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IoT(Internet of Things)によるデジタル技術の進展に伴い、業種の壁を越えて「つながり」が生まれやすい世界になりました。そこで日立は、デザイナーと研究者という異なる視点を融合した顧客協創方法論「NEXPERIENCE(ネクスペリエンス)」を提唱。さまざまな事業領域を扱う日立だからこそ、お客さまと一緒になって新しい「つながり」を生み出し、社会イノベーションを創り出していきます。

写真「熊谷 貴禎(くまがい きよし)」
熊谷 貴禎(くまがい きよし)
主任研究員

写真「坂東 淳子(ばんどう あつこ)」
坂東 淳子(ばんどう あつこ)
主任デザイナー

写真「荒木 真敬(あらき まさたか)」
荒木 真敬(あらき まさたか)
研究員

(2018年4月5日 公開)

デザイナーと研究者の視点を融合して、お客さまと協創する

顧客協創方法論「NEXPERIENCE」とは、どのようなものですか。

熊谷お客さまとのワークショップをとおして、新しいサービスを描き、新しいビジネスを創り上げていく手法です。新しいビジネスのタネを見つけるところから事業化までの各ステップで必要なフレームワークやITツールを用意しています。それらのフレームワークやITツールを使って、お客さまとのワークショップを活性化させていきます。

顧客協創方法論NEXPERIENCEの概要を示す図
図1 NEXPERIENCEの概要

NEXPERIENCEが生まれた背景を教えてください。

熊谷社会の多様化やグローバル化に伴い、社会や企業が直面する課題は複雑になってきています。複雑化した社会問題やお客さまの課題の解決に貢献するため、日立ではお客さまと課題を共有し、一緒に新しいビジネスを創造していく「協創」を進めています。

日立ではもともと、デザイナーと研究者が異なる切り口から新しいビジネスを作るうえでの手法を研究していました。具体的にいうと、デザイナーはクリエイティブに発想を生み出す部分、研究者はロジカルにビジネスを設計したり、収益性を評価したり、といった部分です。

2015年に「東京社会イノベーション協創センタ」という組織が発足したことを契機として、それぞれに研究されてきた手法をうまく融合させて「NEXPERIENCE」という体系にまとめました。

みなさんも異なる背景をお持ちなのでしょうか。

写真「坂東 淳子(ばんどう あつこ)」

坂東わたしは日立への入社後、プロダクトデザインに携わり、現在はサービスデザインに従事しています。サービスデザインの一つの活動として、デザイン的な発想を使って「うまくアイデアを発想するにはどうすれば良いか」という研究を行っており、その中で生まれたフレームワークやその使い方などの研究成果がNEXPERIENCEに取り入れられています。

デザイナーって一般的には「審美的なものを作り上げる人たち」というイメージを持たれているかもしれません。それはそれでとても大事な活動なのですが、それに加えて「お客さまが必要とすることを、いかにうまく届けるか」も同時に考える必要があると、わたしは思っています。出したアイデアを実際に使われるサービスにするには、ビジネスモデルを考えることや、それを関係者でうまく共有していくコミュニケーションも必要になります。そうした活動をうまくやれるようにしよう、というスタンスでNEXPERIENCEの開発に参画してきました。

熊谷わたしは、研究所で金融系のお客さまと一緒に新しいビジネスを検討していました。その後、1年間スタンフォード大学に留学させていただき、新しいビジネスの立ち上げについて勉強しました。ちょうど帰国したタイミングでNEXPERIENCEの話があり、とてもワクワクしたことをいまでも覚えています。

帰国後は、留学での経験を生かして、日立がどのようなアイデアを出すべきかという観点でいろいろな方と議論しながら、サービスアイデア創出のフレームワークを作り上げてきました。

荒木わたしも熊谷と同じ研究所で金融系のシステム開発に携わっていました。その後、保険会社向けに、日立としてどのようなサービスでどのように価値をご提供できるのか、を検討することになり、NEXPERIENCEを活用し始めました。

NEXPERIENCEは体系立てられた手法ではありますが、実際使ってみると、足りない要素だとか、改善できる要素が見つかりました。いまは東京社会イノベーション協創センタで、デザイナーや研究者など、さまざまな背景を持つメンバーと一緒に、NEXPERIENCEを進化させるべく検討を重ねています。

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「つながり」を生み出すツールと、複数のフレームワークをつなぐツール

開発された手法やツールについて教えてください。

熊谷わたしは企画立案のステップである「サービスアイデアの創出」に関する手法とITツールを開発しました。ビジネス全体を考えるフレームワークの作成だけでなく、どう考えると本当によいアイデアになるのか、イノベーティブなアイデアはどうやって思いつくのだろう、というような考え方のステップの検討にも力を入れました。

例えば、ワークショップを繰り返していると、異なる業種であるにもかかわらず、似たような課題が出てくることがあります。このような課題に対し、異業種で成功したサービスアイデアを紹介するという「レコメンド機能」をITツールに実装しました。レコメンド機能を使用することで、複数業種の知識を融合し、サービスアイデアを創出できます。イノベーションは既存の知識の新しい「つながり」から生まれると考えられています。日立グループの強みは知識を融合できる業種が多いことですし、お客さまからも期待されているところですね。NEXPERIENCEの中でも「つながり」が意図的に生み出されるような仕組みを考えました。

坂東サービスアイデアを創出したら、次は具体的なビジネスモデルのコンセプトを具体化します。わたしは、「ビジネスモデルの設計」に関する手法とITツールの開発を担当しました。世の中にはさまざまなビジネスモデルの定義がありますが、ここでは、(1)サービスを支えるステークホルダの関係、(2)企業ごとの戦略、(3)ユーザの利用のストーリー、(4)お金の流れに着目しています。それぞれで一般的に使われているものや、オリジナルのフレームワークを活用して、サービスがうまく回りそうかを大まかに考えられるようにしています。

ワークショップでは同じサービスアイデアについて、これらのフレームワークを活用して繰り返し議論をしてきます。例えば、(1)でサービスを支えるステークホルダが誰かを俯瞰的に検討したら、視点を切り替えて、(2)で参加したい事業かどうかをそれぞれの企業の視点で戦略を考えます。(2)の議論を進めていくと、「(1)も直さないといけないよね」という個所が出てきますので、(1)をもう一度整理していきます。こうした検討を(1)~(4)の視点で繰り返し行っていきます。

このように複数のフレームワークを使い、視点を切り替えながら議論を進めていく際、紙のツールだと書き直しをするなどして時間を取られ、議論が中断してしまうことがありました。

そこで、Business Model Designing ToolというITツールを開発し、各フレームワークでの議論の結果が、ほかのフレームワークにも反映できるようにしました。Business Model Designing Toolを使うと、複数のフレームワークを切り替えながら、連続的に、同時進行で議論を行えます。フレームワークを切り替えるだけでなく、複数のフレームワークを並べて見ながら議論を進めていけるのも、ITツールにしたことの効果として大きいですね。

特に工夫されたところは。

坂東どの機能をITツールに実装するかを絞り込んでいったところです。ワークショップでは、状況に応じて議論の方法などを臨機応変に変えていくことが多くあります。ただし、それらすべてをツール化すると、なんでもありのツールになり、かえって使いづらくなってしまいます。どのサービスに対しても必ず考えるところが何であるかを見極め、どんどん機能をそいでいって、ツールにしていきました。

熊谷ITツールを実際にワークショップで使ってみると、「もっとこうした方がいいよね」ということが学びとして得られます。それをツールにフィードバックして、日々進化させています。

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試行錯誤を繰り返す-ワークショップの1000本ノック

ワークショップはどのように進めるのですか。

写真「荒木 真敬(あらき まさたか)」

荒木お客さまにとっても、日立にとっても、実りのあるワークショップにするために、最初に「ワークショップ設計」といって、ワークショップのゴールを設定し、ゴール達成のために適切な手法やツールが何であり、どのように進めるかを設計しておきます。次に、日立内でワークショップを実施し、お客さまと日立がそれぞれメリットを感じられるような「ビジネスのタネ」がどこにあるのかを探っていきます。その後、お客さまをお呼びしてワークショップを実施するときには、NEXPERIENCEのプロセスに従って、一緒にビジネスのコンセプトを創って実証していきます。

熊谷日立内のワークショップは、1000本ノックなんて呼んでいたよね(笑)。

荒木そうですね(笑)。日立には、「電力」「金融」「ヘルスケア」などの分野を扱う多くの事業部があります。これらの事業部と一緒に、脳みそに汗をかきながらワークショップを繰り返しました。わたしの携わった、あるワークショップでは、新しいアイデアが400個ほど出て、40個くらいに絞り込みました。これらのアイデアを持ってお客さまとの協創ワークショップに臨みました。

図2 ワークショップの風景

お客さまの反応はいかがですか。

荒木ワークショップは、お客さまから好評です。新しいビジネスを生み出すためには、クリエイティブシンキングとロジカルシンキングの融合が大事であることを、お客さまも認識されています。しかし、具体的にどうすればよいのか悩みを持たれているお客さまが多いんです。そこを体系立ててNEXPERIENCEという手法に則って進めることで、「アイデアを発想しやすい」「ロジカルに考えやすい」など、好意的なコメントをいただいています。

一連のプロセスに沿って、ITツールまで用意して、ワークショップを活性化して進めるというところは、日立ならではですね。

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日立がめざす社会イノベーションを生み出すために

今後の目標をお聞かせください。

坂東デザイナーとして、ユーザを考えることをいちばん大切にしたいと思います。ユーザに本当に必要なこと、うれしいことを届けられるように、ビジネスモデルを考えたり、戦略を考えたりできるような知識やコミュニケーションの仕方を身に付けていきたいと思っています。

荒木いままさに、新しいビジネスをお客さまと創っていっているところですので、まずは一つの事例として、実際に事業化して、お客さまも日立もみんながハッピーになった!という状態につなげたいですね。

一方で、NEXPERIENCEによって、ビジネスのコンセプトをお客さまと一緒に創るところはうまくいっていますが、そこから事業化したりお金を生み出したりというところとは、ややギャップがあると感じています。NEXPERIENCEを実践していく中で、そのギャップを埋めていきたいと考えています。NEXPERIENCEの中に、デザイン思考でイノベーションを生み出すために必要な検討の材料が1から100までそろっている状態にしたいですね。

写真「熊谷 貴禎(くまがい きよし)」

熊谷NEXPERIENCEは顧客協創方法論という名前になっていますが、顧客協創はある意味手段に過ぎません。日立がめざしている社会イノベーションをどんどん生み出していくために、NEXPERIENCEをイノベーションデザイン方法論として進化させていきたいと考えています。

個人的には、NEXPERIENCEの中にAI技術を取り込めないかということも考えています。例えば、日立では名札型のウェアラブルセンサーとAIを組み合わせて人と人の関係を分析する技術を開発しているんですが、これを使うと面白いのではないかと。ワークショップ参加者にそのウェアラブルセンサーを着けてもらい、ワークショップのどの部分で盛り上がったかのデータを採って、そのデータを基に、イノベーティブなアイデアはどのようなプロセスや発言から生まれるのかを分析して…。研究者として、イノベーションが生まれる仕組みを解明したいと思っています。