エンジニアが見るイベントレポート
【G-00】Panel Discussion
フィジカルAIは何をもたらすのか
―脳・神経・身体が切り拓く次の産業像
2026/06/18
2026年「Hitachi Physical AI Day」開幕:日立、NVIDIA、リコー、早稲田大学が描くフィジカルAIの未来
2026年に開催された「Hitachi Physical AI Day」のパネルディスカッションにおいて、「フィジカルAIは何をもたらすのか - 脳・神経・身体が切り拓く次の産業像 -」と題したセッションが行われました。本セッションでは、株式会社日立製作所の吉田順氏がモデレーターを務め、NVIDIAの平野一将氏、株式会社リコーの梅津良昭氏、早稲田大学の尾形哲也氏が登壇し、これからの産業界を劇的に変えるフィジカルAIの可能性について熱い議論が交わされました。
現在、生成AIの急速な発展を経て、次なるフロンティアとして「フィジカルAI」に世界的な注目が集まっています。NVIDIA Corporation(以下、NVIDIA)の CEO: Jensen Huang(ジェンスン・フアン)氏が「すべての産業企業はロボティクス企業になる」と宣言したように、サイバー空間で培われた知能が現実の物理世界へと進出する時代が到来しています。特に深刻な労働力不足に直面する日本において、この技術が現場をどのように変革していくのか、本パネルディスカッションでは最前線の知見を共有しました。
50兆ドル規模の市場予測が警鐘を鳴らす「暗黙知」喪失の危機
セッションはまず、平野氏がフィジカルAIの市場インパクトを語るところから始まりました。平野氏が示したのは、フィジカルAIが今後50兆ドル*1 規模の業界をトランスフォームしうるという見立てです。対象となるのは、世界に存在する1,000万の工場、20万の倉庫、15億台の自動車・トラック*2、そして将来的に数十億規模に達するとされるヒューマノイドロボット。物理現象をAIが理解し、判断の材料となるデータを集めて自律的に進化していく――その環境が整いつつあると平野氏は述べました。
続いて壇上では、日本の産業界が抱える構造的な課題へと話が及びました。出生率の低下と若者不足に加え、梅津氏が「企業の宝」と表現したのが、熟練者の持つ「勘」や「コツ」といった「暗黙知」の存在です。回路設計の達人やベテラン営業が培ってきた経験則は、文書化も共有もできないまま退職とともに失われてしまう――梅津氏はこれをどうアーカイブし、利活用していくかが最初の課題だと語りかけました。
上記については、レポーターの私自身の実感とも合致しており、さまざまな現場のエージェント導入相談を受けると現場の方々が口を揃えて「3年後に熟練者が激減する、今動かなければ3年後事業が継続できないかもしれない」とおっしゃる方が多く、この3年で熟練者のナレッジをAIにダンプする必要を感じていたため、局所的な話ではなく社会全体の話であると感じました。
- 1 2025年3月「GTC 2025」基調講演
- 2 2025年12月「ヒューマノイドロボットフォーラム」講演「フィジカルAI革命の核心」
「日本型BROWNFIELD」が挑む既存設備の維持と柔軟物自動化の壁
話題は、日本ならではの自動化の難しさへと移りました。従来の工場自動化(GREENFIELDモデル)では、巨額のリニューアル投資を行い、ロボットの動きに合わせて生産ラインや環境を全面的に変更するのが主流でした。しかし会場で示されたのは、多くの日本の製造業にとって、こうした全面刷新は容易ではないという現実です。
そこで提示されたのが、既存の設備を維持しながら段階的にロボットを導入する「BROWNFIELDモデル」という日本型の道筋でした。鍵となるのは、環境をロボットに合わせるのではなく、ロボット側が人のいる複雑な環境や形状の一定しない柔軟物へ自ら適応していくという発想の転換です。ただし従来の単機能なFAロボットでは環境のノイズや不確実性に対応できず、人間の代替を担うには高い技術的ボトルネックがある――その壁も率直に共有されました。
1万体のAIエージェントと多能工Humanoid(ヒューマノイド)、そして日立の「IWIM」による現場革新
こうした課題をどう乗り越えるのか。ここからは、登壇した各社・研究室がそれぞれのアプローチを順に披露していきました。
リコーが進める「市民開発」とサイバーからフィジカルへの展開
最初に梅津氏が紹介したのが、リコーの「市民開発」でした。AIエージェント作成ツールを全社員に展開し、各自が自分の知識をAI化していく取り組みで、本格展開から約1年で、構築されたAIエージェントは9千体から1万体超に達したといいます。営業の事前レポート作成、設計審査図書の自動生成、議事録作成などで実際に使われていると梅津氏は語りました。さらに同社は、このサイバー空間で育てた知能(デジタルバディ)を「Humanoid(ヒューマノイド)」に乗せ、現場へ進出させる構想も示しました。ステージ上にはリコーが活用するHumanoid ロボットが登場し、軽やかな動きを披露してくれました。
NVIDIAの物理シミュレーションと早稲田大学の深層予測学習
技術面では、平野氏が再びマイクを取り、NVIDIAの基盤を紹介しました。物理現象を忠実に再現する「フィジックスエンジン」を搭載したプラットフォーム(NVIDIA OmniverseやISAACなど)の上で、建築現場の土砂の挙動や布の動きまでを仮想空間に再現してみせます。これにより、現実では集めにくい多様なデータを「合成データ」として大規模に生成し、強化学習を通じてロボットを効率的に鍛える好循環(Data Flywheel)を築けると平野氏は説明しました。
続いて尾形氏が披露したのが、早稲田大学の研究グループが確立した「深層予測学習型ロボット制御技術」です。従来は難しかった、あらゆる現場に存在する「ワイヤーハーネス」のような柔軟物のハンドリングと配線作業の自動化が、デモンストレーション動画とともに紹介されました。
日立の社会インフラ知能モデル「IWIM」
議論の中で、モデレーターの吉田氏が日立自身の構想として示したのが「IWIM(Integrated World Infrastructure Model)*」です。言語系のモデルや物理現象を扱う世界基盤モデル、さらに熟練者のノウハウや現場データまでを統合し、全体を最適化する社会インフラ知能モデルで、吉田氏はこのもとで社会実装に向けたオーケストレーションを進めていると語りました。
- 「IWIM」については、ブレイクアウトセッション「C-03: IWIM:フィジカルAI時代の社会インフラ知能モデル」で詳しく解説しています。ぜひこちらもご覧ください。
チョコ停*監視からピッキングまでこなす多能工ロボットの実践と5年後の外販に向けた展望
では、こうした取り組みは現場で実際にどう動いているのか。セッションでは、リコーでの実践例が具体的に語られました。
- チョコ停とは短時間停止のことを指し、チョコット停止の略
現場でもたらされた変化とリアルな成果
梅津氏によれば、AIエージェントの活用で社員は事前準備の残業から解放されつつあるといいます。そして導入されたHumanoidは、単機能FAロボットの概念を覆し、一台で複数の業務を自律的にこなす「多能工」として働いていると紹介されました。具体的には、自ら動いて現場へ向かう「移動」にはじまり、電子基板の組み立てや結線をこなす「ピッキング作業(マイクロオペレーション)」、さらには完成品の搬送や量産ラインのチョコ停監視、段取り替えまでを一手に引き受けます。
空き時間には届いたワークを搬送するなど、費用対効果の面でも従来のロボットとは一線を画す――そんな実例が会場で共有されました。
かつて日本のさまざまな企業の汚点として、残業 as a Service (ZaaS、サービス残業) が常態化していましたが、ZaaS が改善され、ついに残業そのものが減り始めているのを見ると感慨深いものがあります。
これからの展望
セッションの終盤、話題は「これから何が変わるのか」に移りました。尾形氏は「これまではロボットのために環境を作っていましたが、これからはロボットが人間に合わせて環境に出てきてくれる時代になります」と語り、「人間の部分をほんの少し代替するだけでも非常に大きな変化であり、あと1年でものすごい変化が起こる」と、その進化のスピード感を強調しました。
梅津氏も、少子高齢化による労働力不足が加速する日本でフィジカルAIの導入は待ったなしだとし、「日本企業としてこれらを使い倒し、この5年くらいで外販へ持ち込む必要がある」と展望を語りました。フィジカルAIは遠い未来ではなく、今できることから始めてフィジカルへつなげることが重要――登壇者たちのそんなメッセージとともに、セッションは幕を閉じました。
レポーター 呉和仁
日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット AIサービス推進部
- 建設機械メーカー、シンクタンク、外資クラウドベンダーを経て現職、生成AIやフィジカルAIのプロジェクトに多数従事
- ブルドーザーやホイールローダーなどが運転可能で、フィジカルAI以前にフィジカル人材を自称
- プログラマの三大美徳である「怠惰」を極めており、自分が楽をするためにAIを活用することをこよなく愛す
- 外資クラウドベンダー時代には3,000アカウント以上で使われる生成AIアプリのPdMを務めた他、メキシコでも怪しい商人の経験があると自称しており技術の広報活動にも強み
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製品の仕様・性能は予告なく変更する場合がありますので、ご了承ください。

