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企業情報研究開発

2018年4月11日 公開

日立が創業から掲げてきた理念は「優れた自主技術・製品の開発を通じて、社会に貢献する」。研究開発の分野でも基礎研究に取り組み、これを土台に先端技術への挑戦で多くの社会課題の解決に貢献してきた。今回のテーマは「再生医療」。日立は2002年からこの研究に取り組んでおり、2017年には研究の拠点を神戸医療産業都市(兵庫県神戸市)に移し、日立神戸ラボとして活動を開始。パートナー企業や共同研究機関などと切磋琢磨しながらオープンイノベーションの形で研究開発を進めている。日立神戸ラボ長の武田志津技師長が語る日立の「再生医療」とは。

開かれた研究環境、
オープンイノベーションによる「再生医療」研究のNEXT STEPへ

Q.日立の「再生医療」研究の始まりを教えてください。

「再生医療」の研究で日立として最初に取り組んだのは細胞の自動培養装置です。それが2002年ぐらいです。はじめは機械研究所という部門で機械専門の研究者が装置の開発を開始して、まもなく埼玉県鳩山町にある基礎研究センタ、当時の基礎研究所で細胞の自動培養装置の開発がはじまりました。

Q.なぜ2017年に研究拠点を神戸に移したのですか?

研究の過程にはフェーズがあります。
研究の段階には、0から1になり"技術ができる"ということがあります。今は、その段階が、ほぼ完了したと考えています。誰もやっていないところから始めて、装置で細胞を自動培養できるところまで、時間を掛けて技術検証をしてきました。これが最初の第1フェーズです。
次のフェーズは、本当に「再生医療」の役に立つ装置にできるかどうかを検証することです。社会実装に向け、我々研究開発チームが社外に出て神戸医療産業都市にやってきたのは、このためです。
神戸医療産業都市は、医療の実証の研究をするには日本で最適な場だと思います。ここで自動培養装置を利用するメディカルドクター、「再生医療」用の細胞を提供する製薬企業とともに、真に求められる自動培養技術の実装検証をしています。

細胞の自動培養装置

Q.「再生医療」分野の研究におけるオープンイノベーションのパートナーが京都大学と大日本住友製薬とのことですが、それぞれの役割を教えてください。

ノーベル賞を受賞されたiPS細胞研究所所長の山中伸弥教授がいる京都大学は、この分野で世界をリードしています。京都大学は基礎研究、応用研究、さらには臨床研究を担当されています。同じiPS細胞研究所の高橋淳教授には、細胞をどう培養すれば治療に役立つものができるか、細胞の品質や本当に有効な細胞はどうあるべきかなど、日々ご指導いただいています。
そして、大学で確立した細胞の培養のプロセスを実際の医療に役立てるために、細胞を大量に培養して医療用として病院に提供する研究開発に取り組んでいるのが、同じ神戸医療産業都市に研究施設のある大日本住友製薬です。このようなパートナーと共に、日立は将来的に「再生医療」を普及医療にするために、品質の高い医療用細胞を大量に培養できる自動培養技術とプロセスの開発を行っています。
なお、当オープンイノベーションは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業」において取り組んでいます。

Q.パートナーである大日本住友製薬の研究施設も、同じ神戸医療産業都市にあるとのことですが。

ここ日立神戸ラボのすぐそば、徒歩10分ぐらいのところにあります。
大日本住友製薬とは私たちが神戸に拠点を移す前から連携していました。大日本住友製薬の研究員の方には試作機の時点から埼玉県の鳩山町にある基礎研究センタに来ていただいていました。いよいよ細胞の自動培養装置ができるという段階になって、今度は私たちの方が大日本住友製薬の研究施設のある神戸に拠点を移して一緒に研究開発をやりましょう、ということになりました。私たち日立神戸ラボのメンバーは、培養装置を設置した大日本住友製薬の研究施設に通いながら一緒に実験を行っています。日々、実用化に向けての開発、実験を進めているところです。

Q.埼玉県の鳩山にいた頃と現在の日立神戸ラボとでは研究のフェーズが違うとのことでしたが、神戸に移って実感していることはありますか?

埼玉県鳩山町にある基礎研究センタは、すばらしい研究環境でした。緑豊かな山の中に研究所があり、落ち着いた環境で第1フェーズの研究に向き合えました。そして社会実装に向けての第2フェーズでは、最先端の高度医療に取り組んでいる神戸医療産業都市に場を移しました。私たちは、「再生医療」用の細胞を高い品質で自動培養できる装置の開発をめざしています。現在、細胞は人の手で培養されていますが、その課題は熟練者でないと医療用レベルの品質を有した細胞が培養できないということです。医療用レベルの細胞が、限られた人でなければ培養できないとなると「再生医療」は一般には普及されません。
神戸医療産業都市には医療を研究している方が大勢います。日立社内にこもっているだけでは、社内に医療現場があるわけではないので、本当に役に立つ細胞の自動培養装置をつくることは難しいのです。ここに身をおいて研究開発を行うことが、真に「再生医療」に役立つ細胞の自動培養装置をつくるベストな環境と考えています。

Q.神戸医療産業都市に拠点を移したことで、日立の特長や他との違いなどに気づいたことはありますか?

実感することは、日立という会社は外部からの信頼が厚いということですね。「日立だったらやってくれる」という期待を大きく感じています。先端医療では、今まで誰もやったことのないことも多く、安全性や信頼性が非常に重要だと考えています。そこには日立ならではの技術で、しっかりと応えていきたいと思います。また、私たちは「日立のものづくりとは、このようにしてやるんだよ」と諸先輩方に教えられてきました。こうしたものづくりの思想が日立の歴史を支える底力になっていると思っています。

Q.神戸医療産業都市についての感想はありますか?

実際に神戸医療産業都市のメンバーとなって感じるのは、ネットワークが凄いことですね。神戸医療産業都市事業は、神戸市が(阪神・淡路大震災の)震災復興事業として推進していますが、新鮮に感じたのは、神戸市が医療の活性化、産業振興に非常に熱心だということです。
神戸市からの紹介などで、日常的にいろいろな方の訪問があります。国内から視察に来る方も多くいらっしゃいますが、海外から視察に来るお客さまも多く、企業や組織などの壁をこえた真のオープンイノベーションと感じています。単にパートナーの研究施設の近くにラボを構えているだけでなく、このネットワークでどのようなことを行うのか、このネットワークを利用して、どうやって外部や海外に発信するのかが命題ですね。

日立神戸ラボが入る神戸医療産業都市内の神戸医療イノベーションセンター

Q.神戸の感想、または魅力などは、いかがですか?

神戸は夜景が綺麗ですね。帰宅の途中でポートライナーに乗っている時に港町の夜景が見えるのですが、自然にリフレッシュできますね。また、旧居留地や異人館など神戸の歴史を感じます。海外の文化や新しいものを取り入れて街がつくられています。外部の人や物を受け入れて、自分たちの街をつくってきたマインドを感じさせるのです。神戸医療産業都市にも同じことが言えると思っており、それは広い意味でのオープンイノベーション。新しい物や文化を積極的に受け入れてきた神戸で、私たちが研究開発の分野でオープンイノベーションを推進する。すごく魅力的ですね。新しいものをどんどん取り入れてきた街で、「再生医療」という今まで人類が体験していない医療に向けた活動が盛んになっているというのも、何かすんなりと納得ができます。


動画:開かれた研究環境、オープンイノベーションによる「再生医療」研究のNEXT STEPへ

「再生医療」のいまとこれから

Q.「再生医療」とは実際どのような医療なのですか?

「再生医療」は、病気で失われた身体の機能や臓器を、細胞をつかって取り戻す医療です。「再生医療」では、この細胞を身体の外で培養する技術が、非常に重要になっています。日立で長く取り組んでいる技術のひとつは細胞シートを生成する自動培養技術です。
培養した細胞シートをどのように使用するかというと、例えば目のやけどや、薬品が入ってしまって目が見えなくなってしまった患者さんの目の角膜として使用します。悪くなった角膜の代わりに、患者さん自身の口の中の粘膜細胞を採取して自動培養装置でシート状に培養加工した細胞を、角膜の代わりに利用し治療します。
細胞ソースとしてiPS細胞を用いる再生医療の研究も進んでいます。iPS細胞をつくるには半年ほどかかるため事前にストックがあれば、この時間を削減できます。ご自身の細胞からつくる場合もありますが、健康な方から提供された細胞でiPS細胞をつくる場合もあります。

ヒト多能性幹細胞(iPS細胞)<br />Human induced pluripotent stem (iPS) cells
ヒト多能性幹細胞(iPS細胞)
Human induced pluripotent stem (iPS) cells

自動培養した細胞シート<br />Automatically cultured cell sheet
自動培養した細胞シート
Automatically cultured cell sheet

Q.細胞は培養できるのですか?

細胞の培養技術自体は古くから確立されています。難しいのは、細胞を培養したり増やしたりするだけではなく、機能する細胞を培養することです。種となる細胞はiPS細胞だったり、患者さんご自身からとった細胞だったりします。それを、目を治すなら目の細胞、神経なら神経の細胞、心臓を治すなら心臓の細胞というふうに、目的の細胞にするプロセスが難しく、これまで課題となっていました。しかし、ここ10~20年、特にここ数年で急速に研究が進み、臓器のもとになる細胞を身体の外で培養することが比較的容易になってきました。京都大学の山中先生がiPS細胞をつくられてから約10年経ちますが、この間iPS細胞をつかって人間のさまざまな細胞をつくる研究が進み、徐々に実現しつつあります。iPS細胞はすばらしいポテンシャルをもっています。

Q.「再生医療」の分野で聞かれるES細胞とiPS細胞の違いは何ですか?

正確には、ES細胞は受精卵が分裂してから数日後に、その中から細胞を取り出してつくられます。ほぼ天然の細胞に近いと思ってください。受精卵からつくる天然の幹細胞(素になる細胞)がES細胞(胚性幹細胞)です。しかし、ES細胞は受精卵からつくるため倫理課題もあります。京都大学の山中先生は、このような倫理課題のない大人の細胞、例えばご本人の血液の細胞からiPS細胞をつくる方法を確立されました。その意味でiPS細胞は人工幹細胞と言われています。いろいろな細胞になる可能性をもった人工多能性幹細胞です。iPS細胞は患者本人の細胞からつくって自身を治すことができるので免疫拒絶反応がない治療も可能なことがポイントですね。

Q.「再生医療」の現状の課題は何ですか?

私たちの研究課題を段階でいうと、現状で第一関門を突破したところです。これは、熟練した人と同じレベルの品質の細胞を装置により自動でつくることです。次の段階は、熟練者のレベルを越えた品質の細胞を、安定的かつ大量につくることのできる自動培養装置の開発です。培養した細胞の質は「再生医療」にとって非常に重要で、大きな課題のひとつは"菌との戦い"です。空気中にも多少の微生物、菌がいるので、もし培養液の中に生きた菌が一つでも入ると、その中で爆発的に菌が増え、あっと言う間に人の細胞が駆逐されてしまいます。そうなると身体の中にその細胞を入れることはできません。これを制御するのがすごく難しく、いかに装置で中の無菌性を保つかが細胞培養のポイントなのです。


動画:「再生医療」のいまとこれから

「再生医療」への日立の役割

Q.今回の研究にとって大きなポイントとなっているオープンイノベーションについて、日立では、どのように捉えていますか?

現在は、何か一つできれば良いとかひとつの機関だけでできれば良いという時代は既に終わっていると考えています。いろいろな技術や専門性をこえて、さまざまな分野の人が集まることで、良いものがスピーディーにできる、人類に役立つものができる、という時代になってきたと感じています。その中で一社だけで、やっていくことは難しいですよね。日立は早い段階からオープンイノベーションに取り組んできた企業だと思います。なかでも研究開発では、特に日立神戸ラボが属している基礎研究センタにおいては、そのことが一番求められているのではないかと考えています。基礎研究センタは、既存の事業とか次の製品のための研究ではく、10年後、20年後の未来の課題を解決するための研究がミッションになっています。未来の課題を想定して、その課題を解決すること。10年後、20年後の未来を少しでも良くしたいというのがビジョンです。今は情報があふれているので、その情報を有効活用することで、人類の幸せのための研究開発を加速できるのではと考えています。逆にそうしないと周りから取り残されてしまいます。従来通りのやり方では、研究開発のスピードが遅く、自分たちのめざしているものをなかなか達成できません。私たちは、社内外で多くの人たちと力を合わせて、少しでも早く、効率的に未来の社会の役に立つような研究開発を進めたい、これが根底にあります。

Q.日立がはたす「再生医療」の未来への役割はどのように考えていますか?

日立の強みは、何と言ってもいろいろなバックグラウンドや専門性を持つ人財がいる会社だということです。
細胞自動培養装置でもそうなのですが、細胞培養がわかる人、それをどうすれば機械化できるかをわかる人、その制御をどうすればできるかというシステムを担当する人、そういう人たちが周りに多くいることが強みです。これは外部との連携やオープンイノベーションで研究開発を進めるときでも強みになりますね。私は、外部の人と議論するときは、専門性の違うメンバーと一緒に行くことも心がけています。日立の多様な人財が、多様な能力につながっていますね。「再生医療」などの特定のテーマにしても、その強みが活きていると思います。また、日立にはものづくりの大きな基盤があって、私たちが再生医療に実装しようとしている細胞自動培養装置があるんですね。日立が培ってきた、ものづくりの精神は大事にしていかなければならないですね。さらには、変化に柔軟に対応していくことも大事なことと考えてます。

Q.「再生医療」にある課題や壁を突き破るために、考えていることは何ですか?

日立神戸ラボがあったことで「再生医療のここが変わった」とか「再生医療がこれだけ変わった」と言われるように貢献していきたいと考えています。ただ単に培養装置の研究開発を完成させるのではなく、医療の現場の方々が「日立の細胞自動培養装置があったから多くの患者さんが治せるようになった」と言ってくれるように頑張っていきたいですね。大変やりがいのある仕事だと考えています。

日立神戸ラボ メンバー

プロフィール

武田志津(たけだ・しづ)

株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長 
兼 基礎研究センタ 日立神戸ラボ長

1993年3月
東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了 薬学博士
1993年-1995年
米国ハーバード大学メディカルスクール メディカルフェロー
1995年-1997年
米国ロックフェラー大学 博士研究員
1997年-2001年
東京大学大学院薬学系研究科博士研究員
2001年-現在
株式会社日立製作所 ライフサイエンス推進事業部、中央研究所、基礎研究所を経て現職に至る