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エネルギー

本シリーズ第4回となる今回は、情報ネットワークの専門家として、ネットワークの円滑な利用のための研究から政策提言まで幅広く取り組まれている東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎浩さんをお招きしました。江崎さんはデジタル庁シニアエキスパートとしても、日本のDX化を牽引されています。ここではエネルギーイノベーションを加速していくためのデジタル活用の推進のポイント、創出する価値、実現する未来などについてお話を伺いました。

(前編はこちら)

オープンなデータ流通の課題と対策

山田:前編ではこれからの地域のエネルギーマネジメントの姿や、エネルギーマネジメントのデジタル化とデータ利活用がCNを加速することなどをお話しいただきました。それらの技術の社会実装にあたっては、データの信頼性が課題になると思います。

江崎:自由なデータ流通基盤に対して、アクセシビリティやトラストをどうつくるか。それはまさに、故・安倍元首相が2019年1月のダボス会議で提案したDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)です。データが自由に流通する基盤をつくり、そのデータをネットワークにつながっている人が利用し、新しい価値を発見できるようにするというのがインターネットの考え方ですが、我々は今、エネルギーシステムでそれをやろうとしています。DFFTの考え方に基づき、デジタル庁はGIF(政府相互運用性フレームワーク)を示し、データ構造化のルールを記したカタログを国や信頼できる機関が作成し、グローバルに参照することを可能にします。さらに、そのデータや事業者の認証サービスの一つを国が提供していきます。

山田:データ自体の信頼性はそれで保証されても、エネルギーのデータからは、家庭であれば生活そのもの、産業であれば生産活動そのものが見えてくるため、機密性やプライバシーの秘匿性も問われます。その点についてどのような方法で対策されるのでしょうか。

江崎:プライバシー保護や匿名化については10年以上の研究の歴史があり、今は各家庭や街から出てくるデータをフェデレーテッド・ラーニング(連合学習)というシステムで学習させ、その学習結果を共有しようという考え方が進んできています。個別のデータではなく、学習で得られた特徴量だけを共有する方法です。

山田:実は弊社内で、スマートメーターのデータを活用したビジネスの可能性について異業種の部門の方と議論したことがあります。工場のスマートメーターのデータのバリューについて金融業界を担当している事業部門の方にお聞きしたところ、工場の稼働状況が見える化されることから会社の業績や生産高の増減などが推測できるのではないかと言われ、これは企業秘密にかかわる情報であると感じました。ビジネスになる可能性を秘めているとも言えますが、電力消費情報が、企業活動情報や財務情報に変換されるということを考えると、それらの情報の管理方法なども含めて、慎重な対応が必要だと感じました。

江崎:渋沢栄一の唱えた「論語と算盤」のように、経済と倫理のバランスをとっていくことが重要です。技術には良い面と悪い面が必ずあり、良い側面だけを用いるように務め、悪用対策をあらかじめビジネスの中に埋め込んでおくことが信頼される会社の条件となります。電力の自動調整についても、どこか一方だけに利益が偏るプログラムではいけません。日立さんが躊躇されたのは、やはり倫理観があるからでしょう。ビジネスに対する信用を左右するのは、突き詰めると倫理観の有無であり、最終的に人間が担うのはその倫理観の部分であると思います。また、そこが日本企業の生き残る道でもあるのではないでしょうか。

エネルギーシステムのグローバル展開と安全保障

山田:データのオープン化は経済安全保障上も問題となります。政策的にはこの点はどのように議論されていますか。

江崎:データをオープンに流通させず、信用できる企業で固めた方が信頼性は高まりますが、そうするとデータはそこでロックオンされてしまいます。そのため今は経済産業省とも、グローバルにデータを流通させアクセスも可能にする、ただし、誰がどのデータにアクセスしたかを把握できるようにしておく、という方向で検討しています。

エネルギーシステムについても基本的に同じです。どこからでもアクセス可能にしておかないと、事故が起きたときの対応が難しくなりますし、経済安全保障上のシミュレーションもできませんから。大切なのは、データ流通基盤の信頼性を保証されたものにしておくことです。

また、エネルギーの最適化をマクロで考えた場合、現在のように地域ごとに電力システムが閉じているのは問題となります。現在、北海道で洋上風力発電開発の動きがありますが、その実現のためには電力システムを全国規模に広げる必要が出てくるでしょう。

私はさらに、それをグローバルにまで広げた方が良い可能性があるとも考えています。例えば、100%再生可能エネルギーを実現している信頼できる国々に、国内の電力消費量の大きい設備を移す。リアルタイムにフィードバックが必要なものは東京になくてはいけませんが、例えば送受信に多少時間がかかっても問題ないデータセンターは、必ずしも東京になくても構わないですよね。用途等で仕分けてグローバルに分散させることで、グローバルレベルでの最適化ができると考えられます。

山田:その第一歩として、国内で分散化を推進するという考え方はありそうですね。遠隔地にデータセンターを置いて最適化を図るというのは、クラウドコンピューティングがもたらした変化です。そこをさらに進めてCNを実現していくには、規制緩和や企業側の行動変容が必要になるでしょう。そもそもグローバルにデータセンターの立地を分散させることについては、国外とデータをやり取りするリスクテイクができるかどうかも考えなくてはなりません。

江崎:現状では国のシステムを海外に置くことは難しく、現在は関東に集中しているものを関西に分散させ始めています。その次は北海道と九州への分散となり、国外を考えるのはその次の段階になります。そしてそこでは、やはり経済安全保障の問題が出てきます。このとき、国のポリシーと企業のポリシーは同じなのか違うのか、あるいは、他国とどう協力するのか、ということが問題になります。特にエネルギーという物理資源の場合、国内に電力システムを構築したとしても、それを動かすためのレアアースがなくては話になりません。したがって、グローバルに全体を見通したかたちで政策や事業を考えていく必要があるわけですね。

シェアリングがDXの切り札となる

江崎:本対談は「CNの実現に向けて」と題されていますが、そのためには「RE100(再エネ100%)」ではなく、まずは「EP100 (Energy Productivity100%=事業のエネルギー効率を倍増させる)」を進めるべきだと考えています。EPは単に電気の消灯などではなく、蛍光灯をLEDに変えて省エネと職場環境の明るさ向上を両立させるような考え方です。クラウドも同じで、クラウド化するとセキュリティは上がり、維持費や人件費は下がり、かつCNにも近づけることができます。企業がCNに取り組むインセンティブは、やはりそこにあるのではないでしょうか。

山田:需要家側のエネルギーマネジメントを面的に進めるとき、DXによる分散型のエネルギープラットフォームが必要だと思いますが、やはり産業にならない限り難しいところがありますね。

江崎:日立さんもそうですが、歴史的に、電力供給はもともと企業の自家発電から始まりました。そのうち電力会社ができて産業化され、戦前には国の管理下に置かれました。そして戦後に再び分解されます。このように、全ての産業は社会情勢を反映しながら集中と分散を行き来し、その中で産業構造が大きく変わっていくものです。例えば、自動車産業の場合、最近は個人で車を買わずカーシェアを利用する人も増えていますね。今後、さまざまな産業でシェアリングが進むことで、物理的なアセットを誰が買い、どうキャッシュフローをつくっていくか。いずれの業界でも、これまでとは産業構造が大きく変わっていくと思います。

これを妨げるのは、結局、セグリゲーション、つまり企業や業界に閉じることなんですね。まずは、利用可能なリソースを見える化し、皆で共有することがきわめて重要だと思います。

山田:そのようなシェアリングエコノミーはデジタルがあってこそ生まれるイノベーションですね。

江崎:デジタルがシェアリングの前提であり、シェアリングは実はCNにつながるものです。例えば、新聞社はもともと印刷所と物流システムを自社で持っていましたが、記事がインターネットで読まれるようになり、シェアリングされたことで、印刷所も物流システムも縮小され、ハードウェアへの投資は激減しました。海運業界でもコロナ禍で船が足りなくなり、コンテナの相乗りによってシェアリングを行ったところ、CNにも貢献し、かつ利益率が上がったといいます。

パソコンも同様です。デジタル情報をソフトウェアがさまざまに変換できるようになったことで、昔は複数のハードウェアでしていたことを、今はコンピュータ1台でできるようになりました。これは、サプライチェーン全体で考えた場合には非常に大きなCNへの貢献になります。つまり、デジタルを活用してシェアリングエコノミーをつくることは、EPを上げるうえで非常に重要な取り組みになるわけですね。

物理アセットの価値、デジタルの価値

山田:デジタル化によりなくせるものがある一方で、絶対になくならない物理的なものもあります。弊社はまさにそのようなエネルギーや発電所をつくっていますが、今後、これらの価値はどう捉えられていくでしょうか。

江崎:DXにはコンピュータも電気も必須ですから、ハードウェアのアセットを持っていることは非常に大きなバリューになります。GAFAもそこに気づき、近年はデータセンターや発電所などの物理アセットに投資し始めています。

さらに、クリーンなエネルギーであることに加えて、エネルギーを安定的に提供できることが大きな価値となります。2021年に中国がブロックチェーンを規制すると、ブロックチェーンのマイニングマシーンが別の国に移されましたが、その国は電力不足で停電してしまいました。つまり、マイニングビジネスを保証できる強いコンポーネントが、現代の電力アセットの条件なのです。

山田:本日、いろいろな議論をさせていただいた中で、デジタルをうまく使って稼働率を上げ、エネルギーや資源を効率良く使っていくこと、そこでいかにバリューをつくり収益率を上げていくかがが重要であると改めて思いました。

江崎:いずれにせよ重要なのは、EBPM、すなわちエビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング、つまり「証拠に裏付けられた政策形成」です。その現状把握においてデジタルが力を発揮する。いずれの業界も、デジタルによって仕事のやり方が根本的に変わり、人間が本来するべき考える仕事に集中できるようになったことを理解する必要があります。もし、デジタル化しても効率が上がっていないとすれば、ツールをうまく使えていないからでしょう。良いシステムでもUI/UXが良くなければ使ってもらえません。使い手に合わせたインターフェースをつくり、効率性の向上につなげていくこと。それがDXの本質なのです。

山田:政策の話から新しいエネルギーマネジメントの可能性、DX、GX推進のポイントまで、示唆に富む幅広いお話をいただき、未来への展望を得ることができたように思います。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

江崎 浩
1987年 九州大学 工学部電子工学科 修士課程修了。同年4月東芝入社。
1990年より2年間 米国ニュージャージ州 ベルコア社、1994年より2年間 米国ニューヨーク市 コロンビア大学にて客員研究員。1998年10月より東京大学 大型計算機センター助教授、
2001年4月より東京大学 情報理工学系研究科 助教授。
2005年4月より東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授(現任)。
WIDEプロジェクト代表。MPLS-JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC理事長、日本データセンター協会 理事/運営委員会委員長、2021年9月から、デジタル庁 Chief Architect(現 シニア エキスパート)も兼任。工学博士(東京大学)。

山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。