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エネルギー

本連載企画では、「カーボンニュートラル(CN)実現」をテーマに掲げ、各界でエネルギー問題に取り組まれている有識者をお招きし、電力・エネルギーに関する政策提言に取り組む日立製作所 山田竜也担当本部長との対談を通して、各業界での動向を紹介します。CN実現のプロセスやビジョンの策定、実現に向けた取り組み、環境整備など、さまざまな角度から議論します。

今回はゲストに、エネルギー需給分析・予測、地球温暖化政策、新・再生可能エネルギー政策、省エネルギー政策などをご専門に、環境省、資源エネルギー庁など、政府の数多くの委員会などでも幅広くご活躍されている工藤拓毅氏をお招きしました。

現在、電力広域的運営推進機関(OCCTO)にて、「将来の電力需給シナリオに関する検討会」が開催されており、その委員も務める工藤氏に、その一端をご紹介していただくとともに、カーボンニュートラル実現の観点から、産業や社会の電力需給のあり方、日本のエネルギー政策などについて議論し、めざす社会を展望します。

似て非なる「エネルギー問題」と「気候変動問題」

山田:いま、相次ぐ自然災害や地域紛争、生成AIの急速な進化などにより、私たちは予測不能な変化に晒されています。特に懸念されるのが、米中対立やウクライナ侵攻、イスラエルとイスラム組織・ハマスとの戦闘などによる地政学的リスクの高まりです。環境問題のスペシャリストである工藤さんは、こうした世界情勢がグローバルな気候変動問題への取り組みや進捗に、どのような影響をもたらすと考えていらっしゃいますか?

工藤:おっしゃるように、現在、国際社会が分断化に向かうなかで、地政学的リスクが高まっています。こうした状況に伴い、特にエネルギー輸入国である日本では、エネルギー政策と気候変動目標をいかに整合させるかが、非常に大きな課題になっています。気候変動目標を達成したとしても、エネルギーが使いづらくなって、経済活動に支障をきたすようでは困りますからね。そこで注目されているのが、ご承知のように「エネルギー安全保障」という概念です。気候変動問題とエネルギー安全保障、その両方を睨みながら、どちらにとっても不利益が生じないように取り組まなければなりません。

そもそも、この両者には似て非なる面があります。というのも、エネルギーの場合、しっかり調達する、コストを下げるなど、自国の利益を守ることが最優先されます。ヨーロッパ諸国の行動はその典型で、ロシアから天然ガスが供給されなくなると、別の国々から天然ガスをかき集めてくる。その結果、他国にどんな影響が出るかなんて考えないわけですね。実際に、彼らが市場から天然ガスを大量に調達した結果、価格が高騰して、その影響は日本にも大きく波及しました。

一方、気候変動問題については、究極の目標はグローバルな気候変動からの回避です。つまり、それぞれの国が自国の目標だけに拘泥しているようでは、真の解決にはつながらない可能性がある。地政学的リスクの高まりを受け、各国が自国のエネルギーを守ろうとして分断化が加速するなか、世界各国が気候変動問題への取り組みというグローバルな共通の目標に向かって本当に歩み寄っていけるのかどうか――。エネルギー問題と気候変動問題、すなわち自国の利益とグローバルな利益を、どう切り分けバランスをとって取り組めるかが、われわれ人類の大きな課題と言えます。

なお、世界経済フォーラムが毎年、グローバルリスクについてレポートを出していますが、そのなかで、「地球規模の喫緊の課題への協調がますます不足する可能性があり、リスクに対処するための新たなアプローチが必要になる」と指摘しています。そこでの上位のリスクとして挙げているのが、ほかでもない「異常気象」です。彼らも、地政学的リスクが高まることで、結果として気候変動対策に対するグローバルな取り組みへの、ネガティブな影響が顕在化するのではないかと懸念しているわけですね。ですから、冒頭の山田さんのご質問に答えるなら、やはり、地政学的リスクがグローバルな気候変動問題への取り組みや進捗に、少なからずネガティブな影響を与えるのは間違いないと思っています。

山田:気候変動問題は経済性からは遠いうえ、世界の分断が進むなか、エネルギーの確保との両立は非常に難しいわけですね。また、エネルギーの確保は喫緊の課題ですが、地球環境問題は長期的に取り組む必要があり、そうした時間軸の違いというのも、両立を難しくしていると思います。

工藤:そのなかで日本において重要なカギを握るのが、国際的に競争力を持つイノベーティブな技術開発であり、その市場化です。しかし、世界の分断が加速するなかで、そうした技術を一つのアセットとしてグローバルに共有できる市場や仕組みが構築できるかというと、そこもまた怪しい。結局、コロナ禍もそうでしたが、自国の利益が優先されると、開発途上国に代表される他国への配慮が薄れてしまうように、気候変動問題もまた、同様の構造を抱えていると言えます。

第7次エネルギー基本計画の見通し

山田:そうした難しい局面にあって、今年、政府は、2026年に開催予定の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)30を見据えて、第7次エネルギー基本計画の策定を進めることになると思いますが、その見通しを教えてください。

工藤:本来、エネルギー基本計画は、現状の課題とともに、国のエネルギー政策の方向性を指し示すものですが、当然ながら、パリ協定やNDC(国が決定する貢献)の削減目標とリンクするものになります。そういった意味では、エネルギー基本計画と言いながらも、実質は気候変動問題への取り組みとパッケージで考えることは避けられません。COP29において、2035年の削減目標は基準年から60%減くらいまで下げるべきとの議論が出ていましたけれど、日本も国際社会の一員として、こうした議論にどうコミットしていくかが一つの重要なポイントになると思います。

それからもう一つは、やはり先ほどもお話した、地政学的リスクの高まりを背景に、エネルギー安全保障に対してしっかり留意していく視点が不可欠でしょう。エネルギー自給率をはじめ、安全保障に貢献し得る政策に関して、しっかり議論が行われるのではないかと思います。

エネルギー自給率の観点からは、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた強化策も一つのポイントになります。また、その関連として原子力発電の活用についても議論されるでしょう。将来的には次世代原子炉に期待がかかるところですが、当面はやはり既存原子力発電所の再稼働を進めていくことが肝要です。原子力発電の再稼働については、社会の受容性も重要なポイントになることから、ある意味で注目を集めることになるのではないでしょうか。

このとき検討に欠かせないのが電力の需給見通しであり、現在、電力広域的運営推進機関(OCCTO)において取り組んでいる「将来の電力需給シナリオに関する検討会」などでの議論も、一つの参考にされると思います。その内容については後ほど詳しく触れますが、検討を進めるなかで、現状は真の電力需給が見えていないのではないか、という意見も聞かれます。近年、系統の電力需要が急激に減っていて、あたかも電力需要自体が減っているように見えているのですが、実は屋根起きの太陽光発電などの自家発電などによる影響によって見かけ上減っているように見えるだけで、電力需要自体は減っていないのではないか、という指摘があります。エネルギー基本計画を立てるにあたって、総電力需要量の把握というのは非常に重要な観点になると思います。

また第7次エネルギー基本計画では、2035年の温室効果ガスの削減目標をつくることになると思われますが、再エネ強化だけでは厳しいことから、省エネをはじめ、いかに目標に向かって政策を強化するかというのも注目のポイントになります。

2035年もチャレンジングな削減目標になるか

山田:温室効果ガスの削減目標の具体的な数字についていかがでしょうか。現状は2030年に46%減という目標が掲げられているわけですが。

工藤:やはり2050年のカーボンニュートラルに向けて、現状から直線で結んだライン上に46%減、さらに2035年目標を置いて示す可能性はあるでしょう。ただ、そもそもいまの目標自体がチャレンジングであることから、誰も線形でCO2の排出量が下がっていくとは思っていないんですね。現状はこれさえあればなんとかなるといった救世主となるようCO2削減のオプションを持ち合わせているわけではないので、このチャレンジングな計画に対して、いかに取り組んでいくべきか、議論を深めていかざるを得ないと思っています。

山田:急に技術革新が進んで、コストも下がって、ということは予想しにくいですからね。

工藤:そうですね。どのタイミングでどういう技術が入ってくるかというのは予測が難しいところもありますが、一方で、2050年にカーボンニュートラルの実現という目標を動かさないのであれば、直線的に下がるところから大きく逸脱するような絵は描きようがない、という話なのかもしれません。

一方で、目標に対する本気度をどう示すのか、というのも大きなポイントなります。いろいろな施策を積み上げて、それでも目標に足りない分は規制なり、さらなる政策でガンガン達成をめざしていくのか、それとも、もう少し長期のロードマップで、技術革新なども視野に入れながら、柔軟性を持たせるのかどうか。そこはやはり政策による舵取り次第と言えます。そもそも、2050年カーボンニュートラルという目標を立てたのは2020年のことで、そこから大きな技術革新が起こっているわけではないですからね。

もっとも、カーボンニュートラルのための研究開発・社会実装に対してグリーンイノベーション基金に2兆円を投入、さらに脱炭素資金を調達する「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」(10年間で20兆円)を発行するなど、技術の市場導入への支援策はすでに始まっています。そうした施策の成果を予測しつつ、将来の絵姿を描いていくことになると思います。

山田:やはりチャレンジし続けることが重要ですね。非常に意欲的な目標ゆえに、諦めてしまえば半分も達成できないかもしれません。そうではなく、政府も民間企業も個人も、チーム日本が一丸となって、まずは75点、80点でも良いからチャレンジし続け、目標に向かっていかなければなりませんね。

カーボンニュートラルへの取り組みを成長戦略へ

工藤:おっしゃるように、そうした気運を盛り上げるためにも、カーボンニュートラルへの取り組みを日本の成長戦略に結びつけていかなければならないと思います。例えば、競争力を持ち得る日本の環境技術をアジア諸国などで使ってもらえるよう、市場形成を促していくことも肝要でしょう。そのためには、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)などを通じた、対話と理解が不可欠だと思います。

山田:それは非常に重要な取り組みですね。「カーボンプライシング」なども規制とかネガティブなものと位置付けるのではなく、わが国の産業競争力の向上につながるよう、脱炭素投資への支援策などと合わせて、経済成長に資するような明るい方向へつなげていくことが非常に大切だと思います。

一方で、いい技術の芽があったとしても、民間企業の立場からすると、コストの面を考慮した際に、それを事業として継続して進めていけるかどうかは、経営者の判断になります。どうしても技術開発には初期投資が不可欠ですし、それが市場に出て、ある程度のボリュームで売れるようになって利益が発生するまでにはタイムラグがあるからです。成長戦略として技術を軌道に乗せていくためには、企業戦略、企業努力はもちろん重要ですが、政策による後押しや需要の創生が非常に重要になると思います。過去を振り返ってみても、日本の企業の場合、技術開発力はあっても、商用ベースに乗せていくところでつまずきがちです。そうやって、エネルギーに限らず、医療やサービスなどでも、欧米などに先を越されている状況ですからね。

工藤:確かに海外の市場も見ながら、政策で支援していくことも非常に重要だと思います。例えば、ランニングコストがそれほどかからない再エネであれば、CAPEX(資本的支出)への支援に重点を置きつつ、運営でも補助的に支援すれば、導入は進むと思います。

もう一つ、皆さん、ゼロエミッションというキーワードがすべての技術、サービスに求められているような錯覚に陥っていると思うのですが、それは二十数年後に到達する世界であって、そこに至る移行段階、トランジッションのなかでどうするのかを考える必要があります。

以前、中国が国家計画に基づいて省エネを進める際にお手伝いしたことがあるのですが、日本企業が高付加価値で高価な商品を売り込もうとしたが、なかなかシェアが伸びないという状況を見ていました。つまり、当時、中国で必要とされていたのは、リーズナブルかつある程度省エネに資する製品だったんですね。このように、国ごとに発展段階や政策が違うため、ゼロエミッションに対応可能なピカピカの技術を市場にすぐに投入できるとは限りません。もちろん、日本が価格で勝負するのは厳しい、というのはよくわかりますが、移行段階で必要とされている技術をよく見極める必要があるでしょう。

つまり、先ほど山田さんがおっしゃったように、どういう時間軸でどういう技術を成長戦略にしていくのか、市場戦略とともに考えていく必要がある。重要なのは、経済システムのなかで、それが本当に機能するのか、ということだと思うんですね。そういう意味では、あれほど注目を集めてきたESG投資も、現在、あまりうまく機能していないんじゃないか、という話も出てきているのです。ESGのEは環境であり、まさにカーボンニュートラルに資する取り組みになるわけですが、これがうまく機能しないのであれば、金融市場での評価指標の中身を変えるということも起こり得るでしょう。そもそも、環境とソーシャルとガバナンスという、それぞれ膨大かつ異質な要素を持つものをくっつけて、総合評価をするということ自体、無理があるのかもしれません。社会的な説得力や公明性を考えるうえで、何を指標にするのかというのは非常に重要なポイントになるけれど、現実問題として投資家や企業のモチベーションを高めるよう、戦略として取り組んでいくことは非常に重要です。単に目標の数字をつくって、それを真面目に守るだけでなく、カーボンニュートラルを成長戦略として、どう競争力の源泉にしていくのか、まさにこれからの取り組みにかかっていると思います。

(後編はこちら)

工藤 拓毅(くどう ひろき)
理事 電力ユニット担任
専門分野:エネルギー需給分析・予測、地球温暖化政策、新・再生可能エネルギー政策、省エネルギー政策、温室効果ガスインベントリ・検証等の国際標準化
1984年3月 麻布大学環境保健学部 卒業(環境保健学士)
1991年3月 筑波大学大学院環境科学研究科 修了(学術修士)
1984年4月 ピジョン(株)開発部 入社(商品評価、商品開発担当)
1991年4月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 入所
1997年7月〜1999年6月 Resources for the Future(米国)客員研究員
1999年7月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 総合研究部環境グループマネージャー
2005年4月 同 地球環境ユニット総括 兼 地球温暖化政策グループマネジャー
2008年4月 同 研究主幹、地球環境ユニット総括 兼 グリーンエネルギー認証センター 副センター長
2012年4月 同 研究理事、地球環境ユニット担任補佐 兼 グリーンエネルギー認証センター 副センター長
2015年7月 同 研究理事、化石エネルギー・電力ユニット 電力・スマートコミュニティーサブユニット担任 兼 スマートコミュニティーグループマネージャー 兼 グリーンエネルギー認証センター センター長
2017年6月〜2022年3月 ストリートメディア社外取締役
2018年4月 一般社団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事、化石エネルギー・電力ユニット、電力・スマートコミュニティーサブユニット担任 兼 スマートコミュニティーグループマネージャー
2018年6月 同 理事、化石エネルギー・電力ユニット担任
2018年7月 同 理事、電力・新エネルギーユニット 担任
2023年7月 同 理事、電力ユニット担任

山田 竜也
日立製作所・エネルギー事業統括本部・エネルギー経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。