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2017年4月3日 公開

映像講義

chapter 3

ビジネスこそ人工知能が得意な領域である

矢野和男(株式会社日立製作所 理事 研究開発グループ技師長)

矢野 私は囲碁の話が好きです。人工知能が昨年、大変注目されるようになった一つの大きなきっかけは囲碁でした。イ・セドルという人に、GoogleグループのDeepMind社がつくったソフトウェア「AlphaGo」が勝ったことが大きなきっかけになっています。

コンピュータと人間、それぞれが得意なことと得意でないことに関して、いろいろな見直しをしたという意味で。非常におもしろかったです。人工知能にも当然、得意なことと得意でないことがあります。これを見極めるのが大事なのですが、世の中の議論ではそれがまったく適切にされていません。

こうした状況に対して、囲碁は大変重要な示唆を与えています。これまではコンピュータは囲碁の終盤が得意だと言われていました。終盤になっても囲碁の手はたくさんありますが、コンピュータパワーでしらみつぶしで探していくのです。こうやれば絶対負けないとか、勝つというものを一個でも見つければ、間違うことも疲れることもないので、コンピュータは絶対勝ちます。オセロみたいに、もともと手が少ないゲームはそれだけで勝てるのです。だから、終盤になると人工知能は非常に強いと言われていました。

ところがこの前のイ・セドルさんとコンピュータの勝負では、コンピュータのほうがやたら中盤とか序盤が強かったのです。しかも、その強さすら人間がわかっていないのです。中盤でよくわからない手を打ってくる。その手を人間が見て、はじめは「なんだか変な手だ」とか「悪い手を打ちました」と言っていた。ところがそこから3手、5手と進んでいくと、いつの間にか地ができて有利になり、「あれは本当はいい手だった」という話になってきました。あれ以来、同じことが続発していますが、これは非常に重要なことを示しています。

中盤にはまだ、可能性の束(タバ)である打ち手がたくさん残っているので、コンピュータには難しいと、これまでは言われていました。ものすごい数があるので、とてもしらみつぶしに探せない、だからコンピュータは不得意なのだ、と。

しかし、それは大きな間違いでした。それほど多くの可能性があって、人間には簡単なのでしょうか?人間にとって、それはコンピュータ以上に難しいことかもしれません。人間が正解を解いている保証は、もともとどこにもないのです。そういうところに短絡的な思考が出ています。実は、序盤や中盤の、より難しくて複雑な状況、複雑な問題ほどAIは得意なのです。

複雑な状況において、人間は過去の経験や定石の周りで試しているだけです。その外には、こんなに大きなホワイトスペース、だれもやったことのない可能性が、手つかずで残っています。人工知能は複雑で、人間が経験に頼っているこのような分野ほど得意です。ただし結果の数字がはっきりしない問題は全然ダメということです。

これはAIが得意でないことはなにかを考えるときに重要な視点なのですが、「AIが人間の仕事を奪う」とか「置き換える」という議論の中に、こういう基本的なことがまったく考慮されていません。

「複雑」で、人間が「経験」に頼っていて、「結果」は数字ではっきりする、この3つがきれいに揃っているのが実は囲碁なのです。そしてもう一つ、同様にこれらの3要素が重要となるのがビジネスです。ビジネスも、複雑で、結果の数字がはっきり出て、いままでは人間の経験や勘でやってきた。だから我々は、ビジネスの経営の数字を上げるという、人工知能が最も得意で、社会的インパクトが大きいことに"特化した"人工知能を開発して提供するようにしました。

"特化した"という言葉をつかいましたが、ビジネスの業績を上げることは、どんな問題でも実社会でも適応できます。ビジネスに特化することは、非常に幅広い可能性があるということです。多目的に使えるということ、ビジネスに特化したものを提供していることで、日立製作所の人工知能のアドバンテージが非常に上がってきています。

映像講義

chapter 1

「跳躍学習」は「教師付き学習」を超えた

chapter 2

実社会とむすびついたデータが人工知能開発を活かす

chapter 3

ビジネスこそ人工知能が得意な領域である

Overview

人工知能は多様性を生み出すメカニズムである

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講師プロフィール

矢野和男(やの・かずお)

株式会社日立製作所 理事 
研究開発グループ技師長

1984年日立製作所入社。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。2004年からウエアラブル技術とビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用件数は2,500件、特許出願350件を超える。「ハーバードビジネスレビュー」誌に、開発したウエアラブルセンサー「ビジネス顕微鏡(Business Microscope)」が「歴史に残るウエアラブルデバイス」として紹介される。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社刊)はBookvinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。東京工業大学連携教授。文部科学省情報科学技術委員。2007年MBE Erice Prize, 2012年Social Informatics国際会議最優秀論文など国際的賞を多数受賞。

(※ 2017年4月3日 当時)