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SPECIAL TALK 先輩社員 “現場第一主義”を貫きながら明日につながる、ビジネスの種を探す。 Miho Ochiai SPECIAL TALK 先輩社員 “現場第一主義”を貫きながら明日につながる、ビジネスの種を探す。 Miho Ochiai

岡田 諒

営業

岡田 諒鉄道ビジネスユニット 営業統括本部 交通営業本部/
2010年入社 国際教養学部 卒

パキスタンの地で、
自分に誓った志。

私は今も忘れません。中学生の時に、テレビから飛び込んできたあの衝撃的な映像を。2001年のアメリカ同時多発テロ事件。「なぜこんなことが起きてしまうのだろう……」。敵・味方という単純な図式で世界を二分したくはない。世界の人々が、どんなバックグラウンドと思想・価値観を持っているのか、きちんと理解したい。そう思い、まずはイスラーム教を学ぼうと決意しました。高校卒業後の進学先も、イスラーム圏への留学可能な提携校を持っている大学を選び、イスラーム国家であるパキスタンへ留学しました。そして世界の現実に直面し、さらなる衝撃を受けます。

同国では電力の供給が需要に追い付かず、毎日8〜12時間の計画停電がありました。また、留学先の大学の仲間たちは、誰もが抜群に優秀なのに、雇用の機会自体に恵まれていませんでした。産業基盤が圧倒的に未発達で、意欲も才能も充分な若者の将来の選択肢が乏しいという現実。僭越ながら、「力になりたい」と思いました。しかしこれほど大きな問題に立ち向かうには、自分はあまりに無力すぎました。「社会に出て、自分を鍛えて、新興国に貢献できるだけの力をつけるんだ」。自分にそのように誓いました。

就活で軸にしたキーワードは“インフラ支援”。メーカー・商社・独立行政法人などを回りましたが、自らの手でサステイナブルなインフラを創り出しているメーカーに魅力を感じていきました。そしてやがて、当時の日立が発信していた採用スローガンに出会います。<not only product, but Life.>。この短い一文に、日立という会社の体温と理念を感じました。利益至上主義をとらずに、社会貢献を前面に打ち出してグローバル展開している日立。知れば知るほど共感し、まさしく自分が行くべき場所だと思いました。

岡田 諒

泥臭くあろう。
それがビジネスの根幹だ。

入社以来、私は日本の鉄道インフラの国内営業として大きく2つの業務領域に携わり続けています。1つは、電車と駅への送電に不可欠な電源設備:変電所や配電所などのリプレイス提案業務。電車とは、電気を送って走るから“電車”と言います。電気系設備は鉄道という日本列島の動脈を支える心臓部です。以下に、あまり美しい話ではありませんが、エピソードを1つご紹介します。

ある日、あるお客様の要求レベルに達することができず、年配のキーマンの方から締め出されてしまうという痛恨の経験をしました。まさに、非常事態です。上司に同行してもらって再訪するのが定石ですが、私は上司にも相談した上で、ひとりで誠意を示そうと心を決めました。しかしその日のうちに再訪したものの、面会は叶わなかったのです。翌日の早朝にまた足を運ぶも、結果は同じ。私は粘りに粘り、先方のオフィス内で何時間も待ち続けました。ここで踏ん張らなければ日本の動脈を止めかねない、日立の技術部門の仕事も失くしかねない。こんな時こそ営業が諦めてはいけない……そう覚悟を決めていた姿勢が伝わったのかもしれません。突然その方が現れて、自室に入れてくださいました。そして厳しい叱咤と共に数々のご要望をお聞きでき、帰路を急いで社内の技術部門と徹底議論。やがて高い要求品質を満たすことができました。

泥臭い話です。でもあえてこのエピソードをご紹介しました。ビジネスの礎は、愚直ともいえるこうした1つ1つの積み重ねで築かれるからです。そして私の営業としての礎も、このような経験を重ねて築かれたからです。キーマンの方からは、こう言っていただけました。「岡田君がいたからやり遂げられた。私にとって日立とは岡田君だ」と。

岡田 諒

モノに縛られず、
裁量大きく。

従事し続けてきたもう1つの領域は、いわゆる“IoT”(Internet of Things)です。入社1年目から携わってきましたが、当初はIoTという言葉もなく、いわば種を育てていく挑戦でした。参画したプロジェクトは、電車の沿線設備の管理・保全を支援するM2M(Machine to Machine)ネットワーク機器の製品化。ある鉄道会社様との共同開発でした。電車の上に張られている電車線に太陽光発電型センサーノードを取り付け、営業車の走行時にビッグデータを収集。常時モニタリングを実現することで、従来にない効率的な沿線設備メンテナンスを可能にしました。私が従事したのは約4年半でしたが、日立としては7年以上をかけて成し遂げた渾身のプロジェクト。その成功が1つの突破口となり、鉄道事業におけるIoT領域が花開き始めたのです。

日立では、「やりたいようにやってみろ。責任は私が取る」と、上司が裁量大きく任せてくれます。そして、お客様と最前線で対峙している営業の主張には、技術部門も真剣に耳を傾けてくれます。構想と戦略をもって周囲を巻き込めば、営業からムーブメントを起こしていける。そこが魅力ですし、そのチャンスは今後ますます増大していきます。お客様と一緒に経営課題を発掘してビジネスを創出する、“協創”に力を入れているからです。モノに縛られずに、新しいサービスを続々と生み出していく可能性に満ちています。

私の今後の目標であり志でもあるのは、やはり新興国のインフラ支援。この志は、学生時代よりも成熟してさらに大きなものになりました。泥臭く信頼構築してきたからこそ絆が強固になった日本の鉄道会社様と、共に海外へ出ていきたいのです。日本の鉄道会社様の海外展開の動きはすでに始まっている。念願の“その日”の足音が、聞こえてくる気がします。

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