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福島復興と共に歩むJヴィレッジの現在
〜地域・パートナーと築く新たな役割とは

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日本初のナショナルトレーニングセンターとして福島にJヴィレッジがオープンして15年目の2011年3月、東日本大震災が発生。「サッカーの聖地」であったJヴィレッジは、図らずも震災復旧の後方支援拠点として重大な使命を担うことになりました。その使命を全うした後、2019年4月に全面再開したものの、今度は新型コロナウイルス感染拡大という新たな試練に直面します。そして今、Jヴィレッジは二度にわたる試練を乗り越えて、福島復興のシンボルの一つとして、またスポーツを通じて地域の魅力を発信する拠点として、日立をはじめとする地域・パートナーと共に新たな挑戦を始めています。

今回、活気あふれるJヴィレッジを訪問し、取締役の溝口 文博さんに、Jヴィレッジが果たしてきた多彩な役割と現在、さらに今後の展開と抱負を伺いました。


「サッカーの聖地」として歩んできたJヴィレッジ

Jヴィレッジ(福島県双葉郡楢葉町・広野町)がオープンしたのは1997年7月のこと。世界基準を誇る天然芝ピッチ11面を有するナショナルトレーニングセンターの完成は、スポーツ界への貢献のみならず、地域活性化の起爆剤としても期待された。

「端緒は、ドーハの悲劇が冷めやらぬ中、日本サッカー協会の方々からドイツのスポーツシューレのようなサッカーに特化したトレーニングセンターを日本にもつくりたいとの考えがあり、一方で、東京電力は福島県に自社の発電所があることから、自分たちにできる真の地域貢献は何かと模索していましたので、そんな両者の思いが一致したのです」

東京電力からJヴィレッジに出向し、今や同社に勤めている期間のほうが長いという溝口 文博さんは、そう語り出す。
オープン後は、サッカー日本代表やJリーグクラブの合宿のほか、2002年の日韓サッカーワールドカップの際にアルゼンチン代表チームが公認キャンプを、2006年にはサッカー日本代表がドイツワールドカップ前の国内最終合宿をそれぞれ行うなどし、「サッカーの聖地」として広く知られていった。もちろん、トップチームの合宿だけでなく、全国少年サッカー大会をはじめ、各カテゴリーの全国大会も多数開催。なによりトップ選手のプレーを至近距離で見ることのできるJヴィレッジは、サッカー界の発展を大いに後押しした。

株式会社 Jヴィレッジ 取締役 溝口 文博さん

福島で震災復旧の前線基地となった日々

そうした中、2011年3月11日、福島にあるJヴィレッジは未曽有の被害をもたらした東日本大震災に遭遇する。海抜40〜50メートルの高台に位置していたため、幸いにも津波の影響はなく、建物への大きな被害もなかった。とはいえ、大きな揺れによってピッチの一部に亀裂が入り、周辺の道路は大きく陥没。また、地震による影響で上下水道が使用不能になるといったように、施設のインフラは多大な被害を蒙った。

そのとき、Jヴィレッジを本拠地として活動していた東京電力女子サッカー部「TEPCOマリーゼ」は宮崎での合宿中。当時、チームの部長を務めていた溝口さんは震災時点ではJヴィレッジにいなかったが、「真っ暗で寒い中、芝生に避難したお客さまに毛布やベンチコートをお渡しするなど、突然降りかかった苦境をスタッフが一丸となって乗り越えてくれました」と震災当日の様子を振り返る。
翌3月12日には、福島第一原子力発電所の事故を受け、半径20キロメートルの範囲が避難指示区域に指定されると、Jヴィレッジは福島の震災復旧を担う前線基地となった。

「避難指示区域のすぐそばでありながらも圏外だったため、事故収束の対応拠点として使用されることがすぐに決まりました。それからは戦場のような様相で、自衛隊の装甲車、消防車や警察車両などが敷地内に集結する一方、建物内は全面マスクや防護服などが整理されないまま散乱しているような状況でした」(溝口さん)

天然芝のピッチには砕石が敷かれ、震災対応の作業員の駐車場になるとともに、屋根のある場所は倉庫となり、平場という平場には仮設の建物がつくられた。その後、2012年には事故対応の後方支援拠点としての整備が概ね終了し、Jヴィレッジが課せられた使命を果たした後の2014年5月にJヴィレッジ復興プロジェクトが結成され、再始動に向けた取り組みがスタートした。


再始動にあたり機能強化を果たした新生Jヴィレッジ

そして2018年7月、営業休止を余儀なくされてから7年あまりを経て、新生Jヴィレッジが動き出す。
再始動の計画には、震災以前への現状復旧に加えて、機能強化が盛り込まれた。ピッチ1面の人工芝への改修、全天候型練習場と新ホテル棟の新設、飲食厨房機能の拡張などである。こうしたバリューアップによって、全天候型練習場においては多種多様なスポーツが開催できるようになり、ホテル全体では最大470名の宿泊が可能となった。さらに、新ホテル棟はバンケットホールを完備し、ビジネスユースにも対応できるようになった。

また、再整備においては、東京オリンピック・パラリンピック開催前までに営業を再開し、各国代表チームの事前練習地として活用されることが目標となった。五輪の開催はコロナ禍のため1年延期になったが、当初の目標は2018年の営業再開で達成された。東京オリンピックにおいても、バスケットの日本男子代表チームの合宿に対応、聖火リレーがJヴィレッジからスタートして全国を巡回するなど、57年ぶりの夏季大会を盛り上げた。

全天候型練習場(左)と再開記念式典の様子(右)

Jヴィレッジと地域・パートナーとの連携の深まり、そして新たな模索

再始動後の変化の一つに、自治体や企業などとのパートナーシップがより強固となったことが挙げられる。福島県や地元8町村、JR東日本が整備費を負担して新設されたJヴィレッジ駅が2019年4月に開業したこともあり、地元町村との連携がいっそう深まっていった。

「自治体とも連携しながら、Jヴィレッジ側では大きなイベントを企画・運営し、福島が復興している姿を国内外に発信していくことも私たちの重要な役割だと考えています」(溝口さん)

同年にはラグビーワールドカップに出場するアルゼンチン代表の合宿、「Jヴィレッジグランドオープンフェス!」や「ふたばワールド2019 in Jヴィレッジ」の開催などもあって、地域は活気を取り戻していく。
ところが、2020年からの新型コロナウイルス感染拡大によってJヴィレッジに再び試練が訪れる。最悪の時期には年間2万7,000名の宿泊キャンセルに見舞われ、大震災に続いて大きな影響を受けることになった。しかし、その試練がステークホルダーとの結束を固め、共に乗り越える機運を高めた。

「コロナ禍によって経営状況が悪い状況でも、日立製作所・日立グループの皆さんをはじめ、地元の中小企業を含む多くの企業や自治体に支えられてきたことに非常に感謝しています。私たちはデジタルサイネージなどで各社やスポンサーのご紹介に努めていますが、まだまだお返しできていないという気持ちが大きいです」(溝口さん)

さらに、近年新たな取り組みにも挑戦。従来、ポスターやチラシで開催告知をしていたJヴィレッジハーフマラソン大会においてSNSを活用したところ、全国からのエントリーが急増したという。また、拡大するインバウンドを踏まえ、外国語対応にとどまらず、文化や習慣の違いを考慮し、事前の通告があればビーガンなどの特別食にも対応するといったホスピタリティ力の向上も見逃せない。


福島のさらなる復興に向けた取り組みとJヴィレッジの役割

交流人口の拡大、風評の払拭、震災前の賑わいの創出など、スポーツを起点とした地域創生を推進する中、Jヴィレッジがとりわけ重視していることに、風化しかねない震災の記憶の伝承、福島のさらなる復興への貢献がある。

Jヴィレッジは、福島第一原子力発電所の近傍という地の利を生かした教育旅行や企業研修などのコンテンツを提供しており、たとえば震災から得られた実情と教訓を伝える「震災講話」や、被災時に避難所運営を行った経験をもとにしたプログラムを実施。また、原子力災害や、その復興に関連する施設が近くに多いことから、Jヴィレッジを拠点に「ここでしか学べない」見学・震災学習を行っている。少しユニークなところでは、「サッカーの聖地」ならではのプログラムも用意されているという。

「着地型コンテンツとして、視界を閉ざして行う『アイマスクサッカー』、走ることやボディコンタクトを禁止して行う『ウォーキングサッカー』といった体験プログラムです。ワイワイガヤガヤとチームで楽しみながら戦略を立ててコミュニケーションを深めることができるJヴィレッジならではの体験プログラムは、新入社員研修などで活用されています」(溝口さん)

今後の展開を問うと、「お金や人、時間を使った華やかな取り組みというよりも、地道な活動を心がけています」との答えが返ってきた。近く開催される「ふくしまデスティネーションキャンペーン」では、「一瞬の感動を、一生の思い出に」というコーポレートスローガンの下、福島の魅力を全国に発信、地域・パートナーと共に賑わいの創出に取り組む。また、近年はドローンの試験飛行場として活用されているほか、次世代太陽電池の実証拠点となるなど、最新テクノロジー分野へも活躍のフィールドを拡大中だ。

今後のJヴィレッジは、多岐にわたるステークホルダーとの信頼関係を深めながら、Jヴィレッジ自身や地域・パートナーの魅力発信に加えて、チャレンジングな試みへの積極的な参画などを通じて、福島復興の次の段階を支える存在として、さらなる復興の牽引役をめざしていく。復興の歩みと同様に一歩ずつ着実に前進するためにーー。

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