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Leaders interview

協創の力で、社会を“しなやかに”つないでいく

社会イノベーション協創統括本部 統括本部長 森 正勝

デザイン誌「AXIS」増刊号より
文/今村玲子 写真/井上佐由紀

時代とともに移りゆく社会の要請に応えるべく、常にその姿を変えてきた日立デザイン。
デザインの可能性が認知されるなか、エンジニアとの協創によって、デザインがさらに力を発揮し、拡張を遂げている。
その拠点が2015年設立の社会イノベーション協創センタ。
同センタ長でもある森 正勝氏に、日立デザインの未来について聞いた。

拡大するデザインの可能性

日立デザインの歴史は1957年に始まるのですが、現在に至るまでにいくつものターニングポイントがあったのではと思います。

大きく3つの転換期がありました。ひとつは、1990年代。それまでプロダクトデザインが主流だったなかで、認知心理学や情報工学などを専門とするデザイナーが加わり、情報システムやソリューションといったコミュニケーションデザインのコンセプトづくりやプロトタイピングに取り組むようになりました。

2000年に入ると、プロダクトデザインとコミュニケーションデザインの比率は半々になり、手がける領域も広がっていきました。前者では日立ブランドとしてのデザインやスタイルを発信し、後者ではIT 化に伴うインターフェースやウェブデザインの仕事が増えていきます。映像によるコンセプトのビジュアライズや、サービスデザインが本格化したのもこの時代です。

次のターニングポイントは、デザイン部門の設立50周年にあたる2007年以降。それまで国分寺と青山にわかれていたデザイン拠点を赤坂に統合し、プロダクト、コミュニケーション、サービス、ソリューションを視野に入れた、広い意味でのデザイン活動を本格化しました。このあたりからデザイナーだけでデザインはできなくなってきました。コンセプトやビジョンをつくる上流段階からデザイナーとエンジニアが入り、そしてお客さまをも巻き込んでいく。これを「対話プロセス(顧客協創方法論)」と呼び、日立デザインの手法としてまとめていきました。

以降、手法を解説した冊子やツールなどのマテリアルが増えていきます。2015 年にそれらを体系化し、共有の知として発表したのが「NEXPERIENCE」です。これは日立として、デザイナーやエンジニアを含む開発側、使う側、さらにさまざまなステークホルダーとともに社会イノベーションを起こしていくという宣言でもありました。

森さんは2020年までR&Dで先端技術研究を取りまとめる立場でした。エンジニアとしてどのように日立デザインを見ていたのでしょうか。

2000年代中盤、当時、市場に出始めた大画面テレビと携帯電話やRFIDなどのデバイスを組み合わせて、ユーザーに対して新しい経験価値をお届けするソリューションを開発していました。そこで「ソリューション開発にデザインを組み合わせるとすごいことが起きる」ということを知ったのです。それまでデザイナーというのは絵が上手な人、きれいな形がつくれる人というイメージでした。ところが一緒に仕事をしてみて、デザイナーとはとても広い視野で課題の本質を考えている人たちだとわかった。

ちょうどその頃、北米でデザイン思考やエスノグラフィ調査が勃興し、日立としても経験価値にフォーカスしはじめていました。さらに自身の経験もあったので、「デザインの可能性は大きい」という印象を持っていましたね。実際に、そのあたりから加速度的にデザインが関わる領域も広がっていったんです。

デザインフィロソフィー「Linking Society」

そして2020年、デザインフィロソフィー「Linking Society」を策定しました。

私たちは今やプロダクトだけではなく、ひじょうに幅広い物事をデザインしています。海外での仕事も増えるなかで、「日立は何をどのようにデザインしているのか」と聞かれる。私たちにとっては暗黙知としてあったわけですが、改めて形式知化することにし、2020年春からデザインフィロソフィーの策定プロジェクトを行いました。そこでは、日立の人なら誰でも参加できるよう、オンラインツールを活用してオープンにディスカッションしました。そして秋に「Linking Society」としてまとめたのです。

この言葉は、日立はモノではなく社会をデザインしていく、という宣言にも捉えられます。

この20年、プロダクトにしろ、インターフェースにしろ、私たちの仕事は仕組みやシステムのデザイン、そしてサービスやソリューションのデザインへと広がってきたので、日立デザインにとっては突然生まれた言葉ではありません。Linkingには、LinkやConnectとは違って、よりしなやかにつなぐというニュアンスがあります。この「しなやかに」という部分が大切で、その背景には日立がずっと社会インフラの仕事をやってきていることが大きい。インフラって、でしゃばらず、目立たず、皆さんの生活をそっと支えているような存在ですよね。特に今は、コロナ禍でさまざまなことが分断されてしまっている。社会イノベーション協創センタのメンバーは「しなやかにつなぐことで世の中が変わっていく」という意識を新たにしているはずです。

2015年に社会イノベーション協創センタが設立されました。なぜ組織名から「デザイン」を外したのでしょうか。

協創とは、「ともにつくる」こと。2000年代以降、開発の上流段階からデザインが入ることで社会イノベーションが起きるということがわかってきたので、その方向にシフトしたわけです。組織名も「ともにつくる」という気持ちを全面的に出すために、協創センタとしてこのかたちを実験的にスタートしました。設立から6年目となる今では、お客さまやステークホルダーと一緒に新しい世の中をつくっていこうというマインドが当たり前になっています。

デザイナーとエンジニアはどのようなバランスで協働していますか。

センタ内にはお客さまとの協創を専門とするチームがあります。そこではデザイナーとエンジニアが半々の割合で、同じフロアで仕事をしています。プロジェクト内容やフェーズによって両者のイニシアチブは変化します。初期にお客さまの課題を見つけるのはデザイナーが得意だし、技術の実装段階ではエンジニアが中心となって進めていきます。わざわざ役割をわける必要もないほど融合しあい、自然にバランスを調節しながら協働しています。

一方で、自分の専門性を研ぎ澄ませていくデザイナーやエンジニアもいます。前者のように互いの領域にリーチして幅を広げる人と、その道で専門性を活かす人、どちらも社会イノベーション協創センタにとっては大事なんです。

協創の案件は増えているのでしょうか。

さまざまな領域や地域で増えています。現在は、協創の手法をセンタ内だけではなく、事業部にも移管して、事業部のメンバーが自らプロジェクトを推進したり、日立全体としてもデータサイエンティストやデザインシンカーといった協創を担える人財を増やそうという動きがあります。そして私たちは、日立の中で協創の枠組みを牽引していく組織になりつつあります。

それは、日立の経営としてデザインを重要視しているということでしょうか。

はい、私はそのように捉えています。


東京・国分寺の日立製作所中央研究所内の協創の森の中に立つ「協創棟」。

協創方法論「NEXPERIENCE」

日立で活用されている「NEXPERIENCE」について教えてください。

NEXPERIENCE は、日立がお客さまと協創し、社会イノベーションを生み出すための方法を体系化したものです。もともと日立には2010年頃からビジョンデザインやエスノグラフィをはじめとする協創手法がいくつもありました。個々のプロジェクトの中で生まれ、点として存在していたそれらをまとめたものです。

具体的にはどういった手法やツールが含まれているのでしょうか。

構想、実装、事業拡大という大きく3つのフェーズで分類しています。最初の構想段階においては、ステークホルダーやプロセスを観察することで課題を浮き彫りにするエスノグラフィや、未来洞察を行う事業機会発見手法。実装段階では、ビジネスオリガミのようにみんなでビジネスモデルを考えるものや、サービスデザインの手法もあります。事業構想をサイバー空間で検証するCyber-PoC(Proof of Concept)などがあります。プロジェクトやお客さまの立ち位置によって、どの手法をどのフェーズで導入するかは異なります。

そこに、日立ならではのデザインの特徴はありますか。

日立は事業の範囲が広いため、協創で実現できることが多いのです。一方で、少ない人数で効率的に進めていく必要もあります。その結果、デザインのノウハウを手法化するに至ったというわけです。それぞれの分野で新しいことに挑戦し、そこで蓄積された知見や経験を目に見えるかたちにしてみんなで共有し、広げていく。それは日立の中だけでなく、社会に貢献するうえでとても大事なことだと考えています。

手法やツールがデジタル化されているということもポイントですね。

はい。日立の「ルマーダ(Lumada)」には、デジタル化されたNEXPERIENCE のツールもいくつか含まれています。ただし、NEXPERIENCE=ソフトウェアということではなく、あくまでお客さまと一緒に協創するためのツールとして提供しています。実際、コロナ禍でワークショップを遠隔で行うときにも、デジタル化されたツールを使っています。また、協創を担う人財を育成するための教育プログラムでも活用されています。

デザイナーに求められるマインド

日立デザインの伝統的な考え方として「人間中心」があります。

私たちはずっと、人間中心であることが日立のユニークネスだと思ってやってきましたが、最近は皆がそう言ってるし、社会全体として人間中心に回帰しているように感じます。デザイナーはデザインする前に人間を見ますよね。たとえロボットをデザインしていても、まず人間との関係性を考えます。何かの課題を解こうと思ったら、そこに人間がいる以上、やっぱり人間を見ないといけない。そういう意味で、時代が変化しても、人の価値観を起点にデザインをするということは変わらないと思います。

最後に、これからの日立のデザイナーに求められることは何でしょうか。

Linking Societyを掲げて、いろいろな場面でつなぐことが必要になると思います。例えば、課題を抱えた人と解決してくれる人をつなぐ、アイデアを実行可能な事業につなぐ、個々の嬉しさを社会全体の嬉しさにつなぐ。こうしたことを支える存在を目指します。

不確実で何が起きるかわからない世の中で、新しいものに対する好奇心を持ってチャレンジする人。そのうえで、デザインのほかに、エンジニアリング、ビジネスなどの得意技を持ち、課題発見力、想像力、解決力を発揮するような人、でしょうか。

今は、待っていれば仕事がくるという時代ではなく、自分から働きかけないと物事が進まない時代です。自ら問いを立てて、何を解くべきかを考えて、自ら検証して解決する。そういうマインドを持って、常に何に貢献できるのか考えられる人がたくさん集まってくれればと思っています。

Profile

※ 所属、役職は公開当時のものです。

森 正勝(もり まさかつ)

森 正勝(もり まさかつ)

1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事。
2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取り纏めた後、2018年に日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長に就任。
2020年より研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部(統括本部長 兼 東京社会イノベーション協創センタ長。
博士(情報工学)

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