知し、それを物資供給システムに通知することで、必要な物資量を前もって見積もり、準備することが可能となります。第2期のSIPでは、様々な機関が参画して物資の他、保健医療や交通等の現場対応を支援するシステムの開発を行っており、こうしたシステムを繋いで、次々にアクションを起こせるように連動させていくことで、迅速かつ円滑な組織横断的な災害対応を実現していきます。

現在はシステムの基本的な開発は終わって、実際の災害時でどれだけ有効かを実践、実動訓練を通じて確認し、完成度を高めているところです。どのような情報をどれだけ前もって提供すれば良いかなどの精査をしながら、社会実装をしていこうとしています。

永吉:防災のシステムは、「作ったから、使ってくれ」では使ってもらえません。現場の人たちと一緒に、作ったものをベースにしてどう改良するかが一番大事だと考えています。私自身はコロナ禍もあってまだ災害現場に出向いて使ってもらうことが出来ていないのですが、今後は現場の人たちの意見を基に改良していきたいと考えています。

そもそも大学では物理学実験をやっていましたから、当時からモノを実際に作って動かすことが最も重要だという考えでいます。設計しても実験やってできないと駄目で、現場を大事にすることが根っこにあります。その感覚は防災研究も同じなのではないかと感じています。

日立は環境・防災・安心・安全に関する
社会貢献を統合的に考える会社

永吉:入社してからまだ3年目が終わるところと日が浅いのですが、防災について日立は社会貢献を重要視していると感じます。特に防災については、事業を通じた社会への貢献が目的の一つだといえると思います。そもそも国家レベルの大きなプロジェクトに取り組もうとする民間企業はあまり多くないのかなとも感じています。

谷本:SIPの第1期で国家プロジェクトに参加させて頂くときも、防災科学技術研究所が共同研究者として日立を選ぶ理由の1つに国レベルのシステム開発の実績があったと思います。その上で、実際の開発では、社内で多方面の研究をしていることが生かされています。これまでの実績と、研究への具体的な取り組みの両面があって、新しいもの、大きく国レベルのシステムを作ることができるのだと思っています。

もちろん、研究開発もビジネスと切り離すことはできないのですが、なぜそれを日立がやるのかというのは意識しながら研究開発を進めています。防災分野の事業・研究に携わってきて、企業として投資対効果の最大化を求めるところは同じですが、その効果の部分で、日立は環境レジリエンスや安心・安全といった面での社会貢献を含めたトータルで判断をしていると実感しています。

日立製作所 研究開発グループ
				社会システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部 谷本幸一主任研究員

谷本幸一(TANIMOTO Kouichi)

日立製作所 研究開発グループ
社会システムイノベーションセンタ
デジタルエコノミー研究部 主任研究員

歴史で他人の人生を振り返り経験を深める

研究に直結するものではないのですが、「三国志・座右の銘―歴史にみがきぬかれた100の名言」(松本一男著、三笠書房)が中学生の頃に図書館で借りて以来の愛読書です。三国志の名言について、原文と解説、学びが書かれています。三国志なので、戦術論の他、組織論なども多く掲載されているのですが、当時は深くは理解できないながらも、大好きな三国志の事例で物事がうまくいく感覚や失敗する感覚など、学ぶところが多く、ノートに書き写したりしていました。社会人になってから中古書を購入して読み返しているのですが、改めて読むとリーダーシップや取り組む姿勢、部下の統率・育成などについて考えさせられる点がありました。自分の人生は1回で、経験できることは限られていますが、歴史で他人の人生を振り返ることで幾重にも経験を深めることができると感じさせる1冊です。

日立製作所 研究開発グループ
				社会システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部 永吉勤研究員

永吉勤(NAGAYOSHI Tsutomu)

日立製作所 研究開発グループ
社会システムイノベーションセンタ
デジタルエコノミー研究部 研究員

次につながる結果を求めるフロンティア精神が学べる

大学院生のときに読んでいた「宇宙線」(小田稔著、裳華房)を良く参考にしていました。宇宙線物理学の基礎から体系的に書いてあり、博士論文を執筆する際にもよく参考にしていました。導入部分で、「宇宙線研究は様々な分野の研究の先駆的な役割を果たしてきており、その研究結果は他の分野の新しい課題となって、次の世代に研究がつながっていく」という旨の文章が書いてあります。直ぐには大きく評価されなくても、次の研究の礎になって受け継がれていくというこの感覚はとてもいいなと思います。専門書ですが、序説の「宇宙線の歴史」は一般の人が読んでもその思いが伝わりますよ。