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文/今村玲子

診断の精度を高めるカギ

2018年、本庶 佑京都大学特別教授とジェームス・アリソン博士がノーベル生理学医学賞を受賞したことで急速に着目されているがん免疫療法。これはもともと人間の身体に備わっている免疫細胞を使って、がんを治療する方法です。免疫とはウイルスや細菌など外から入ってきた異物を発見し、排除するシステムのこと。ところが、がんは、遺伝子変異の蓄積によって発生するため、免疫細胞から見つからないように巧みに遺伝子を変異させながら体内で育つのです。さらに免疫細胞が持っている免疫反応を抑制する機構を悪用し、攻撃させないようにもします。本庶教授とアリソン博士は、この抑制機構を外すことで免疫細胞を活性化させて、がんを排除するという方法を考えました。免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬がその免疫抑制機構を外すことで、免疫細胞ががんを攻撃しやすくするのです。

そうしたなか国立がん研究センターでは、日立が開発したバイオマーカー探索の技術を活用することで、免疫チェックポイント阻害剤が効く患者と効かない患者を、高精度に識別できるバイオマーカーを発見しました。バイオマーカーとは、血液検査や遺伝子検査などのデータをもとに医師が診断を下すための数値的な指標のこと。患者に抗がん剤の投与を検討する際の診断材料になるものです。数値上で特定タンパク質が強く発現していれば、「この患者には効き目がある」「副作用は出にくい」などと読み解くことができるのです。

抗がん剤、特に免疫療法剤は高額であるうえに有害事象を伴う場合もあり、患者に経済的また身体的負担をかけます。免疫チェックポイント阻害剤も同様です。この薬は2〜3割程度の患者には効くことがわかっています。つまり10人中3人しか効かない薬を100%効かせるには、効く患者3人だけに投与しなければなりません。バイオマーカーによって、薬が効く患者がわかることは、がん免疫療法にとって大きな進歩なのです。

医師の診断を定量的に実証

日立のバイオマーカー探索サービスは、これまでの診断精度の限界をデジタル技術で飛び越えようとするソリューションです。膨大な過去の診断データをAIに学習させて、検査結果からバイオマーカーを探し出し、診断をレコメンドします。大切なポイントは、AIがその根拠を説明すること。生物学的な理由がなければ医師の納得も得られず、患者に説明できないのです。

AIはどのようにして根拠を示すのでしょうか。過去の症例を何兆通りもの計算式で計算し、そこから薬が効いたもの(奏功)と効かないもの(非奏功)にわけます。そして「この式で計算するとうまく奏功と非奏功がわかれる」という式をいくつか抽出してみせるのです。例えば、「免疫を促進する細胞数—免疫を抑制する細胞数」という式が提示されると、医師は「薬を投与したことによって、がん細胞の近くにある免疫細胞が活性化している。よってこの薬は効いている」と解釈できます。つまり、医師は確信を持って診断を下せるようになるのです。

患者の負担を軽減するために

日立では、医学知識のある研究者が医師や製薬企業と協創し、医学とデジタル技術を適切につなぎながら課題を解決してきました。これを長年続けてきたことが、日立のヘルスケアの強みです。

国立がんセンターでのバイオマーカー探索の成功例は、限られたがん患者のデータによる結果であり、臨床試験に入るこれからが本番です。有効性を示すデータが取れれば、薬事承認され、数年後には全国に普及していくでしょう。さらに、技術をブラッシュアップしながら、ほかの抗がん剤にも適用範囲を広げていける可能性もあります。また、抗がん剤だけではなく、例えば猛威を振るう新型コロナウィルスについても、「どういった患者が重症化するのか」を示すバイオマーカーを探すなど、活用の可能性はこれからも広がっていくと日立は考えています。

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