ページの本文へ

Hitachi

日立ソフトボール部

歴史

チームの歴史

チームの歴史
年度 歴史
  • 1985
シンボルスポーツ「日立ソフトウェア女子ソフトボール部」として創部。
日本リーグ東日本リーグ(通称3部リーグ)加盟。
シンボルスポーツを何にするか決める際、「ソフトウェア」だから「ソフトボール」にしたというのが真相。
  • 1986
横浜市民大会初優勝
  • 1988
五大都市大会初優勝。
日本リーグ2部の入れ替え予選に出場するが、入れ替え戦への進出ならず。
  • 1989
日本リーグ2部入替え予選、入れ替え戦で勝利し、2部リーグ昇格決定!
  • 1990
圧倒的な強さで2部リーグを制し、わずか1年で1部リーグ昇格決定!
ユニフォームの色から「白い旋風」と名づけられる。
  • 1994
日本リーグ1部が決勝トーナメント制度となり、初年度から決勝トーナメント進出の常連となる。
  • 1996
アトランタオリンピックに斎藤選手出場。予選で3打席連続ホームランなどを放って日本に勢いをつけるが、日本は4位でメダル獲得ならず。
国民体育大会(広島国体)初優勝。
  • 1998
世界選手権に斎藤、石川選手が出場し銅メダル獲得。
国民体育大会(地元、神奈川国体)2度目の優勝。
  • 2000
シドニーオリンピックに斎藤、田本、石川の3選手が出場。3選手の活躍により決勝まで進むものの、強敵アメリカの前に敗れ銀メダル。
この年は、日本リーグ1部悲願の初制覇! 国民体育大会(富山国体)3度目の優勝で2冠達成!
  • 2004
アテネオリンピックに斎藤、山田選手が出場。金メダルの期待がかかるものの、残念ながら銅メダルに終わる。
  • 2006
世界選手権に斎藤コーチ、馬渕、遠藤、山田、西山、鈴木選手が出場し、銀メダル獲得。さらに、アジア大会では金メダル獲得。
国民体育大会(兵庫国体)4度目の優勝
  • 2008
北京オリンピックに斎藤監督、田本コーチ、亀田マネージャー、篠崎トレーナーのスタッフ4名、さらに、馬渕、西山、山田の主力3選手が出場し大活躍、日本に悲願の金メダルをもたらす。
  • 2010
世界選手権に斎藤監督、馬渕、山田、西山、藤原、瀬川、濱本、溝江選手が出場し、銀メダル獲得。
アジア大会に斎藤監督、馬渕、山田、西山、藤原、濱本選手が出場し、金メダル獲得。
  • 2011
国民体育大会(山口国体)7度目の優勝
  • 2012
世界選手権に山田、西山選手が出場し、日本に42年ぶりの金メダルをもたらす。
  • 2013
後援会範囲の拡大に伴い、チーム名称を変更。
「日立ソフトウェア女子ソフトボール部」から「日立ソフトボール部」へ。
  • 2014
世界選手権に西山、山田選手が出場し、2大会連続の金メダル獲得。さらに、アジア大会では4大会連続の金メダル獲得。
国民体育大会(長崎国体)8度目の優勝
  • 2015
国民体育大会(和歌山国体)2年連続 9度目の優勝
  • 2016
世界選手権に山田選手が出場し、3連覇ならず銀メダル獲得。
日本リーグ1部所属チームのセカンドネーム登録に伴い、社内アンケートにより「日立サンディーバ」となる。