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Hitachi IoT Platform Magazine

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自動販売機がその時々の売れ行きや在庫のデータをリアルタイムで送信する。GPSと連動する通信モジュールを搭載したブルドーザーから稼働データを収集してメンテナンスに活用する。
機械と機械が通信を行うM2Mの世界で大量に生み出され流通する「リアルデータ」。その第一人者である東大先端科学技術研究センターの森川博之教授は、そこにこそ、「バーチャルデータ」の世界でグローバル企業の後塵を拝した日本企業のチャンスがあると言います。
「リアルデータとは何か?」「ITの進化の行方は?」、さらに、「これからの時代のITプレイヤーに求められるフィロソフィーとは?」など、さまざまな角度からお聞きしたお話を3回シリーズで紹介します。

世界を丸ごと吸い上げる“リアルデータ”とは?

ITの世界で“データ”というものが着目され始めたのは今から10年ほど前、「Web2.0*」という概念が脚光を浴びた時期からでしょうか。ブログやSNSなど、Webの新しい利用方法を指したWeb2.0という考え方は、データと結び付けて語られることはありませんでしたが、私に言わせれば、もうあれこそ「データ集め」そのもの。

すなわちそれまでのインターネット企業がもっぱらWeb上にコンテンツを作ることだけに終始していたのに対して、Web2.0の概念を体現したインターネット企業の多くがWebを介してデータを集める仕組みを作り始めたんです。

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現在のITの世界で勝者となっている巨大企業が、Web2.0以降、集めてきた膨大なデータはいずれも、もともとインターネット上にあった、あくまでもバーチャルなデータです。これに対して、リアルデータは、さまざまな機械・機器、そしてインフラ設備に取り付けられたセンサーが現実世界から吸い上げるもの。人が介在することなく無数のセンサーによって、まさに世界そのものをデータ化したもので、バーチャルデータとは比べようもない膨大なボリュームとなります。このリアルデータこそが、私の大きな研究テーマのひとつである「M2M」、機械間通信が取り扱うデータなのです。

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Web2.0:2004年にティム・オライリーらによって提唱されたWebの新しい利用法に関する概念。ロボット型検索エンジンやSNS(Social Networking Service)、巨大掲示板、ブログなどがWeb2.0を体現する代表的なサービスとして挙げられる。

PLCの出現に始まったリアルデータの衝撃

リアルデータ活用の歴史を振り返った時に、大きなメルクマールになったのが1968年の米国の大手自動車メーカーによる「PLC(Programmable Logic Controller)」の導入です。PLCは小型コンピュータの一種で、これによってセンサーとアクチュエイター(工作ロボットを動かす機構)が接続され、センシングしたデータをもとにロボットが動くことで自動車の製造工程が自動化されました。

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このPLCの出現によって自動車工場の風景がガラッと変わったのはもちろん、自動車産業全体の生産性が劇的に向上したわけですが、現在、世の中を見渡してみると自動車の生産工程に起きたような効率化が未だなされていない領域は無数にあります。

例えばメンテナンスの領域では、不具合がないかハンマーでコンコン叩いてみるようなシーンをよく見かけますが、この世界は今なお熟練工の経験と勘に頼っています。このような熟練の技を数値化し、センサーによって誰もが使えるようにする。あるいは、少し前にマンションの耐震偽装が社会問題化しましたが、建物の構造躯体に加速度センサーを埋め込んでおけば偽装の有無は一目瞭然です。

こうしてセンシングしてフィードバックをかけることで、一気に生産性、業務効率さらには安心・安全を向上できる領域はまだまだ残されていて、今後のM2Mの普及・発展は、かつてのPLCの出現に匹敵するほど大きなインパクトを世の中全体に与えると私は思っているんですね。

そういう意味で、今後はいかにより多くのリアルデータを吸い上げる仕組みを作っていくかが大きな課題と言えますが、そこへ向かって大きな変化が訪れようとしているのが、まさに「今」なのです。

リアルデータの世界、乗り出すなら今

なぜ今かと言うと、これは昨今のスマートフォンの普及に大いに関係があります。

スマートフォンには加速度センサーをはじめ各種センサーが内蔵されていますが、普及を背景とする規模の経済でそれらのセンサーが一気に安価になったうえ、精度も使いやすさもここ数年で急激に進化したんです。さらに無線通信環境もかなり整備されて、ネットワーク環境が安価に構築できるようになりました。いわば、現在はリアルデータの世界に踏み出す技術的な環境がほぼ整った状況と言えるのです。

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今のところ、リアルデータのビジネスにはまだ大きな市場が見えているとは言えない状況ではあります。けれど今乗り出さなければ、バーチャルデータの時と同じように、日本企業は世界の巨大企業の後塵を拝することになりかねないでしょう。

それに、ことリアルデータに関しては、日本企業にこそ分があると私は見ているんです。

リアルデータは日本企業にとってのチャンス

リアルデータをビジネス化するためには、人がフィールドに出ていき、課題を発見する作業が重要です。これは、机の上でプログラムを作って終わりというバーチャルデータとは対極にある世界です。

つまり、現実世界を舞台にしたフィールドワークでは、リアルな人と人とのコミュニケーションの中から新しい価値の芽を見つけ出す地道な作業が必要不可欠なのです。その相手は何を必要としているか、何をすれば喜ばれるかを徹底的に考え抜かなければならない。流行語にもなった“おもてなし”ではありませんが、こうした事柄は取りも直さず、日本人の得意分野と言えるでしょう。

また、物理的に広大な対象から膨大なデータを集めるには、必然チームワークも求められてきます。欧米の個人主義に対する、組織力や和の精神といった日本の文化的土壌は、現実世界に根差したリアルデータを取り扱う上で、とても有利に働くのではないでしょうか。
(2014年3月掲載)

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プロフィール

森川 博之(もりかわ ひろゆき)

東京大学先端科学技術研究センター教授。新世代M2Mコンソーシアム会長。アンビエント社会基盤研究会主査。ビッグデータ/M2M(Machine-to-Machine)時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、「社会基盤としてのIT」と「エクスペリエンスとしてのIT」の二つの軸で未来のストーリーを創るべく研究・開発に取り組んでいる。

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