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Hitachi

眼鏡のように頭に装着することで、映像を見ることができるヘッドマウントディスプレイ。ハンズフリーで情報を得られるデバイスとしていま注目を集めています。日立は、外の景色が透けて見えるシースルー型のヘッドマウントディスプレイの開発を進めています。デバイスは小さく軽く、そして画面はきれいで明るいものを…「使い勝手のよさ」を徹底的に追究することで、生み出された技術や工夫を紹介します。

(2015年8月21日 公開)

用途の広がるヘッドマウントディスプレイ

お二人が開発に携わったヘッドマウントディスプレイはどのようなものなのでしょうか。

写真1 シースルー型ヘッドマウントディスプレイ
シースルー型ヘッドマウントディスプレイの写真

川村目の前の景色とディスプレイの映像を両方見ることができるシースルー型のヘッドマウントディスプレイです。目の前の部分に反射ミラーがあって、光を半分反射させて半分透過させるので外の景色が見えるんです。完全に視界を閉ざすヘッドマウントディスプレイは没入型と言われていて、ゲームなどに使われているものは没入型が多いですね。使うシーンは違いますが、どちらも今後用途が広がっていくと注目されています。

中村シースルー型のヘッドマウントディスプレイの用途としては、道案内やSNSと連携させるような一般のユーザー向けのものに加えて、工場での作業支援などの使い方も考えられています。作業者が付けたヘッドマウントディスプレイ上に指示を出すことで迷わず作業ができる、といったBtoB向けの使い方ですね。

お二人はどのような技術を開発したのですか。

中村今回わたしたちが開発したのは、ヘッドマウントディスプレイの光学系の部分です。
ヘッドマウントディスプレイにはLEDの光源と小さい液晶(ディスプレイ)が搭載されていて、LEDの光をディスプレイに当て、ディスプレイからの映像が直接目に届くという仕組みになっています。この「光を照明し、映像を映し出す部分」を光学系と呼んでいます。

光学系には大きく分けて二つの要素があります。一つはLEDの光をディスプレイに照明させる照明系の要素。もう一つはそのディスプレイの映像を目に映し出す投射系の要素です。川村が照明系を、わたしが投射系を担当しました。

川村わたしも中村もヘッドマウントディスプレイの開発に入る前はピコプロジェクターという小さいプロジェクターの開発をしていました。ピコプロジェクターで培った、小さい装置で明るくきれいな映像を映し出す技術を、さらに小さい装置にも生かせないかと技術研究に取り組みました。

図1 ヘッドマウントディスプレイの仕組み
ヘッドマウントディスプレイの仕組みを表した図

照明系の開発-小型化・高効率化技術

照明系の開発で苦労したことはありましたか。

川村映像を映すには、RGB(赤・緑・青)の3つの光が必要なのですが、この3つの光を照明するところに課題がありました。図1の右側にあるLEDと導光路(トンネル)の部分ですね。LEDのパッケージにはRGBそれぞれの発光点が平面上に3つあり、出てきた光をレンズで絞ると角度がずれて斜めに飛んでしまいます。そうすると、色が分かれて見える「色むら」が発生します。それを避けるためには、LEDから出る3つの光を均一均質な光にする必要があります。

プロジェクターだと、透明な長いトンネルを置いて、その中に光を入れて多重反射させることで光を混ぜ合わせる技術が一般的に使用されています。しかし、ヘッドマウントディスプレイは身に着けるものなので、小さくしたいというニーズがあって、そこにマッチしませんでした。小さい装置で、かつ効率良く色をきれいに混ぜることが必要でした。

写真「川村 友人(かわむら ともと)」

どのように解決したのでしょうか。

川村まずは小型化するためにトンネルを短くしたのですが、そうすると光を混ぜきれませんでした。そこで、トンネル自体の特性を工夫できないか考えました。

そうすれば、トンネルを短くしても光を混ぜ合わせられるうえ、光を逃さないので効率も良い。試行錯誤を繰り返し、光学系の試作を進めました。

作ってみて、その結果はどうでしたか。

川村これがうまくいきました。トンネルも短く出来て、目標を満足する明るさを達成できました。性能を向上させたうえで小さくできた、ということですね。

投射系の開発-ヘッドマウントディスプレイに必要な「きれいさ」とは

ディスプレイの映像を目に届ける部分が投射系なのですよね。

中村はい。照明系で光らせたディスプレイの映像を、拡大して目に見せるところですね。投射系の原理は、光を投射するという意味ではプロジェクターと同じです。ただし、プロジェクターがスクリーンなどに光を投射するのに対して、ヘッドマウントディスプレイは直接目に光を投射します。

人の目には、レンズとスクリーンの役割をする部分があります。レンズは水晶体、スクリーンは網膜のことですね。物からの光が水晶体を通って網膜に結像されることで、人は物を見て知覚できます。ヘッドマウントディスプレイでは、目の前のディスプレイから目に光を投射して、像を網膜に直接結像させます。そうすると、人は実際にはない物がそこにあるように感じるんです。この実際にはないけれどあるように見える像は虚像と呼ばれています。

図2 ヘッドマウントディスプレイの映像を見るときの仕組み
ヘッドマウントディスプレイで映像を見るときの仕組みを表した図

投射系ではどのような技術を開発したのでしょうか。

中村ディスプレイの映像は、レンズで拡大して目の中に投射しています。このとき、球面のレンズを使って大きな像を見せようとすると像の周りがゆがんで汚くなってしまいます。それを非球面レンズという、球面ではないレンズを使うことで像の周囲まできれいに目に届ける方法を考えました。それから、さらにきれいな像が見えるように、ゆがみの元になる光をカットできないか、ということも検討しました。

ゆがみの元になる光をカットするとはどういうことですか。

川村目の悪い人が遠くを見るとき、よく目を細めますよね。そうすると少しはっきり見えるようになります。これは、見える範囲を制限すると、像のゆがみやぼけの元になる余計な光をカットできるからなのです。ヘッドマウントディスプレイの投射系でも、それと同じ原理が利用されています。

中村特に目が動いたときのことを想定しています。目が動くと、どうしてもゆがみやぼけのある汚い像が見えてしまうんですね。それを防ぐために、汚い像になるような必要のない光は、もう届かないようにしようという発想です。きれいな像だけが目の動く範囲に届くようにしようと考えました。

開発で苦労したことはありましたか。

写真「中村 俊輝(なかむら としてる)」

中村実際にヘッドマウントディスプレイを使用する場面では、目が動いたり、ヘッドマウントディスプレイの位置がずれたりします。しかし、最初の試作では、目を動かすと汚い像が見えました。そこで、実際の「使い勝手のよさ」を考えて試作を重ねました。作業で使用する場合、どれくらいの範囲で見える必要があるのか。どれくらいきれいな映像が見える必要があるのか。

プロジェクターだと、スクリーンに自分が近づいて見ることができますよね。だからすごくきれいな映像でないと困るのですが、ヘッドマウントディスプレイだと、目と映像の位置関係は変わらないので、プロジェクターでの指標とはまたちょっと違ってくるんです。

そこで、試作を重ねてヘッドマウントディスプレイとして必要な「きれいさ」や指標を検討しました。試作品は実際に使用するシーンに近づけるため、あちこちに持っていって試しましたね。倉庫で物の仕分けに使ってみたり、工場で使ってみたり。オートバイでも使いたかったのですが、オートバイは工場では乗れないから、自転車で試したこともありました。
そうすることで、必要な視界の範囲に、必要なきれいさの映像を映す方法を検討しました。その結果を、不要な光をカットする技術とレンズを非球面にする技術に落とし込み、実際に使える形に仕上げていったんです。

究極の使いやすさをめざして

開発したヘッドマウントディスプレイの評価はどうでしたか。

中村お客さまに見せると、「画面がきれいで明るいですね」とほとんどの方が言ってくれます。ほかの製品を試した方からも良い評価を頂けることが多いですね。日本だけではなくて世界中に持っていってもそういう反応をしてくれます。まさに照明系と投射系の研究で開発した部分ですね。

川村ちょうど話題性のある分野なので反応が良くて、社内でも話が膨らんでいます。もともと光学系だけを作っていたのですが、ヘッドマウントディスプレイを使ったソリューションとして展開できないかと、関係者が集まって動きが広がっています。

今回開発した技術は、どのように発展させていきたいですか。

川村わたしは照明系のトンネルを開発するときに、透明なものに別のものを混ぜ込む技術を使用しました。この技術は展示会などに持っていっても反応が良いので、これを応用していこうかなと考えています。ヘッドマウントディスプレイに限らず、医療や検査装置など光を使うところで展開して、新しいものを作りたいですね。

中村ヘッドマウントディスプレイについて言うと、いまはお客さまからもっと大きい画面が欲しいと言われています。画面を大きくすると像の周囲をきれいにすることが難しくなるのですが…きれいな映像のまま大きい画面にできないかと、いま技術開発を進めているところです。

それから、装置の小型化ですね。ヘッドマウントディスプレイを本格的に普及させるためには、もっと小さく軽くして、眼鏡を掛けているくらい違和感なく、ずっと付けていたくなるようにしなければいけないと思っています。

川村そうですね。実際にできることと理想があると思うのですが、理想を言えば、いまのヘッドマウントディスプレイはまだ大きくて重いですね。掛けていると、何かを付けていると意識してしまうんですよ。そうではなくて、視界が開けていて何も気にならず、その上にどこでも映像が出せるというようにしていきたい。そうするともっと多くの人に使ってもらえるのではないかと思っています。その技術を考えるときりがないのですが、少しずつ進歩させていきたいです。