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Hitachi

文/今村玲子

デザインが入ったことのない領域へ

2018年10月、大阪重粒子線センターで日立の「重粒子線治療システム HyBEAT」が稼働を開始しました。

粒子線治療とは、水素や炭素の原子核を光速近くまで加速し、病巣に集中する性質を利用して照射することでがんを治療する方法です。痛みや副作用がほとんどなく「身体にやさしい治療方法」といわれています。日立の粒子線治療システムは国内外の医療機関で広く採用されており、高い信頼性と実績を有しています。

現在、粒子線治療専用の施設は国内に23カ所あります。そのうち最新施設の大阪重粒子線センターは交通アクセスの良い立地と都心型のコンパクトな施設として知られています。その治療室の設計段階から日立のデザイナーが入り、患者と医療スタッフに配慮した装置と空間のデザインを行いました。

巨大な装置からなる粒子線治療システムは、発電などの重電技術を医療に応用したもので、プロダクトデザインの領域ではありませんでした。2014年に北海道大学にシステムを納入した際、医師から「金属むきだしの機械の中で患者がモノのように扱われるのは避けたい」という声があり、デザイナーが装置の外観を整えることになりました。それが好評を得て、大阪重粒子線センターでは、照射装置を含む治療室全体の設計を日立デザインが担うことになったのです。

不安と負担を軽減

現場の医療従事者にインタビューした結果、「治療を受ける患者の心的不安をやわらげること」、そして「治療にかかわる作業効率の向上」が重要であることがわかりました。粒子線治療は高額な先端医療であり、できるだけ短時間で的確に治療するため、患者や医師の動線をしっかり設計し、一連の流れをスムーズにするような空間をデザインする必要がありました。

近未来の宇宙船を思わせるクリーンな治療室には、患者の不安を軽減する工夫が散りばめられています。まず入室したときに全貌が見渡せることができます。室内の矩形や角をなくし、すべてをR(アール)で包み込むような空間となっています。大きな照射装置は圧迫感をなくすために、なめらかな曲面のカバーを施し、壁に埋め込むように空間と一体化。さらに装置から天井にかけてぐるりと一筆書きで描いたような間接照明によって、空間全体にやわらかい印象を与えています。

医療スタッフの作業効率についても工夫があります。まず準備や治療で使うさまざまな道具を収納するための大きなスペースを設けました。治療中に患者が動かないようにするための固定具や、装置のモニターなども、すべて患者の目に入らないところに収められています。そしてスタッフが固定具、モニター、治療台を結ぶ三角形のエリアを最短で行き来できるような配置を検討していきました。

デザインの知見の蓄積

稼働開始から約2年が経ち、同センターからは、「緊張している患者さんが治療室に入った瞬間、良い意味で『治療機器らしくなく、怖くない』という声が多い」「今まで使ってきたなかでいちばんシンプルな設計の装置。照射されている感じがなく、楽な状態で治療を受けてもらっている」と評価をいただいています。

日立では医療機器だけでなく家電から鉄道、ATMまで多彩な分野を手がけていて、そのノウハウをこうした装置にも活かせるのが強みです。今後も、多様な領域で得たデザインの知見を蓄積し、活かすことで、多方面にわたって品質の高いデザイン提案を行っていきます。

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