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文/今村玲子

業務効率化と組織の活性化

日立では2003年に、心理学や文化人類学などを専門とするメンバーを中心にエスノグラフィ(行動調査)のチームを立ち上げました。このチームでは、製品やシステム開発の上流工程において、ユーザーの振る舞いを観察しながら業務の実態や潜在ニーズを調べていきます。チームはこれまで鉄道の運行司令所、電力プラント、医療システム、金融システムなどの開発プロジェクトで、200件以上のエスノグラフィを実施してきました。さらに近年では、業務の効率化だけでなく、組織の活性化という課題に対してもエスノグラフィを導入したいという企業が増えています。

課題はコミュニケーション

日立物流では以前から倉庫設備や業務プロセスなどの改善に取り組んできました。一方、決められた時間内に大量の出荷をこなす現場では、アルバイトの作業員も社員も互いに顔は知っているものの話したことがない人も少なくありません。熟練者のノウハウを若手に伝える機会もあまりなく、離職の原因として人間関係の希薄さをあげる人もいました。日立が提案したのは「人間中心の対話型コミュニティ活動」。背景には「組織文化は、日立物流の人たちが自らつくり変えていく必要がある」という考えがあったのです。

日立物流と3年にわたって協創しながら現場で実践したのが「物流OPEX(Operational Excellence)」。物流倉庫の作業者と深い対話をし、ノウハウ共有やアイデア創出を楽しみながら、作業パフォーマンスを洗練させていくコミュニティ活動です。

笑顔とおしゃべりのワークショップ

例えば、倉庫管理者と作業者の対話ワークショップでは、事前に熟練者のノウハウをビデオ撮影しておき、参加者がそれを見ながら自分と比較して「今どのレベルにいるか」を発表します。勤続年数が長いと自らを振り返ることもなくなりがち。経験学習理論に基づき、まずは自分を客観視してもらうワークです。

続いて現場を改善するためのアイデアを出し合うのですが、これをファシリテーションするのは倉庫の管理者の方々。コミュニティを立ち上げる役割を担う「OPEXデザイナー」として、用意したシナリオをともに練習し、ワークショップを進行しながら、作業者と楽しく深く対話する手法を習得してきます。

コミュニケーションが苦手だった社員も、慣れてくると作業者との対話を盛り上げられるようになります。ワークショップでは、最初の10分ほどは参加者たちの顔がこわばっていますが、だんだん笑い声とおしゃべりが止まらなくなってきます。というのも、このワークショップは何を言っても褒められるシナリオになっているからです。楽しく対話をしているうちに、自分も進化したいという気持ちが生まれて、さらに仲間とともに部署内も改善していきたいという雰囲気になっていくのです。

これは現場にデザイン思考を浸透させる取り組みにほかなりません。しかし現場で働く作業員や倉庫管理者の方々にとって、それは重要ではありません。この活動の狙いは、教育プログラムではなく、組織文化をつくること。頭で理解するよりも、実際にやってみて楽しかった体験として得られる気づきのほうがよほど強く、深く伝わるのです。

高まるニーズ

昨今、このようなコミュニティ活動に対するニーズが高まっています。トップダウンでリードするよりも、現場のひとりひとりが自律的に考え、業務やソリューション、ビジョンをデザインできる組織になっていくべき、と考える経営者が増えているといえるでしょう。こうした声に応えるべく、日立では今後もエスノグラフィに基づいたコミュニティデザインの提案を強化していきます。

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