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エネルギー

本シリーズ第3回となる今回は、エネルギー・環境システムの分析・評価、地球温暖化対応戦略の政策提言などをご専門に活動をされている、地球環境産業技術研究機構(RITE)システム研究グループリーダー・主席研究員の秋元圭吾さんにお話を伺いました。秋元さんは現在、気候変動やエネルギー問題などに関し、政府の有識者会議や委員会などで活躍され、エネルギー・環境分野の研究や提言に幅広く取り組まれています。カーボンニュートラル(CN)を実現するために、国でどのような政策が進められているのか、また、どのようなエネルギーイノベーションが必要とされているのか、お聞きしました。

前編では秋元さんに、現在の電力需給逼迫を背景に、長期脱炭素電源オークションなど、将来の電源供給力の確保に向けて進められている国の施策についてお話しいただきました。一方、秋元さんは、COP27の議論を受けて、分断が進む世界における国際協調の難しさを指摘。こうした中でカーボンニュートラル(CN)を実現するためには、脱炭素に寄与し、かつ経済合理性を備えた電源の確保が欠かせないと言います。

その際に必要となるのがデジタルの力です。スマートメーターを活用した需給マネジメントや、電力データを他分野のデータと掛け合わせることにより新しい価値を創出することが非常に重要になると秋元さん。また、エネルギーミックスの観点からは、再エネに加えて、原子力発電がきわめて重要な役割を担います。今後の日本のエネルギーイノベーションに不可欠なエネルギーシステムと技術について議論しました。

(前編はこちら)

デジタルで電力需給をマネジメント

山田:前回、2050年CNの実現に向かうなかで、デジタル技術の活用が重要になる、というお話がありました。現在のエネルギーの価格高騰にしても、デジタル技術をうまく使って無駄を省くことで、価格を抑えることができるはずです。例えば、夕方の電力需要がピークとなる時間帯には電気料金を高く設定し、逆に太陽光発電の発電量が増える天気のいい日中は価格を大幅に下げるといった「時間帯別の料金メニュー」を設けることもできるでしょう。こうした取り組みにより電力消費者の意識改革や行動変容につながれば、安価でクリーンな電力の活用がもっと進むでしょう。今後、電気自動車(EV)が増え、家庭の太陽光発電がさらに普及し、蓄電池の技術が進展していけば、電力需給マネジメントがより大きな意味を持つようになると思います。

秋元:電力は貯めにくい性質を持つため、特に需要サイドでは無駄になっている場面が多くありますね。おっしゃるように時間的な需給の不均衡をうまくコントロールしていく、あるいは地域的な需給の不均衡を調整していく際に、デジタル技術をうまく使って最適に需給をマネジメントしていくことができれば、それこそが大きな成長の機会になると思っています。

山田:そのカギを握るのが、各家庭に設置されているスマートメーターです。日本の場合、30分ごとに電力使用量を計測するスマートメーターがほぼ全世帯 に導入されています。ご承知のように、これを実現しているのは世界でも日本だけなんですね。2025年度からは、さらに測定粒度を高めた次世代スマートメーターへの交換も順次始まる予定で、今後はここから得られたデータを解析し、新たなサービスやソリューションにつなげていくことが肝要です。その先鞭をつけることができれば日本の産業戦略となり得るし、さらには新興国のCN実現にも大きく貢献できるのではないかと考えています。

出典:『2021年9月資源エネルギー庁 電力・ガス事業部
電力データ活用による新たな付加価値創造 電力データとスマートメーター』

データの掛け合わせで新たな付加価値を

秋元:さらに、スマートメーターのデータを他のビッグデータと掛け合わせることで、新たな価値につなげていくこともできるのではないでしょうか。データ活用の同意を得たうえで、例えば宅配便の再配達の無駄を減らすとか、スーパーの最適な出店計画を立てるといったように、別のサービスに展開しながらCO2削減に役立てることができるだろうと考えています。つまり、それぞれの地域で人々が実際にどんな暮らしをしているのかをデータから見て、街全体のエネルギーマネジメントや最適な都市計画などに役立てるわけですね。

ここで重要になるのが、いかに横断的にデータを結びつけ、新たな価値創出につなげていくかにあります。そのためには、他の部門・分野と積極的に意思疎通を図り、クロス・セクトラルで新たなビジネスを考えていかなければなりません。新しい価値を生み出すには、柔軟な思考で臨むことが非常に重要だと思います。

山田:そういった意味では、東京電力と中部電力の組合から始まったグリッドデータバンク・ラボの活動が株式会社GDBLへ引き継がれ、すでにスマートデータから得られる電力データの活用が始まっていますね。

秋元:電力データを使って新しいビジネスを生み出すには、ベンチャー企業などが参入しやすいよう、データへのアクセスのしやすさなども踏まえて、制度設計をしていくべきだと思っています。そうしなければ、せっかく日本がスマートメーターで先行していても、データ利活用では海外勢に追い抜かれてしまうのではないかと危惧しています。

そうした中、データの利活用で注目しているのがCASE(Connected Autonomous Share&Service Electric)の進展です。今後、完全自動運転車によるカーシェアやライドシェアが劇的に進み、乗りたいときに好きな車が迎えに来てくれる、といった世界が可能になるかもしれません。そうなれば、これまで難しいとされていた運輸部門においても、CO2の削減が進むでしょう。さらには、自動車台数自体が減るため、自動車製造に投入されていた鉄やプラスチック、ゴム、ガラスなどの材料も減らすことができる。つまり、CASEにより、エネルギー供給サイドと同時に需要サイドでもセットで転換が起こるわけですね。むしろ、こうした劇的な変化が起こらない限り、2050年CNの実現は難しいと感じています。

山田:CASEに関して言えば、日立ヨーロッパが2016年から2021年の5年間、英国ロンドンで、8000台以上の電気自動車を用いた世界最大の実証実験プロジェクト「Optimise Prime(オプティマイズ・プライム)」 を実施しました。これは、英国のエネルギー事業者セントリカや英国郵便大手のロイヤル・メール・グループ、米配車サービス大手ウーバー(Uber)などが保有するEVのデータを収集し、最適な充電設備網や電力供給のあり方を探るという目的で実施されたものです。実証実験の結果、世界各国の商用EVの大量導入がCNの加速に貢献することを示すことができました。

秋元:それは大変重要な取り組みですね。もちろんこうした動きは、従来の自動車産業のビジネスモデルを転換させることになります。今後は、車そのものよりも、交通システムのマネジメントなど、まさにデジタルを活用して全体としてエネルギーを減らす取り組みへと主軸が移っていくでしょう。こうした変化を国全体で成長の機会と捉えて企業横断的に取り組んでいくことが肝要ですね。

安全保障や安定供給に欠かせない原子力発電

山田:ところで秋元さんは、CNの実現に向けたエネルギーミックスのなかで原子力発電の位置付けをどのように捉えていらっしゃいますか?

秋元:原子力に賛否あるのは当然で、特に東京電力・福島第一原子力発電所においてあれほどの事故が起こった後では、強い反対があることは十分に理解しています。ただ、そうした状況を踏まえたうえで、なおかつ総合的にリスクを評価しなければならないと思っています。つまり、原子力事故のリスクだけでなく、気候変動の問題、エネルギー安全保障、安定供給、経済性のリスクのなかでどう捉えていくのかということ。原子力というのは、それらのリスクに対しては、他に比べて圧倒的に優位な電源でもあります。経済性においても、相対的に安い電源であり、私はやはり原子力は必要な電源だと考えています。

日本はエネルギー資源に乏しく、再エネに適した平地面積も少ない。水素も海外から輸入しなければなりません。さらに、日本は製造業が強く、電力消費量も他国に比べて多い。経済を維持していくためには、エネルギーが不可欠であり、そのなかで原子力はたいへん重要な手段なのです。したがって、2022年8月に岸田総理が原子力発電所の新増設・リプレースの方向性を打ち出したことはきわめて正しい判断であり、しっかり進めていく必要があります。

山田:ただ現実問題として、前編でお話しいただいた「長期脱炭素電源オークション」制度の枠組みだけでは、原子力発電所の新増設は厳しい状況なのではないかと考えています。新増設・リプレースがなければ、政府案にもあるように、エネルギーミックスのなかで原子力を20%程度確保することは難しいのではないでしょうか。

秋元:確かにそうです。例えば、RAB(Regulated Asset Base)モデルのように、総括原価方式による、規制料金を通じて需要家(消費者)から費用を回収するスキームの導入が必要だと思います。また、完全な新設は難しいので、既存の原子力発電所に増設する方向で考えていかざるを得ないと思います。

今後、厳しい排出削減目標のもと、日本の電気料金だけが上がり続けるようなことがあれば、製造業の立地拠点を海外に移す動きが出てくるかもしれません。そうすると電力需要が下がって、ますます原子力に投資しにくくなり、価格が上がるという悪循環に陥る可能性もあります。もちろん一次エネルギーの消費量は下げて脱炭素化を図るべきですが、一方で、電力需要を上げて、廉価な電力を提供していくことが本来のあるべき姿だと思います。

分散電源と送配電網の最適化に資する長距離高圧直流送電

山田:一方で、再エネの活用においては分散電源と送配電網のあり方も、大きな課題となっています。一般送配電事業者の送配電網は託送料金制度のもとで、必要なコストは基本的に電気料金として回収することができます。今後、再エネの普及で電源が分散化し、一般電気事業者の送配電網を利用しないオンサイトでの発電が増えてくると、送電線の利用率が低下し、託送料金の回収が困難になって、その結果としてさらに託送料金が上がってしまう、という悪循環が懸念されています。

秋元:現在、電力広域的運用推進機関(OCCTO)において、再エネを50%とした場合に、どういった送電網を構築すれば費用対効果が得られるかを検討しているところです。ただ、そのためには送電網の増強に6〜7兆円の費用が必要になると試算していて、実現は容易ではありません。もっともこれは、変動する再エネを増やしていくなかでは必須の投資だと考えています。いずれにせよ、分散電源をどううまく活用していくのか、需要をどう配置していくのかも含めて、総合的に計画していく必要があるわけですね。その一つの解として、海底直流送電、長距離高圧直流送電には大いに期待しているのです。

山田:高圧直流送電システムについては、まさに日立がいま取り組んでいます。ただ、その整備には莫大な費用がかかるため、資金調達や投資回収に関するリスクをどうやって低減するのかという課題があります。また、日立は日立エナジー(旧ABBのパワーグリッド部門)の送配電システムを持っていますが、こうした海外の技術を日本のなかでどう適応させていくかという問題もあります。

中部電力パワーグリッド飛騨信濃周波数変換設備
日立の高圧直流送電(HVDC)システムを納入 交流フィルタに日立エナジー製品が採用されている

秋元:そこはまさにいま政府で議論しているところで、早期の整備に向けた公的ファイナンスも含めた後押しが必要だろうと考えています。また、前編でもお話ししたように経済合理性の判断からは、信頼性を担保しつつも海外の技術も中長期的な視点で積極的に活用していくことが重要だろうと思っています。

もっとも、世界を見渡してもこれだけの技術力を誇る国は、日本以外には数えるほどしかありません。やはり日本は引き続き技術で新たな解を生み出しながら、CNを牽引していくべきでしょう。その中で原子力、再生可能エネルギー、デジタルと総合的にインフラ事業を展開している日立には大いに期待しているのです。需給をセットでマネジメントできるような新たなシステムを提示していただき、CN実現に向けて社会をよりよく変えていってほしいと願っています。

山田:ご期待に応えられるようにがんばります。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

秋元 圭吾
1999年 横浜国立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
同年 財団法人 地球環境産業技術研究機構 入所、研究員。主任研究員を経て、
2007年、同 システム研究グループリーダー・副主席研究員、
2012年11月、同 グループリーダー・主席研究員、現在に至る。
2006年 国際応用システム分析研究所(IIASA)客員研究員。
2010〜2014年度 東京大学大学院総合文化研究科客員教授、
2022年〜 科学技術創成研究院 特任教授。IPCC第5次および第6次評価報告書代表執筆者。
総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会委員、同 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会委員、調達価格等算定委員会委員など、政府の各種委員会委員も務めている。エネルギー・環境を対象とするシステム工学が専門。

山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
電気学会 副会長、公益事業学会 正会員
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。