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エネルギー

カーボンニュートラル社会の実現に向け、さまざまな取り組みが行われています。しかし、その実現には多くの課題が山積しており、さまざまなイノベーションが不可欠です。「キーパーソンに聞く」では、日立製作所でエネルギー分野での政策提言、新事業創成に従事する山田竜也が、カーボンニュートラル社会の構築に向けてクリアすべき課題について、現状をどう捉え、解決に向けた動きをどのように進めているのか、専門家や現場のプレーヤーにお話を伺っていきます。


後編では、前編に引き続き、東京大学の大橋副学長に、デジタル技術による「CO2の見える化」や、エネルギーの安定供給だけでなく、需要家の参画を促し、再生エネルギーの普及にもつながる「各種のリソースを統合して管理するプラットフォーム」など、カーボンニュートラル実現に向けたこれからのエネルギーイノベーションの方向性についてお話しいただきました。

(前編はこちら)

データに基づくエビデンスベースでの政策立案が必要

山田:前回、カーボンニュートラルの実現には、非連続的な飛躍が必要であり、そのためには一人ひとりがマインドを変えて、行動を変容させていくことが重要だというお話がありました。その際に、何がカギを握っていると思われますか?

大橋:まず前提として、カーボンニュートラルというのは、次の世代に向けて現世代であるわれわれが負っている義務である、という共通の認識を皆が持つことだと思います。

しかしながら、現在のように消費者がさまざまな商品を自由に選べる時代にあって、未来を想像しながらいまの行動を変えていくというのは容易ではありません。そもそも、カーボンニュートラルのために、どういった行動を起こすべきなのか、現状はわからないですよね? 商品を買うときに、この商品をつくって、店舗や自宅に届くまでにどれくらいCO2を排出しているのかということもわからない。まずは、自分の行動がどれほどのCO2を排出しているのか、あるいは自分が行動を変えることで、どれだけのCO2の削減に貢献するのかがわかるしくみを整える必要があるでしょう。こうしたCO2の見える化やトラッキングのしくみには、デジタル化の導入がきわめて有効であり、この点でカーボンニュートラルを進める際に、DX(デジタルトランスフォーメーション)が必要だという議論につながるものと思います。

DXによるエネルギー利用最適化
出典:Hitachi Social Innovation Forum 2021 エキスパートセッション発表資料

一方で、エネルギーの安定供給も確保しなければなりません。カーボンニュートラルを進めながらも、安定供給を確保し、経済性を確保しながら、国として雇用を守り、さらなる経済成長に導いていくという道筋を探していく必要があります。つまり、いくつもの制約条件が課せられた複雑な最適化問題を解く必要があるわけです。現状はまだ安定供給といった制約条件も含めて精緻化が必要で、日立東大ラボでも引き続き議論を重ねていく必要があります。

その議論のベースとなるのが、定量的な試算でしょう。カーボンニュートラルの実現に際し、すべてを再エネで賄うことが環境負荷やコスト面で最適なのか、あるいは原子力を活用することでどの程度CO2やコストが抑えられるのか、あるいは安定供給のために何が必要なのかといったことを、定量的に洗い出して、将来の予測に役立てていくことが重要になると思います。

需要家の参加に向けたプラットフォームとサービスの構築を

山田:再エネを増やしていくうえでの課題についてはいかがでしょうか?

大橋:現状は、太陽光発電も風力発電も天候の影響を大きく受けますので、発電量が少ないときには、火力などの別の電源で賄うか、需要を落とさなければなりません。しかしこれも、蓄電池やヒートポンプの活用、さらには直流送電などの技術開発を進めることや、スマートメータの積極的な活用でかなりの部分を乗り越えられると思っています。

山田:おっしゃるように、発電機の種類によって特性がちがうわけで、それを踏まえたうえで、全体のシステムとしてどう最適化できるかが、次の大きな課題ですね。そこで必要となるのが、地域社会に分散する各種のリソースを、エネルギーデータをもとに統合して管理・制御する「協調・制御プラットフォーム」 (図1)の存在です。これにより、発電地と消費地が異なるという空間的なギャップや、消費される時間帯と発電の時間帯が異なるという時間的なギャップなど、再エネが抱える問題を解消できると考えています。

(図1)「協調・制御プラットフォーム」
出典:日立東大ラボ産業協創フォーラム『第4回 Society5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて』
提言書第4版

とくにプラットフォームが有効に働くのは、数が多いところ、つまり需要サイドです。たとえば、各家庭で設置されている太陽光パネルや蓄電池などの情報をすべてプラットフォームに載せて、最適にオペレーションしていくというイメージです。すでに日立では、全国9つのエリアの最適化に寄与する需給調整システムのサービスを電力事業者向けに提供していますが、これをより細かく、需要家サイドに落とし込んでいくことができれば、再エネの普及にもいっそう貢献できると思います。そうなれば、電力需給が逼迫しているから節電要請で乗り切る、といった従来の対応とはちがう姿も描けるでしょう。

大橋:そのためには、プラットフォームを活用しながら、分散する電源や需要家の需給管理を行うアグリゲート・ビジネスもしっかり育てていく必要がありますね。プラットフォームのための技術や新しいビジネスモデルの確立など、まだまだ深掘りする余地はあります。同時に、ウクライナ情勢に代表されるように、刻々と移り変わる需給環境や電源調達の現実に対してアジャイルに対応していくということも、今後ますます求められていくでしょう。

プラットフォームとともに私が期待しているのが、デジタル化によるカーボンフットプリント(図2)、つまりCO2の見える化です。CO2は目には見えませんが、これをデジタル技術で追跡できれば、定量的に捕捉することも可能になる。そうなれば、サプライチェーンを通して、ある商品が消費者の手に届くまでにどれくらいCO2を排出するのかといったことが見えるようになります。消費者側も、数ある商品の中から、よりCO2の排出が少ない製品を選ぶことができるようになるわけですね。

(図2)【データ利活用によるカーボン見える化と消費者による選択】
出典:日立東大ラボ産業協創フォーラム『第4回 Society5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて』
大橋弘発表資料「持続可能な社会・産業とカーボンニュートラルを協調させる制度・政策」

そういった意味では、まだまだカーボンニュートラルに向けたサービスやそれを支えるための技術が追いついていないと言えます。事業者がサービスの提供を通じて、需要家サイドのマインドを動かしていくことも重要なのではないでしょうか。

山田:私どもも、見える化というのは非常に大切だと思っています。CO2削減のための努力が定量的に見えることがきわめて重要で、すでにCO2排出量の見える化サービスの提供もスタートしています。ただし、ツールだけを提供しても長続きしませんので、継続のモチベーションにつながるような、何らかのインセンティブを設計していかなければなりません。そこはぜひ、サービスを得意とするパートナーとともに、協創によって実現していきたいと考えています。

トランスフォーメーションにはデジタル技術の活用が重要

山田:エネルギーの分野で、協調・制御プラットフォームの整備やアグリゲート・ビジネスが進展していくと、これまでの産業のあり方はどのように変わっていくと思われますか?

大橋:カーボンニュートラルへの取り組みの中で、企業のグリーン・トランスフォーメーション(GX)が加速していくと、従来の業界ごとの縦割構造ではなく、産業のレイヤー(階層的)化とも言うべき、横につながる構造へとシフトしていくことになるのではないでしょうか。合成燃料や水素といった燃料を産業別に調達するよりは、コンビナートを中心にして業界横断で調達したほうが効率的でしょうし、またCO2の回収や有効利用も同様に産業を横断して行うのがよいでしょう。このようにGXを起点として、わが国の産業のバリューチェーンも従来の姿とはちがってくると考えられます。

前編でご紹介したように、日立東大ラボでは、当初、電力を中心とするエネルギーの議論からスタートしたわけですが、議論の核をカーボンニュートラルへと移すなかで、エネルギー全体へ、さらには各産業のバリューチェーンにまで議論を拡大してきました。というのも、たとえば、水素発電やアンモニア発電を実現するためには、既存の施設を置き換えたり、新たに発電施設をつくったりするだけではなく、原料の調達の際に必要となる化学コンビナートの再編なども必要となってくるためです。

今後、CO2を回収して、最終的に地中に埋めるCCS(Carbon dioxide Capture and Storage=二酸化炭素回収・貯留)技術が確立され、実際に運用されるようになれば、これまで存在しなかった新しいバリューチェーンを構築する必要も出てきます。つまり、これまで連携し得なかったような企業が、分野を超えてさまざまにつながり、新しい産業の姿を見せるようになるだろうと思います。

こうしたGXの動きに伴って、私たちの暮らしも変わっていくでしょう。たとえば、いま、コンビニエンスストアでサンドイッチを買うと、油脂をはじくフィルムで包んでありますよね。ああいうものも、カーボンニュートラルに向かうためには、なくした方がいいということになるかもしれない。近い将来、買い出しに行くときには、エコバックだけでなく、タッパーを持ち歩かなければならなくなるかもしれません。衛生面や安全安心を確保していくことは大切ですが、ある程度は利便性や効率性を犠牲にするという選択肢を選ばざるを得ない事態もあり得るということです。こうしたカーボンニュートラルが求める社会経済像を皆で共有しつつ、カーボンニュートラルとともに経済社会活動を発展させていくための知恵を蓄積していかなければなりません。

山田:そういった意味では、過去に何度か議論されましたが、エネルギー利用の観点から、いまふたたび「サマータイム」を導入するという議論があってもいいのかもしれませんね。かつては抵抗勢力もあって実現しませんでしたが、当時とは状況も大きく変わりました。実際、先進国の多くがサマータイムを採用しています。

大橋:変わるはずがないと思っていたものが変わることほど、大きな意識変革につながるものはありませんからね。

いずれにせよ、エネルギーというのは国の根幹であり、雇用を生み出す産業にも国民一人ひとりの生活にも非常に大きな影響を与えるものです。それぞれの地域の経済や暮らしの豊かさを守りながら、いかにエネルギーを生み出し、使っていくのかと考えたときに、デジタルの力を借りない手はありません。デジタルを使えば、従来のような画一的なエネルギーの利用の仕方ではなく、いくつもの電源をうまく組み合わせながら、エネルギーの使用形態に応じた効率的で多様な契約を考えることもできる。複数の電源を自律的に制御できれば安定供給を前提にした効率性や脱炭素をめざすことができ、それがレジリエントな社会の実現にもつながることになります。

もちろんこうした将来像の前提には、それを支える仕組みや制度の創設、新たなサービスの設計が求められます。サマータイムの導入もそうですが、皆が一斉に電気を使うような負荷が集中する場面を減らし、デジタルの力も使いながら多様な経済主体を包摂するような社会の姿をデザインしていくことができれば、安定供給を前提としたカーボンニュートラルの実現に近づいていくことができると信じています。

日立東大ラボ
2016年、東京大学と日立製作所は、日本政府が提唱する「超スマート社会:Society 5.0」の構想・実現のために「産学協創」の新たなスキームを構築し、「日立東大ラボ」を設置。
同ラボでは、従来の課題解決型産学連携から発想を転換し、ビジョンを創生・発信し、実現に向けた課題解決に取り組むという新しい形の研究開発を推進している。
また、共同研究の内容や成果は、オープンフォーラムなどを活用することで、社会へ積極的に情報発信している。

大橋 弘
東京大学副学長、公共政策大学院/大学院経済学研究科・教授
東京大学経済学部卒業。2000年米国ノースウエスタン大学卒業(経済学PhD取得)。
カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学経営商学部助教授、東京大学大学院経済学研究科准教授を経て、2022年より現職。専門は、産業組織論・競争政策。
総合資源エネルギー調査会、電力・ガス取引監視等委員会等の各種委員会委員を歴任。
宮澤健一賞(公正取引協会)、円城寺次郎賞(日本経済研究センター)等受賞。

山田 竜也
日立製作所・エネルギー業務統括本部・経営戦略本部/担当本部長
1987年北陸電力株式会社に入社。1998年財団法人日本エネルギー経済研究所出向を経て、
2002年株式会社日立製作所に入社。エネルギー関連ビジネスの事業戦略策定業務に従事。
2014年戦略企画本部経営企画室部長、2016年エネルギーソリューションビジネスユニット戦略企画本部長、2019年次世代エネルギー協創事業統括本部戦略企画本部長、2020年より現職。