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行動のデザインを担当するチームで製作した絵本「橋をつくろう」。Kindleおよび楽天koboで電子版が無料配布されている。( Photo by Sayuki Inoue )

文/今村玲子

デザインで人の背中をひと押し

「行動のデザイン」とは、個人の主体的・自発的な行動変容を支援するデザインのことです。2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授の著書『Nudge』がきっかけとなり世界的ブームを呼びましたが、日立では先駆けて2015年からUXやUIデザイナーが中心となって行動のデザインの研究を進めてきました。

その特徴は行動科学とデザイン思考を融合していること。定量データと定性データの両面から個々のユーザ一の状況を捉え、 その人の特性にふさわしい行動介入施策を設計します。

禁煙や食事制限などのヘルスケア分野では行動変容に関する研究が進んでいますが、日立ではデザインの力で人々の背中を押せないかと考えています。

ステージ分類で自らを客観視

日立では、仮説に基づいたツールやフレームワークを開発し、社内でさまざまな実験を行いました。そのひとつは、社員が勤怠管理システムを毎日入力するよう習慣化すること。社員のなかには、毎日入力してくれる人もいれば、そうでない人もいます。

これを解決するために用いたのが「行動変容ステージモデル」。人はいきなり行動を大きく変えることはできません。段階的にステージを上げながら、最終的に習慣化させて維持するという方法です。

入力システムのデータから社員の行動を分析し、日々の入力に対して「無関心」「関心がある」「やる気になる」「入力してみる」「習慣化している」という5つのステージに分類。各ステージの社員にインタビューして「次ステージに上がるのを阻害する要因」をあぶり出し、それを取り除くための行動介入施策を打つのです。なかなか入力しない理由としては「忙しい」や「面倒くさい」「隔週でやるとマイルールを決めている」などさまざま。それらに対して、認知バイアス(人間の思考や判断の偏り)を考慮したメッセージを発信します。

例えば、低いステージの人には「あなたのフォローのために上司の○○さんは毎月これだけの時間をかけている」と親しい人の損失に訴え、上位ステージの人にはスタンプラリーやメダルなどゲーム性のあるUIで日々入力のモチベーションを高めます。ステージごとに施策内容を変えながら、最終的に「気づいたら日々の入力が習慣化している」というレベルまで引き上げることができれば成功です。実験の結果、半数以上の社員の入力頻度が増え、働き方に対する意識も変わっていきました。

ゲーム感覚で行動変容を促す

もうひとつは「会議中の発話量や発話バランスを増やす」実験です。実りのない会議にありがちな「誰かひとりが喋り続け、その他は黙っている」という状況を、リアルタイムの行動介入施策で解決しました。

まず、音声データの分析とインタビュー調査により、生産的な会議では、参加者全員の発話のバランスが重要だとわかりました。阻害要因には「起爆剤となるキーマンがいない」「沈黙が怖いので喋り続ける」「勝手に自分の役割を決めて黙る」などがあり、これらを踏まえて、コンピュータゲームの「テトリス」をモチーフにした支援ツールを開発しました。マイクの音声データから会議参加者の発話量を測り、それをブロックで表現。全員が平等に話せたらブロックが消えてスコアが上がります。1ゲーム10分でブロックをリセットすることで、発話機会をつくり続けるのです。

このゲームの行動介入施策は、1ゲーム前に最も多く発話した人をキーマンと判定して、他のメンバーに話を振ってもらったり、喋っていない人を可視化して本人に気づかせるなどです。話すのが苦手な人の場合は、相槌などの短い発話でもカウントし、とにかく全員の努力で対話しやすい環境をつくっていきます。その結果、会議出席者ごとの発話時間の差が半分以下になり、発話の偏りがなくなりました。また、音量が倍以上になる傾向も見えており、会議の盛り上げに貢献している可能性が見えてきました。

多様な領域での活用に向けて

こうした実験成果に興味を持つお客さまが増えてきています。例えば、ある自治体では自宅に引きこもりがちなお年寄りに軽めの外出や運動を促すプロジェクトを検討しています。多様な領域で、従業員の生産性向上やナレッジ共有といった課題にも行動のデザインを取り入れる可能性も考えられます。

一方で、行動変容を促すことは人間をコントロールすることにもなりかねず、抵抗感を覚える人もいるでしょう。そこで日立は行動をデザインする際、倫理的観点に留意した運用を実現するための独自ガイドラインをつくり、発信しています。

また、『橋をつくろう』という絵本を制作しました。これは、森の動物たちが川に橋をわたすプロジェクトを進めるにあたり、かしこいハリネズミが彼らの意識や行動を変えていくという物語。日立が考える行動のデザインについて、物語を通して理解していただけます。

今後はさらに実践を続けることでナレッジを蓄積し、効果的な行動介入施策のパターンを生み出し、より広く活用できるものにしていきたいと考えています。

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