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エネルギー

本連載企画では、「カーボンニュートラル(CN)実現」をテーマに掲げ、各界でエネルギー問題に取り組まれている有識者をお招きし、電力・エネルギーに関する政策提言に取り組む日立製作所 山田竜也担当本部長との対談を通して、各業界での動向を紹介します。CN実現のプロセスやビジョンの策定、実現に向けた取り組み、環境整備など、さまざまな角度から議論します。

前編では工藤氏に、エネルギー問題と気候変動問題の関係性と地政学リスクがもたらす影響、日本のイノベーティブな技術の役割について伺いました。続いて、第7次エネルギー基本計画の見通しとともに、温室効果ガスの削減目標の考え方、カーボンニュートラルの取り組みを成長戦略にすることの重要性について議論。後編では、将来の電力需給シナリオに焦点を当てながら、カーボンニュートラル実現に向けて何を重視すべきか話し合いました。実現のカギを握るのは、これらの施策に関わる企業や投資家、働く人のモチベーションだと工藤氏は指摘します。

(前編はこちら)

電力需給シナリオを作成する意義とは

山田:工藤さんは、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が開催している「将来の電力需給シナリオに関する検討会」の委員も務めていらっしゃいますが、そこでどのような議論がなされているのかお聞かせください。

工藤:この検討会の主目的は、中長期的な電力の供給計画を考えるための参考となるような多様なシナリオをつくることにあります。そのなかで、脱炭素化を含めたさまざまな不確実性に対して、どういうリスクがあるのか、電気事業者の方々が将来予測を立てやすくなるような多様な絵姿を示すというのが本検討会の役割です。ですからエネルギー基本計画と策定には独立であるとされ、あくまでも電力に絞った検討をしています。

ただし、脱炭素化に関しては、例えば、産業部門や運輸部門などで、燃焼や熱で賄われているエネルギー需要を、ヒートポンプやEVに置き換えるといった電力化は重要な観点であり、電力シナリオを考えるにあたり、燃料との競合などの相互関係がどうなるのかも検討事項となります。

山田:現在、どのような検討をされているのでしょうか?

工藤:3つの研究機関もしくはコンサルがそれぞれ持っているモデルによるシミュレーション結果を、主要な産業界の関係者や有識者により検証を行っています。シナリオに影響を与える要因を適宜組み込みながら、シミュレーションを重ねている段階です。

もちろん、すでにさまざまな見通しは出ていますが、どれが正しいと判断はできない。そうしたなかで、企業にとっての企業戦略、国にとっての政策検討に資するような、将来の電力需給に大きな影響を与えるであろう変化の可能性の洗い出しをしているところです。

山田:電力需給シナリオをつくる意義は、将来を予想して当てることではなく、何をリスクとして認識しなければいけないか、そのヒントを示すことにありますからね。

工藤:おっしゃる通りです。まさにいま、この委員会では需要の将来見込みを探っているところですが、例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展に伴うデータセンターの増加なども、リスクの一つになります。データセンターは大量に電力を消費するため、普及次第では電力の消費原単位に大きく影響する可能性があります。その幅をどれくらいで見ておくことが妥当なのか、まさに議論の俎上に載せられています。

また、なかなか数値化するのが難しいのが、エネルギーの使われ方です。省エネや効率化がどれくらい進むのか、一般家庭や産業界を巻き込んだ構造転換や意識改革によって、需要家サイドの取り組みがどう変わるのかといったことは読みづらいところです。しかし、もしこういうことが起こったら、これだけのインパクトをもたらす、ということをあらかじめ抽出し、リスクを共有しておけば、対応策を考えやすくなると思っています。

総需要電力量の把握に向けた課題

工藤:また、そういう議論を重ねていくなかで、新たな課題を見出すこともあります。先ほども少し触れましたが、先日、委員会で話題になったのが、屋根置きの太陽光発電における自家消費についてです。ご承知のように、2013年くらいから系統電力の需要が急激に減っていて、日本全体で電力需要が減っているように見えているのですが、それは違うのではないかという仮説があるんですね。というのも、家庭用の太陽光発電で自家消費が増えれば、その分、電力会社の系統を利用した電力需要は減ってしまうからです。そうしたことから、今後、小口分散型の太陽光発電が増えて、系統を利用しない電力需要が増大した場合、電力全体のポートフォリオのバランスをどう描いていくのかも、やはりリスクの一つとして検討しておかなければならないと考えています。

山田:おっしゃるように、家庭用の自家消費電力量の場合、統計の対象外となっていますね。技術的にはデータを取ることは可能ですが、どれだけ使ったかを報告する義務はありませんからね。一方、大口需要家の1割以上は、工場などに自家発電を持っていますが、その自家消費分の電力需要量は統計には反映されています。今後、系統を利用しない分散電源の普及が拡大していくことも考えると、自家消費電力量を正確に把握し、それを含めた総電力需要量で需要を評価、分析していく必要があると思います。

工藤:自家発自家消費をして系統電力の購入を減らしている、つまり電気料金負担が少ない人の場合、「うちで発電しているんだから、どんどん電気を使おう」となって、省エネ意識が下がる可能性もあります。そうすると、日本全体のトータルの電力消費量はますます増えてしまう。それはやはり、カーボンニュートラルの観点からは再エネ導入の効果が減ってしまう。すでにメーターがデジタル化されていますから、そうした発電量や需要量のデータをうまく活用して実態を認識し、省エネに結びつけていけるようになると良いのかもしれません。

山田:おっしゃるように、データ自体はすでにスマートメーターで取得して、活用もされているのですが、これを統計データとして扱う仕組みがないのが課題だと認識しています。

工藤:今後、再エネが大量に入ってくると系統が不安定化してしまうわけですが、すでにそのリスクを市場のなかでいかに緩和するか議論が進められていますし、例えば、系統から独立している小規模な発電事業者を束ねて、系統とやり取りをするといった新しいビジネスモデルも出てきていますね。そうなると、需要家の実態をうまく把握して、デマンドレスポンスで電力の需要調整に寄与するようなしくみを将来の絵姿として描いていくことも必要だと思います。そのためには、実態データをリアルタイムで把握することがきわめて重要になります。

現状の「将来の電力需給シナリオに関する検討会」は系統電力に焦点を当てているのですが、今後は、系統の外もひっくるめてトータルで見ていくことが重要だというのは、私も検討会のなかで申し上げたところです。そうしないと、GDPは伸びているのに電力量は減っている、つまりデカップリングが急速に進んでいると勘違いをしてしまう。見かけ上のデカップリングは、自家消費によって引き起こされているかもしれないからです。公開されているデータが少ないので難しいのですが、今後は、自家消費も加味した分析が必要だと思っています。

山田:かつては電力会社が販売した電力量と自家発電による電力需要量が、業種別、地域別に公開されていたのですが、電力自由化以降、データが出てこなくなってしまいました。地域、業種、規模などの属性情報を持つ、30分単位の電力需要量データは、将来の電力需要を見通す上で貴重な情報になると思われます。スマートメーターからのデータを活用方法についての検討の中で、ソリューションやサービスの開発が進められていますが、これらのデータをエネルギー政策の検討に利用していくべきだと思います。いわゆるEBPM(Evidence-Based Policy Making=証拠に基づく政策立案)が可能になります。これは太陽光発電の普及拡大により需要曲線が大きく変化している中での料金制度の検討にも大いに役立つ情報だと思います。米国の電力市場でもどのようにデータを活用していくかという議論が盛んに行われているようですが、「Garbage in, Garbage out」と言うように、欠陥のある、不完全な、そして不正確なデータが、人間の意思決定の失敗につながらないようにしていく必要があると思います。

工藤:まさに統計データが、櫛の歯が折れたようにデータがなくなってしまっているのは問題です。ただ、個人情報に近いデータゆえの活用の難しさがある、ということだとは理解しています。

再エネの主力化と省エネがカギを握る

山田:工藤さんご自身は、カーボンニュートラルの実現において、もっとも重要なカギはなんだと思われますか?

工藤:再エネの主力電源化のあり方でしょうね。再エネの比率が高まっているなかで、電力システムを安定的に運用できるかどうかが、非常に大きな宿題となっています。ただ、カーボンニュートラルに向けた削減目標を引き上げようとするのであれば、やはり脱炭素化に貢献し得るものは、再エネか原子力発電所の再稼働しかありません。現状のように原子力に対して慎重な論調が続く限りは、その分を賄えるものはおそらく再エネしかない。そのためには、電力システムの安定化のための調整力についても、考える必要があります。供給が安定しない再エネが増えれば増えるほど、方程式は複雑になりますからね。

また、このような状況のなかでは、やはりクローズアップされるのは省エネになると思いますが、すでに第6次エネルギー計画で出された省エネ目標自体が非常に厳しく、これをさらに深掘りする絵が描けるかというとかなり難しいかもしれません。技術的に省エネをさらに進めていくといっても、かなり厳しい状態であるのは間違いない。かといって、経済の成長を止めることなど、けっしてできませんからね。

山田:省エネを人間の行動変容やマインドチェンジに頼るのは限界があると思いますので、やはりそこは、センサーなどをうまく活用しながら自動化なりデジタル化によって、技術的に進めていかざるを得ないと思います。さらには、マーケットプライシングと連動させながら、電気の価格が安い時と高い時で照明や空調などの運用を自動で変えるようなしくみも有効かもしれません。

工藤:いま、ヨーロッパが指向しているサーキュラー・エコノミー(循環経済)の観点からは相矛盾するのですが、効率のいい商品に買い換える、性能のいい住宅に建立て替えるということも有効だと思っているのです。

山田:本当にそうで、いまや買い換えると消費電力が半分以下になる製品も多いですからね。

大切なのは企業や働く人のモチベーション

工藤:もう一つは国際標準化というのも重要な観点です。ISOに限らず、いま、さまざまな標準化機関において、カーボンニュートラルを組み込む動きが出てきています。これは世界全体がカーボンニュートラルに向かうなかで当然の動きでもあるのですが、一方で、「これをやらなきゃいけない」「これはやってはいけない」といったかたちで制限する方向に行くのはちょっと違うのではないかと思っています。

企業間で温室効果ガスの排出削減量を売買する「カーボンクレジット」という考え方についても同様で、そもそもクレジット取引などけしからんと言って、否定する動きもあって、標準化組織によっても、その考え方はまちまちです。確かに、ゼロエミッションをめざすのであれば、現状のようなクレジット取引は難しくなるでしょうし、将来使えるクレジットはネガティブエミッション、つまり大気中の温室効果ガスを回収・除去する技術によるクレジットのみになるでしょう。ただ、ネガティブエミッションの取り組みというのは、クレジット取引がなければ普及していかないでしょうから、やはりクレジット取引をすべて否定するのは、違うかなと思っているのです。

つまり何が言いたいかというと、企業経営の観点から言うと、経済的に、柔軟に取り組みに反映できるかというのが、企業の脱炭素化へのモチベーションになっていくと思うので、そうした意思を阻害するような施策は打つべきではないだろう、と。特に日本の場合は、削減目標の数字をつくったら、真面目にそれを守ろうとするあまり、競争力が低下してしまう、といったことが起こる。その点、冒頭でも言いましたが、EUなどは非常に柔軟かつ戦略的に取り組んでいると思います。そういう国としての舵取りというが非常に重要な局面にあると思うんですね。

山田:やはり重要なのは、企業なり個人なりのモチベーションを削ぐことなく、成長戦略としてカーボンニュートラルを進めていくことに尽きますね。

工藤:そのためにはやはり成長戦略の中身を吟味しなければなりません。まずは、モノをつくって海外で売って稼ぐという、日本の経済構造を変えるかどうか。それが変えられないのであれば、やはりいいモノをつくって売るためのモチベーションをいかに維持できるかにかかっている。さまざまな規制や課税に関しても、産業については国際競争力の観点から負荷を下げる方向の施策も必要でしょう。競争力を失って、企業のモチベーションが下がってしまえば、日本丸という船そのものが沈んでしまいますからね。そうならないためには、単に賃金を上げるだけでなく、若い人たちが働きたくなるような魅力的な労働市場を形成していくことも非常に重要です。

山田:おっしゃる通りだと思います。一方で、国民一人ひとりに求められるリテラシーやマインドセットをいかに育むか、というのも重要な観点ですね。

工藤:やはりそのためには実感を伴わないとダメだと思うんですね。日本からはるか離れた南極大陸の氷河が崩壊して、その結果として海面上昇が起きている、と聞いてもなかなか実感がわきませんよね。一方、能登半島地震で、災害時にエネルギーインフラが壊滅的なダメージを受けて、多くの方がたいへんな不便を強いられている様子を見て、有事にはこういうことが起こるんだと多くの人が実感したのではないでしょうか。そのように実感を伴って状況を理解することによって、初めて問題解決に向けた行動ができるようになるんじゃないかと思いました。

ところが、いまの政策というのは、ミティゲーション(緩和)、つまり人間活動の環境への影響を軽減するという方向に終始していると思うんですね。それだけだと、自分はやらなくても、誰かがやってくれるというイメージになるかもしれない。そうではなくて、災害の教訓などを生かしながら、分散電源化や建物の強靭化、コンパクトシティ化など、エネルギーも含めた都市システムの強靭性を高める、あるいは魅力向上という観点で人々に訴求していくことが、結果として、カーボンニュートラルに向けた国民一人ひとりのマインドセットを育むことにつながるのではないかと思っています。

そうした意味では、エネルギー安全保障や気候変動対策、環境技術の開発など、グローバルに多岐にわたる活動をされている日立グループには大きな期待を寄せています。

山田:ご期待に添えるようにがんばります。本日はありがとうございました。

工藤 拓毅(くどう ひろき)
理事 電力ユニット担任
専門分野:エネルギー需給分析・予測、地球温暖化政策、新・再生可能エネルギー政策、省エネルギー政策、温室効果ガスインベントリ・検証等の国際標準化
1984年3月 麻布大学環境保健学部 卒業(環境保健学士)
1991年3月 筑波大学大学院環境科学研究科 修了(学術修士)
1984年4月 ピジョン(株)開発部 入社(商品評価、商品開発担当)
1991年4月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 入所
1997年7月〜1999年6月 Resources for the Future(米国)客員研究員
1999年7月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 総合研究部環境グループマネージャー
2005年4月 同 地球環境ユニット総括 兼 地球温暖化政策グループマネジャー
2008年4月 同 研究主幹、地球環境ユニット総括 兼 グリーンエネルギー認証センター 副センター長
2012年4月 同 研究理事、地球環境ユニット担任補佐 兼 グリーンエネルギー認証センター 副センター長
2015年7月 同 研究理事、化石エネルギー・電力ユニット 電力・スマートコミュニティーサブユニット担任 兼 スマートコミュニティーグループマネージャー 兼 グリーンエネルギー認証センター センター長
2017年6月〜2022年3月 ストリートメディア社外取締役
2018年4月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事、化石エネルギー・電力ユニット、電力・スマートコミュニティーサブユニット担任 兼 スマートコミュニティーグループマネージャー
2018年6月 同 理事、化石エネルギー・電力ユニット担任
2018年7月 同 理事、電力・新エネルギーユニット 担任
2023年7月 同 理事、電力ユニット担任

山田 竜也
日立製作所・エネルギー事業統括本部・エネルギー経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。