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ビジョンデザインプロジェクトのメンバーー同。このプロジェクトは研究開発グループの東京社会イノベーション協創センタのなかで活動している。

日立製作所の研究開発のプロセスには、研究者だけでなくデザイナーも関わっている。なかでも東京社会イノベーション協創センタのビジョンデザインプロジェクトは意欲的な取り組みだ。映像やプロトタイプの制作を通じて、将来の社会がどんな社会課題をもっているかをさぐっている。ビジョンデザインプロジェクトにかかわる5人のメンバーに、この取り組みの狙いとそこでの気づきについて聞いた。

人にとって切実な課題を発見する

ーーーー ビジョンデザインプロジェクトとはどのような活動ですか?

柴田  
今の社会では、社会課題の解決が新しい事業を考えていく上での1つのテーマになっているといえると思いますが、「社会課題を解決してください」と言われても、何をやっていいのか、そのままではわからないと思うんですよね。そこで「社会課題ってなんだろう?」を考えるところから始めよう、というのがビジョンデザインプロジェクトの一番大きな役割です。

福丸   
日立がつくっていこうとする社会インフラやサービスは、すぐできるものでもないし、つくられてからも長い時間使われる。そういった中で将来の社会の変化の方向性やそこでの生活スタイルを見据えて、サービスのあるべき姿を具体的にしていかなければならない。その「先を見据える」部分がすごく大事になってきてるんですよ。

ユニットリーダーの柴田吉隆(左)、デザイナーの福丸諒(右)。

赤司  
「今の社会の状況を考えるとこうなるだろう」という未来の姿に対して、「こういう可能性だってある。もしかしたらこちらのほうが少しいいんじゃないか」というように、次の未来の社会に対してある違う可能性を提示することが必要なんです。将来の社会を考えるとき、どんなことが「大切な問い」になっていき、その問いに対して「普通に考えるのとは違うこんな可能性がある」とい答えを出せたら、「ああ、そういう未来もいいね」と議論を始めることができる。何がいいのか、なぜいいのか、いまはまだ誰もわからないので、議論をしていかなくてはいけないと思うんです。

    
会社の中では「異質なことをやっている」とよく言われます。ほかの人たちと同じように、将来の日立の事業を見据えた活動でありながら、どこかSF的な活動でもある。すべてが楽観的な未来ではないですけど、人に夢を見せるような仕事をしていて、そこがとても面白い。

    
僕らが果たす役割は、「人の視点」で未来を見ていくことなんです。人はどのように幸せになるのかだけでなく、「未来になったらどんな切実な思いを感じるのか」ということをすごく大切にして未来を描いています。

主任デザイナーの赤司卓也(中央)、デザイナーの伴真秀(右)、鍾イン(左)。

ーーーー 具体的にはどのような将来像を描いているんですか?

赤司   
この絵は、将来の社会生活はどんな生活になるのかを、ある側面で切り取ってみたイラストレーションです。テーマは「消せない不安」。これから人の生活のいろいろな場面でデータが残るようになって、そのデータを使った解析をどんどん進めていくと、自分の知りたいこと以外にも、知りたくなかったことも知れるようになってしまう。そういうデータがいろいろな事実を知らせてしまうと、生活者の不安の質がどんどん変わっていってしまう。
このイラストの中には、いろいろなところにロボットが登場しています。現在、街の中で見かける監視カメラも、ある種のデータを取るものといえますが、監視カメラが街にあるだけで本当に人々は安心を感じるかということを考えてみたんです。それに対して、ロボットが目に見える形で街を守っているということが起こったら、人はどう感じるか。ロボットがいろいろなところにいるけれども、威圧感のない表情やインタラクションで人の生活の中に溶け込んでいたら、違う形の安心を感じてもらえるんじゃないかと思うんです。

将来の社会課題とその解決策のアイデアを示したイラストレーション。テーマは「消せない不安」。

    
これはロボットのモックアップです。このロボットは、高齢者と会話をしながら、高齢者の体や心に少しずつ起きる変化に気づくという役割を持っています。最初は買い物を代行してくれるという役割で家庭の中に入ってきます。まだ高齢者の体力や認知機能が低下していないときから、日々の会話をするような間柄になって、ある日「認知機能が低下してきたかもしれない」とこのロボットが気づいたときに、認知機能の低下を抑制するような会話の仕方へ役割を変えていくんです。

生活シナリオの中で登場するロボットのモックアップ。高齢者と会話をする生活サポートロボット(左)と街の安全を見守るストリートロボット(右)。

ーーーー 描かれた将来像の特徴は何でしょうか?

柴田   
こういった具体的なシナリオで言いたいことは、「社会課題ってなに?」っていうことです。例えばこのロボットは、ひとり暮らしの人の“不安”をテーマにしてるんですよね。ひとり暮らし世帯が増えていくなかで、「万が一倒れてしまったときに気づいてもらえなかったらどうしよう」とか、そういう心配事が大きくなってしまうことが問題だと思うんです。そのあたりに技術でどう寄り添えるかをテーマにしたいですね。

赤司   
大切にしているのは、ビジョンを発信する側の問いとして、人にとって切実な課題の設定があるということですね。そのためにつくっているのが、我々が「きざし」と呼んでいるものなんです。これから起こり得る社会現象はいろいろあるけれど、高齢化や人口動態が変わってくること自体を課題としてデザインするのは、なにか違う。そこに「人の視点」での切実な課題がなかったら、デザインの対象が何なのか、何のためのビジョンなのかもはっきりしないと思うんですよ。
「きざし」でやろうとしていることは、将来起こり得るだろう社会現象が起きたときに、人はどう反応し合うんだろうというのを考えること。それによって人の生活が変わったり、行動が変わったり、新しい価値観が生まれるかもしれないけれども、そこの設定なしにデザインすることはできない。「きざし」はそこをやってるんです。
我々がやっているのは「問い」をつくることと、その「問い」に対する「答え」をなるべく具体的に示すこと。その「問い」の中に切実な人の課題の設定がある、ということを言うために、「きざし」を使って生活ビジョンを描く。そのうえで、日立が持っている具体的なプロダクトやソリューションが彼らの課題にどう応えられるか。この順番を経ることが大事だと思っています。

    
一つの「きざし」の中には複数の観点が入っていて、あっちに行くかこっちに行くかをビジョンをつくるメンバーで話し合っていく、ということをしています。

課題設定に使用したきざし(左)とそれをもとにした生活シナリオのアイデア検討(右)。

   
このようにアイデアを一つのユースケースとして映像にしています。こういう映像にすることで、ビジョンが描いている世界がどういうものなのか、その世界の中に入り込んでもらうことで、僕たちが考えたことについて、他の人の意見も聞きやすくなると思うんですよ。
映像は、今は広く一般の方に見てもらえるように公開してるんですが、先日、それに先駆けてドイツで行われた展示会(CeBIT)に出したんですよ。「私はこういう世界が来ると思う」「好きだ」という方もいれば、「ロボットが近くにいるのは怖い」「気持ち悪い」という方もいました。具体的な一つのストーリーとして見せることで、フィードバックも具体的なものが返ってくる。それが映像にする利点かなと思います。

「生活サポートロボット」のストーリー構成(上)とコンセプト映像(下)。

柴田  
幅を持った議論をしたいんですよね。我々がどういうふうに人の考えが変わると思っているか、未来のその社会にはどんな切実な思いがあり、どんなサービスが必要なのかをどんどん具体化していく。ロボットのモックアップみたいなものもつくってみて、実際にフィジカルな関係を体験できるようにする。意見を言っていただける方には、どこで入ってきてもらってもいいんです。「きざし」みたいな抽象的なところで議論してもらってもいいし、モックアップのような具体的なところへの興味から始めて、次第に抽象的なところまで議論を深めていったりとか、いろいろな入り口を持っていたい。「きざし」からプロダクトデザインまで幅を持ったビジョンをデザインできるといいなと思いますね。

来るべき「超スマート社会」をどうとらえるか

ーーーー Society 5.0とビジョンデザインプロジェクトの関係は?

柴田  
Society 5.0は「超スマート社会」と言われているけれど、それを我々なりに読み解いていくとき、「ものすごくスマート」という意味ではなくて、「ただスマートなだけではなくてそれを超えた社会をつくっていこう」という意味で、“超”という言葉を解釈したんです。
いろいろスマートな技術が世の中にあるけれど、それをただ組み込んで、「便利な社会ができたでしょう」というつもりはないんですよ。スマートな技術でも解決できない問題や、スマートな技術が逆に人の問題を起こしてしまうことだってあるだろう。そこに目をつけて解決の方向性を探っていくのが、超スマート社会に対する日立のビジョンデザインのコンセプトです。

赤司   
“スマート”という言葉を聞くと、最適になっていくとか、効率的になってくるということが想起されると思います。でも、ほんとうに社会が効率的になるだけでいいのか、最適化されていくだけでいいのかというと、そうではないと思うんですよ。その社会に住んでいる人の目線でみると、もっと小さなことかもしれないけれど、スマートな技術がもたらす人の課題があるかもしれない。そこをきちんと捉えて、それに応えるビジョンをつくることを我々のコンセプトにしています。
データ解析などがどんどんスマートになって、例えば自分が病気になる確率が数字で示されてしまったとき、急に病気に対するイメージがリアルになって、その数字を見たから余計に不安になる、というのも、スマートがもたらしてしまう課題です。 このロボットで考えたのは、まさにそういう課題でした。自分の認知機能が下がってしまうかもしれない不安は、「いつか来るかもしれない」というものだったのが、数字になった瞬間に、そうなってしまうことへの不安が強くなってしまう。一度「自分にもそういうことが起こるかもしれない」と気づいたら、もう自分だけではその不安を消せなくなる。それがデータというスマート技術がもたらしてしまう、人の側の課題だと思うんです。

人の側の課題を設定した生活サポートロボットのコンセプトシート。

柴田  
日立のビジョンデザインの活動は2010年頃からやっていたんですが、Society 5.0を我々なりに読み解いて人の視点でビジョンを示そうというのは2016年から始めました。でも、最初から活動のコンセプトがはっきりと定まった状態でスタートしたわけではありませんでした。最初に「ああ、こういうことをやっていくべきなんだな」と僕自身が感じたのは、エネルギーのビジョンをつくっていたときのことでした。初めは、エネルギー事業という一般の人が生活するうえではそんなに意識をしない領域について、我々なりのビジョンを出すにはどうしたいいだろうと考えながらのスタートでした。マイクログリッドをテーマに選んだんですが、そこでマイクログリッド技術自体の話ではなく、「いま人が住んでいる街がマイクログリッドに変わるのはちょっと大変じゃないか?」という議論になったんですよ。街のしくみが変わるための合意形成ってものすごく大変だよね、といった、ものすごく人に「触れた」議論をしていったんです。
「じゃあ、どうやったらマイクログリッドの街ができてくるんだろう」とか「少しずつ街が変わっていくとはどういうことだろう」といった話をしていく中で、われわれがSociety 5.0に対してつくっていく、あるいは議論をしかけていくコンセプトの方向性が形になってきた感じがするんです。

   
エネルギーのビジョンでつくったシナリオは、「日常生活の中でエネルギーに関心を払ったら、自分の生活に“おトク”が得られる」となったら、人の行動は変わっていくんじゃないかというものです。そこで、自分たちの家で発電した余剰エネルギーを「町の地域通貨」のように使って、モノとサービスと交換するような仕掛けを考えたんです。これだったら、喜んで使う人が少しずつ増えていって、だんだん街がスマートグリッドにシフトしていくことに同意してくれるんじゃないか、って。

エネルギー領域のビジョン映像。地域住民と地域事業者の1対1のペアとなり、マイクログリッドをつくる。

ーーーー そのほかに特徴的な取組みはありますか?

福丸  
自動運転のビジョンをつくったときは、考えたビジョンを4コマ程度の具体的なシナリオとして描き出して、内容がしっかりと固まる前から社外の人たちと共有しました。映像をつくるよりも早い時点で意見が聞けるし、文章だけで伝えるよりも意見も言いやすいし、イメージがしやすい中で議論が積極的に行われました。

柴田  
自動運転の分野のビジョンは、他とは少し違うつくり方をしています。ビジョンをつくる過程そのものを社外のいろいろな人たちと一緒に、最初から最後までやることを試してみたんです。自動運転の分野は、これからいろいろな関係者が協調して盛り上げていかなければいけないので、自動車会社、自治体、デベロッパー、大学の先生や学生に入ってもらって、何度もワークショップを繰り返す中で、自動運転技術は移動以外に社会のシステムとしてどんな役に立つのか、ということを繰り返し議論しながら、いくつかのビジョンをつくっていったんです。
そうすると、「ああ、この人たちはこういうところに関心があるんだ」とか、「こういうことを問題だと思っているんだ」ということがよくわかってくるし、当然、そういう人たちとのネットワークもできてくる。社外の人たちと一緒にビジョンをつくるのも、とても大事な活動だと思っています。

※「自動運転のビジョン」は、経済産業省の平成28年度スマートモビリティシステム研究開発・実証事業(自動運転による新たな社会的価値及びその導入シナリオの研究)の研究成果である。

プロフィール

柴田吉隆(しばた・よしたか)

東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト ユニットリーダ 主任デザイナー

1999年日立製作所入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当ののち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在は、デザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインプロジェクトのリーダーを務める。

赤司卓也(あかし・たくや)

東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー

2003年日立製作所入社。メディカルバイオ計測機器、昇降機等の公共機器や、家電の先行デザイン開発などプロダクトデザインを担当後、2007年以降は金融サービス、WEBサービスをはじめとする情報デザイン、サービスデザインに従事。現在は、自部門の新しい取り組みとして「ビジョンデザイン」領域を立ち上げ、幅広いビジョンデザインプロジェクトをリードしている。

伴真秀(ばん・まさひで)

東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト デザイナー

2002年日立製作所入社。コーポレートブランディング及びウェブデザインを担当した後、2008年より建設機械及びソフトウェアのインタラクションデザイン、2011年より4年間、Hitachi America, Ltd.にてIT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。現在、ビジョンデザインプロジェクトにてロボティクス・AI領域に関するビジョンデザインに従事。

福丸諒(ふくまる・りょう)

東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト デザイナー

2009年日立製作所入社。インタラクションデザイナーとして公共交通に関するデジタルサイネージやスマートフォンアプリの開発を担当。2015年からは、将来の公共交通のビジョンを策定するプロジェクトに参画。現在は、ビジョンデザインプロジェクトのデザイナーを務める。

鍾イン(しょう・いん)

東京社会イノベーション協創センタ
ビジョンデザインプロジェクト

2015年日立製作所入社。サービスデザインの方法論・ツールおよび教育プログラム開発を担当。2016年よりビジョンデザインに携わり、エネルギーと金融領域のビジョンを担当。