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エンジニアが見るイベントレポート

【B-01】Breakout Sessionを解説!
「人・ビル・社会」をデータでつなぐ次世代ソリューション――日立製作所が描くビルシステム価値創造の未来

2026/06/03

現在、都市の高度化やスマートシティ化が進む一方で、国内のビル管理や保守・メンテナンスの現場は、深刻な労働力不足、就業者の高齢化、そして熟練技術の継承という大きな壁に直面しています。こうした背景のなか、株式会社日立製作所(以下、日立)が、長年培ってきたビルインフラの「ドメインナレッジ」と「先進AI」を掛け合わせ、どのように次世代のビルシステムや現場の働き方を変革しようとしているのか。本稿では、日立製作所 アーバンソリューション&サービスビジネスユニット(以下、アーバンソリューション&サービスBU)の事業戦略部 部長である塩瀬貴正が登壇したセッション「ビル設備や人の活動をデータでつなぐ、ビルを起点とした価値創造とは」の発表内容を基に、その具体的な取り組みとこれからの展望をレポートします。

今回のセッションは自社のメンバーによる登壇であり、主な目的は自社の技術・取り組みのアピール、および業界が抱える課題解決に向けた知見の共有にあります。外気温が32度を超えるなかで開催された本セッションでは、フロントラインエンジニアの安全性確保、保全の質向上、そしてレジリエンス強化という3つのキーワードを軸に、同社が描くビルのライフサイクルビジネスの未来像が提示されました。

昇降機・空調・受変電設備が稼働する都市インフラの現状と日立の立ち位置

100年の歴史が支える世界屈指のインストールベース

日立は、約100年の歴史を持つ昇降機事業を中心に、ビルのインフラを根底から支え続けてきました。現在、アーバンソリューション&サービスBUがカバーする領域は多岐にわたります。具体的には、エレベーターやエスカレーターを担うファシリティ(ビルシステム事業)、受変電や発電・熱源を担うエネルギー(日立パワーソリューションズ)、そして空調や家電を担うエア&ライフ(日立グローバルライフソリューションズ)という3つの事業体で構成されており、プロダクト、OT(Operational Technology:制御・運用技術)、IT(Information Technology)を掛け合わせた独自の事業モデルを展開しています。

同社の最大の強みは、その圧倒的なスケールにあります。グローバルで約67万台(家電機器を除く)にのぼるデジタライズドアセット(製品の納入実績)を誇り、国内約2,100拠点約29,000人のフロントラインエンジニアによる強固なサービスネットワークが構築されています。日々、地球上で10億人の移動を支えているという莫大な設備稼働データと、現場を常に見守り続けるなかで蓄積されたドメインナレッジ(現場の経験知やノウハウ)こそが、同社における価値創出の源泉となっています。

労働力不足と技術継承の限界を突破する、現場インフラの深刻なボトルネック

熟練者の高齢化と24時間365日のシステム需要がもたらすギャップ

ビルメンテナンスや施工の現場が直面しているのは、単なる人手不足だけではありません。現場を支えてきた熟練技術者の高齢化が進む一方で、新設やメンテナンス、さらにはリニューアルといったビルのライフサイクル全般における需要は継続しており、現場の知見をどのように次世代へ継承していくかが大きな課題となっています。

また、ビル設備は24時間365日の安定稼働が求められるミッションクリティカルな社会インフラです。万が一の故障やトラブル、特にエレベーターでの閉じ込め事故などが発生した際には、一刻も早い救出や復旧が不可欠であり、現場のフロントラインエンジニアには常に高い緊張感と迅速な対応が求められます。従来の「属人的な経験」や「現地での定期点検(月1回など)」の延長線上にある改善だけでは、安全性の確保と業務効率化をこれ以上両立させることは困難であり、デジタル技術とAIを活用した抜本的な業務の自動化・高度化が急務となっていました。

「HMAX™ for Buildings」と「BuilMirai」が駆動するデータ循環型スマートメンテナンス

AIを活用した協調システム「Sense・Store・Think・Act」の導入

日立はこの課題を打破するため、豊富なインストールベースのデータと培ってきたドメインナレッジに先進AIを組み合わせた次世代ソリューション「HMAX™ for Buildings」を開発し、社内適用を開始しました。このソリューションは、ファシリティ統合マネジメントによって顧客のライフタイムバリューを最大化することを目的としています。

フィジカルAI時代を切り拓きビルの価値を進化させるHMAX™ for Buildings

具体的には、以下の4つのステップ(循環モデル)を通じてデータを循環させます。

  • Sense(収集):昇降機、受変電、空調などのデジタライズドアセットから遠隔監視を活用して各種データをリアルタイムに収集。
  • Store(蓄積):収集したリアルタイムデータを統合保全システム・管制センターに蓄積。
  • Think(分析・利活用):ドメインナレッジとAI(予兆・稼働診断AI、故障解析AI)を掛け合わせ、保守作業計画の策定や管制オペレーション、安全コンプライアンスの確認を自動化。
  • Act(反映):分析結果を実際のビルマネジメントや現場技術者のアクションへとフィードバック。

このデータ循環を支える中心的なデジタルソリューションが、多様なアプリケーションをクラウドでサービス提供する「BuilMirai」です。BuilMiraiは、グリーン(エネルギーの見える化・効率的利用)、ウェルビーイング(情報と場の提供・コミュニティ形成)、ファシリティ(フロントラインワーカーの支援・管理コスト削減)、安全・安心(災害対応力・セキュリティの強化)という4つの視点から、ビルや街に関わるすべての人に価値を提供します。さらに同社は、先端のデジタルエンジニアリングに強みを持つ日立グループのGlobalLogicと共同開発を進めており、多種多様なアプリケーションのダッシュボード化やオペレーション効率の向上を加速させています。

フロントラインエンジニアを支える「VLM」とボディカメラの現場実装

現場技術者の安全確保と業務品質の向上のため、同社は視覚と言語を理解する最先端のAIモデル「VLM(Vision Language Model)」を活用した現場支援システムを構築しました。技術者が装着したボディカメラやマイクから映像・音声データをリアルタイムに取得・分析し、以下の4つの機能(循環モデル)を現場に提供します。

アーバンソリューション&サービスビジネスユニットが提供する価値 施工・保全を担う現場技術者。課題「労働力不足」「高齢化」「技術継承」。開発コンセプト「現場の知見がデータ化され、循環して業務品質が高まる循環モデル実現」。
  1. 安全アラート:危険な動作や手順ミス、配慮が必要な箇所をAIが検知し、注意喚起を行う。
  2. チャットボット:現場で不明点や想定外の事象が生じた際、過去のナレッジを基にAIが音声やテキストで即座に回答。
  3. 作業ガイディング:次の作業手順を音声や映像で分かりやすくナビゲートし、技術伝承をサポート。
  4. 報告書作成:作業中の音声や測定データから、AIが自動で点検結果を報告書として出力・整理。

本セッションのなかでは、実際に現場技術者が着用しているボディカメラを用いた「安全アラート」の実演が行われました。技術者がエスカレーターなどの可動部やトラス内作業といった安全配慮箇所に近づき、貼付されたQRコードをボディカメラで検出すると、作業支援デバイスから「可動部・回転部・トラス内作業は電源遮断」という注意喚起メッセージが自動で発声されます。このように、人間の五感だけに頼らない「AIによる安全見守り」が実現しています。また、カメラ映像に映り込んでしまう一般利用者のプライバシーを保護するため、顔部分に自動でマスキング処理を行う画像診断技術も実装されており、実運用における安全・安心への配慮が徹底されています。

さらに、昇降機遠隔監視サービスの歴史は1987年に遡りますが、2014年の遠隔常時点検開始(IoT化)を経て、現地点検の頻度を「1回/月」から「1回/3カ月」へと段階的に緩和することに成功しています。2022年にはAIを活用した故障復旧支援を開始し、2025年からはNVIDIA社との協創による作業効率・安全性向上の取り組みもスタートさせており、プロダクトの全ライフサイクルにおけるリカーリング(継続課金型)事業モデルへと進化を遂げています。

迅速な復旧実績とこれからのスマートシティ展開への展望

災害時における驚異的な復旧スピードとこれからのネクストステップ

先進AIと24時間体制の管制センターによる日立の「スマートメンテナンス」は、すでに圧倒的な成果を上げています。例えば、2026年4月20日に発生した青森県沖を震源とする地震の際、同社の災害時対応システムが稼働。物損が生じた一部のケースを除き、地震発生の翌々日には完全な稼働復旧を達成しました。

また、万が一エレベーターに利用者が閉じ込められた場合でも、同社は「24時間365日対応の管制センターによる20分以内の救出」を社内目標に掲げています。これに加え、遠隔操作で最寄り階までエレベーターを移動させて自動解放する独自のシステム(ヘリオス レスキューなど)の導入や、籠内のモニターを通じたオペレーターとのリアルタイム対話により、利用者の不安を最小限に抑える仕組みが完全に定着しています。

現時点での取り組みは比較的規模の大きなビルを中心にサービス提供が開始されていますが、同社は今後、グローバル市場においてあらゆる規模のビルや街へとこのシステムを横展開していく方針です。塩瀬は「日立が持つドメインナレッジと先進AIを掛け合わせ、ビルから社会を変えていく。顧客のライフタイムバリューを最大化し、持続可能なハーモナイズドソサエティの実現に貢献していきたい」と締めくくり、会場の聴衆はその語る未来像にじっと魅入っていました。

呉和仁

レポーター 呉和仁

日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット AIサービス推進部

  • 建設機械メーカー、シンクタンク、外資クラウドベンダーを経て現職、生成AIやフィジカルAIのプロジェクトに多数従事
  • ブルドーザーやホイールローダーなどが運転可能で、フィジカルAI以前にフィジカル人材を自称
  • プログラマの三大美徳である「怠惰」を極めており、自分が楽をするためにAIを活用することをこよなく愛す
  • 外資クラウドベンダー時代には3,000アカウント以上で使われる生成AIアプリのPdMを務めた他、メキシコでも怪しい商人の経験があると自称しており技術の広報活動にも強み
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