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Hitachi

自動車、デジカメ、スマートフォン…わたしたちの生活を支えるこれらの製品は、日々、多機能化や小型化が進んでいます。これは、製品の「頭脳」である半導体ICが、ミクロの世界で進化し続けているからです。

そんな半導体ICのミクロの欠陥を発見するのが、超音波検査。回路の内部にある小さな欠陥を、きれいに画像化したり、自動で高速に検出したりすることで、社会の安心・安全を支えています。

写真「酒井 薫(さかい かおる)」
酒井 薫(さかい かおる)
主任研究員

(2017年7月3日 公開)

スマホの多機能化を支える超音波検査

最近は、自動車やデジカメ、スマホなどで多機能化が進んでいますね。

酒井そうですね。しかしその一方で、製品自体はどんどん小さく、軽くなっています。ということは、その「頭脳」である半導体ICなどの電子部品もどんどん小さくなっているということです。小さな部品にいろいろな機能を搭載するために内部の回路もどんどん細くなり、さらに最近は回路を上に上にと積み上げるようにもなってきています。このように半導体ICの開発が進化するにつれて、半導体IC内部の欠陥を検査する方法も難しくなっているのです。

半導体IC内部の欠陥…ですか。

酒井半導体ICにはいろいろな回路を詰め込んで外側からパッケージ(モールド)するのですが、このときに内部状態をきちんと管理しないと、製品の故障の原因になってしまいます。なので、内部の欠陥の検査をしなければいけません。ただ、ここで問題なのは、モールドしてから検査するとなると、人が外から顕微鏡などで見ようとしても見えないということです。外から見えないものを、割ったり壊したりしないで検査しないといけない。そこで必要なのが、超音波検査です。

超音波検査では、半導体ICに超音波を当てて、返ってきた反射音(エコー)を画像化します。内部に欠陥があるとエコーが強く出るので、外から直接見えないものでも画像を見ることで検査できるのです。日立グループでは、(株)日立パワーソリューションズでFineSATという超音波映像装置を開発・販売しています。

半導体ICのような小さなものでも、超音波検査ができるのですね。

写真「酒井 薫(さかい かおる)」

酒井はい。ですが、半導体ICが小さくなるにつれて、超音波検査もどんどん難しくなっているのです。その理由は二つあります。

一つは、半導体IC内部の回路が細くなったことで、欠陥も小さくなっていることです。従来は、超音波検査の画像に簡単な処理をすれば、欠陥の有無を人が目視で判断できました。しかし現在、半導体ICが小さくなって内部の回路も細くなったため、欠陥の大きさは10μm(マイクロメートル)ほどになってしまいました。これでは欠陥が小さすぎて、人が目視で「これは欠陥だ」と判断できるくらいのきれいな画像を撮るのが難しいんです。

もう一つの理由は、半導体の製造プロセスが変わってきていることです。従来は、直径200mmほどのシリコンの基板(ウェハ)に、半導体ICの回路をたくさん焼き付けて、それを切り出してからモールド・検査していました。しかし最近は、ウェハに回路を焼き付けたら、全体をモールド・検査してから切り出します。つまり、小さく切ってから検査するのではなく、大きいまま検査してから小さく切るのですね。そうなると、200mmのウェハの中から、あるかどうかもわからない10μmの欠陥を探し出す必要があります。これは縮尺としては、野球場のどこかに落ちたコンタクトレンズを見つけましょう、というのと同じくらい大変です。

そこで、FineSATに新しく二つの機能を実装しました。それが、超音波検査の画像をくっきりと見やすくして小さな欠陥を見つけやすくする「画像の鮮鋭化」と、欠陥を自動で高速に検出する「欠陥の自動検出」です。

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きれいな画像で欠陥を見つけやすく

「画像の鮮鋭化」について詳しく教えてください。

酒井「画像の鮮鋭化」というのは、超音波検査の画像の見た目をきれいにして、欠陥を見つけやすくする、という機能です。

超音波画像をきれいに見やすくする場合、従来は超音波の発生口となる「プローブ」のスペックを上げるという方法を採っていました。ビームの焦点を短くしたり超音波の周波数を上げたりして、ビームの広がりを絞ることで画像のぼやけ具合を小さくするのです。しかし、半導体ICが小さくなるにつれて、プローブのスペックを上げるだけでは追いつかなくなってしまいました。例えば、周波数を上げればビームは絞れますが、そうすると超音波ビームが検査対象の奥まで入っていかなくなってしまうのです。こうしたトレードオフがいくつかあって、ハードウェア的にはもう限界になっていました。

そこで、超音波画像をソフトウェアの力できれいに見やすくしました。まずはソフトウェアで、プローブのスペックから超音波ビームの広がりを計算します。超音波ビームの広がりから画像のぼやけ具合が推定できるので、超音波画像に画像処理を加えることで、ぼやけの影響を取り除いた画像を作ることができます。

プローブのスペックを基にぼやけの影響を取り除く…つまり、プローブによってぼやけ具合が違うのでしょうか。

酒井そうなのです。画像のぼやけの影響をきちんと取り除くためにはプローブに合わせて処理を調整しなければいけないのですが、そのためにはプローブのスペックを入手する必要があります。

超音波検査装置のプローブって、普通は装置本体とは別の会社で製造するので、スペックを入手するといっても簡単にはいきません。しかしFineSATの場合、プローブを(株)日立パワーソリューションズで自社開発しているので、すぐにスペックを入手できるんです。FineSATのプローブは100種類くらいあるのですが、そのスペックを入手して、プローブごとに計算式を調整しています。つまり画像の鮮鋭化というのは、プローブを自社開発しているからこそ実現できた技術なんです。

図1 超音波画像の鮮鋭化
超音波画像の鮮鋭化を示した図

画像の鮮鋭化で補正した画像は、どのくらい見やすくなるのでしょうか。

酒井一般的な計算式に則って計算すると、1.6倍くらい見やすさが向上しています。これをハードウェアで実現しようとすると、相当難しいです。今回はこれをソフトウェアで実現したので、この方法を使えば、低周波、つまり検査対象の奥までは届くけれども広がりのある超音波ビームでも、きれいな画像を撮ることができます。

開発ではどのような苦労があったのでしょうか。

酒井目で見えない欠陥が検査対象なので、正解がわからない、確認できない、ということですね。プローブのスペックからぼやけ具合を推定できるといっても、それはあくまで理論値であって、実際にはプローブごとの「クセ」みたいなものがあります。このクセを見極めるため、半導体ICに実際に欠陥を埋め込む、という検証を実施しました。埋め込んだ欠陥が計算上はこう見えるはずっていう答えを用意しておいて、実際に撮った画像をこの答えと比較します。そして、少しずつ処理方法を変えながら両者が近づくように調整を繰り返したのです。モデルを調整したりパラメーターを変えたりしてプローブごとのクセを吸収していったのですが、この検証に手間取りました。

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野球場に落ちたコンタクトレンズを探す方法

もう一つの「欠陥の自動検出」について詳しく教えてください。

酒井先ほども説明したとおり、半導体ICの製造プロセスの変化に伴って、ウェハの状態で欠陥を見つけ出す必要が出てきています。つまり、野球場に落ちたコンタクトレンズをどうにかして探し出さなくてはならない。そこで開発したのが「欠陥の自動検出」です。

半導体ICはウェハ上に周期的に回路を焼き付けて作ります。このとき、もしすべての回路が正しくできていれば、すべての回路が同じパターンを持っていることになります。そこで、すべての回路の画像を抽出して、統計的な特長量を算出して正常な値(標準画像)を計算します。統計的にその値から外れたものがあれば、それを欠陥として検出します。

ただここで問題となるのが、回路ごとにちょっと大きさが違っていたりとか、ちょっとずれていたりといった「製造公差」があることです。この製造公差と欠陥の違いをきちんと判定しなければいけません。そこで、製造公差がどれだけ起きたら画像にどれだけノイズが出るのかを事前に計算しておいて、それでマスクをしたのです。これによって、製造公差によるノイズと欠陥を分離して、欠陥をきちんと見つけられるようになりました。

図2 欠陥の自動検出
欠陥の自動検出を示した図

半導体ICの開発の進化に対応した技術なんですね。

酒井はい。この機能は、「ウェハのまますべての回路を検査したい」というお客さまの特別なご要望に応えて開発した技術です。このような、ウェハのまま回路を全数検査できる機能というのは、他社製品ではまだ実装されていませんね。

開発ではどのような苦労があったのでしょうか。

酒井画像の鮮鋭化と同じなのですが、やっぱり目で見えない欠陥が検査対象なので正解がわからない、ということですね。例えば、10μmの欠陥を検出したとしても、それが本当に欠陥かどうかというのは半導体ICを割ってみないとわからない、と。なので、検証のためにお客さまと共同で、実際に半導体ICを割ってみたりもしました。ただ、一口に割ってといっても、これがけっこう大変で…。10μmの欠陥に合わせて切るって、かなり難しいんですよ(笑)。断面がちょっとでもずれると欠陥が何もなかったり、ということもあったりして…。なので、お客さまに小さい欠陥を作り込んでもらって本当にそれが検出できるかを検証したり、断面をSEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)で見て本当に欠陥があるかどうかを検証したりしました。

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見えないものを見ることで、安全・安心をお届け

この二つの機能を実装したFineSAT、世界でもシェアを広げているようですね。

酒井もともと国内シェアは70%~80%くらいあるので、いまは海外、特にアジアでシェアを広げつつあります。アジアには半導体の後工程のメーカーがたくさん集まっているのですが、いまだに人が全部目視で検査しているところが多く、そういうところにシェアが広がっています。

また、製品の設計者が安全性の作り込みに生かしている、という使い方も増えてきています。どのようなプロセスで製造するとどういう欠陥ができるのかを確認して、製造プロセスにフィードバックするのです。これが特に重要なのが、自動車メーカーです。自動車は1個の部品に欠陥があるとリコールや大事故につながります。安全・安心のため、製造段階できちんと検査していただくということですね。

安全・安心のためには超音波検査が欠かせない、ということですね。

写真「酒井 薫(さかい かおる)」

酒井はい。今後も半導体ICなどの電子部品はどんどん進化していくので、超音波検査は難しくなっていく一方です。

これまで超音波の世界は、プローブなどのハードウェアの改良が中心でした。それに比べると、ソフトウェアは遅れているところがあります。ソフトウェアを利用してできることはまだまだあると思うんです。今後は、お客さまの要望をただ待つだけではなくって、お客さまのニーズをいち早くくみ取って、「こんな機能が必要です」というのを研究者が提案して新しいアプリケーションを生み出していく、ということが必要だと思っています。

最後に、今後の夢について聞かせてください。

酒井今後も、「見えないものを見る」という技術を突き詰めていきたいと思っています。それは超音波ではなくって、X線かもしれないし中性子線かもしれません。対象も、半導体ICなどの電子部品だけではなく、例えば食品とか、もっと生活に密着したところにもあると思います。内部をきちんときれいに見せて、そこを正しく管理する、正しい状態を見せるという技術を、これからも積み上げていきたいです。

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「FineSAT」は日立パワーソリューションズの登録商標です。