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社会インフラ製品をはじめとする金属加工の現場では、加工時に起きる振動に悩まされてきました。工具で金属を切削するときに異常な振動が発生すると、加工精度が悪くなったり、加工に時間が掛かったりします。

日立が開発した「びびり振動抑制技術」は、振動を吸収する装置を、工具や切削対象に取り付けることで、金属加工時の振動を抑制する技術です。切削分野一筋の研究者が、現場の生産性向上をめざして、日々研究を重ねています。

写真「内海 幸治(うつみ こうじ)」
内海 幸治(うつみ こうじ)
研究員

写真「西川 顕二(にしかわ けんじ)」
西川 顕二(にしかわ けんじ)
研究員

(2017年1月11日 公開)

金属加工の現場を悩ませる「びびり振動」

まず「びびり振動」とは、どのようなものですか。

内海金属を切削加工する際に発生する、異常な振動のことです。切削加工と聞いてイメージは湧くでしょうか。金属を金属で削るということです。加工する金属製品は、エレベーター・新幹線・自動車・発電所の部品、冷蔵庫の圧縮機、タービン、ポンプなど、「日立で作っていて、金属製品であれば何でも」という感じで、かなり幅広く扱っています。

西川金属材料を削るときに、工具が金属に当たるごとに負荷が掛かって、振動します。揺れやすい周波数というのがあって、振動がそういうところに乗ってくると、どんどん増幅してしまうんです。それを「びびり振動」と呼んでいます。

面白い名前ですね、びりびりするのですか。

内海そういうイメージです。びりびりする感じです。

西川この、びびり振動というのが起こってしまうと、金属の加工面がすごく荒れてしまうんですね。きれいに平たく仕上げたいのに、表面がうねって汚くなり、加工精度が悪くなってしまいます。加工時の異常な振動をいかに抑制するかというのが、切削加工をするうえでキーポイントになってきます。

内海加工時に起きる振動が、すべて異常な振動という訳ではありません。金属同士が当たるため、通常でも多少は振動が発生します。普通に加工しているときには、「サクサク削れているなあ」という音がするのですけれども、びびり振動が発生すると、すごく大きな音がし始めるんです。通常の振動ではなく、異常に発散した状態がびびり振動です。

どのようなしくみで振動を抑制するのでしょうか。

写真「西川 顕二(にしかわ けんじ)」

西川振動を抑制するために、切削対象や工具に「ダンパ」と呼ばれる部品を取り付けます。ダンパとは、振動を吸収するものだとイメージしていただければ良いと思います。重りとばねでできていて、切削対象の金属の振動に対して、反対の位相で動くことで振動を吸収します。例えば、ダンパを切削対象の金属に取り付ける場合、金属が後ろに動いたとき、ダンパは前に動きます。そうすると、金属は前に引っ張られるので、金属自身の振動が収まります。このように振動を「肩代わり」するものがダンパです。

内海振動を肩代わりしてくれるので、切削対象が加工しやすくなります。ダンパの重りの重さや、ばねの強さをどのくらいにしたら良いのかというところに研究のノウハウがあります。

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小さなダンパが大きな効果を発揮

ダンパによる振動抑制の例を教えてください。

西川まず、切削対象の金属側にダンパを取り付けて、振動を抑制した例をご紹介しますね。「インペラ」という部品の加工の事例です。インペラというのは、畳一枚分くらいの大きさで、羽根の形をしている部品で、回転して水を汲み上げるのに使われます。このインペラの表面を工具で削って形にしていくのですが、インペラの板は薄いため、ペラペラと動いて、びびり振動が発生してしまうんです。

いままでは、振動を抑えるために後ろから治具で固定していました。ただ、この後ろから支える治具というのは、いろいろな形やサイズが必要で、加工する製品ごとに作り直したり、セッティングしたりしなければなりません。これは非常に手間が掛かるので、改善したいと考えていました。そこで採用したのが、インペラにダンパを取り付ける方法です。

図1 従来加工方法と新加工方法の違い
従来加工方法と新加工方法の違いを示した図

内海現場では、振動を抑えるために、治具を使ってがっちり押さえるという概念が一般的なんですね。そのため、こんなに小さなダンパで効果があるのか、初めは半信半疑な方もいらっしゃいました。しかし、実際にダンパを付けて加工していただいたところ、意外に楽に削れたため、現場の方は驚かれていました。現場にとって「ダンパという重りを付けたら、なぜか振動が止まってうまく削れた」というのが、かなりインパクトがあったようです。ダンパによる振動抑制は、いままでにない概念だったんですね。

こういったダンパで振動を抑制するのは、珍しい技術なのでしょうか。

写真「内海 幸治(うつみ こうじ)」

内海ダンパそのものは、世の中に概念としてありますが、それを金属加工時の振動抑制に特化して研究を重ねたのが、わたしたち日立です。ダンパをどういう構造にして、どういう原理で抑えれば良いのかという設計には、前例やノウハウがありませんでした。試験用に簡単なダンパを作って試行錯誤するのですが、材質の重量、穴を空ける位置、使用するゴムの材質などを変えて、20種類くらいトライしました。

あとは、現場の作業性も十分に考慮して、構造を検討しました。ダンパは現場の方が使うので、机上の空論で作って、使いづらいものを提供しても仕方ありません。ダンパを工具や切削対象の金属に「カチャッ」とはめて、簡単に設置できるように工夫しています。

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制約だらけの開発を試行錯誤で乗り切る

振動を抑制するには、別の方法もあるのでしょうか。

西川先ほどのインペラとは別の事例で、削られる側の振動を抑制するのではなく、工具側にダンパを取り付けて振動を抑制した例を紹介します。現場から「工具側がかなり振動しているので、これを抑えて能率を上げたい」という要望がありました。対象の工具は「サイドカッタ」という、刃が付いた円盤状のもので、発電機用の大型ロータ部品の溝を削る際に使用しています。サイドカッタは直径が1m以上もあり、非常に大きいため、先端がかなり振動します。ちなみに、なぜこれほど大きいカッタを使用するかというと、現在、発電容量を増やす新興国が増えていて、ロータが大型化していく傾向にあるからです。ロータがどんどん深溝化していくことで、加工するためのサイドカッタも大型化しています。

このサイドカッタの振動を抑制するときも、ダンパを使用しました。この方式の特徴的なところは、サイドカッタの一つ一つの刃に、複数のダンパを埋め込んだところです。

図2 サイドカッタの振動抑制
サイドカッタの振動抑制を示した図

ダンパは外側に取り付けるだけでなく、埋め込んでしまうこともできるのですね。

写真「内海 幸治(うつみ こうじ)」

内海工具自体にダンパを内蔵してしまうというのは、珍しい方式なのかなと思います。振動しているのが刃先の部分なので、振動している個所の近くにダンパを付けないと、あまり効果が出ません。そのため工具の刃先にダンパを埋め込む方式にしました。また、従来であれば、ダンパ1個をポンと取り付けて、それで振動を抑制します。しかし今回のサイドカッタは、振動する部分が多い形状なので、合計18か所にダンパを入れて振動を抑制するという方法にしました。

西川ダンパを埋め込む方式にしたことで、苦労もありました。サイドカッタは、ロータ部品の溝の中にどんどん入り込んで削っていくので、ダンパがサイドカッタの刃よりも外側に突き出るような形状にはできません。ダンパをサイドカッタにしっかり内蔵する必要があり、それに適した構造を考えて、調整していくのが難しかった点です。ダンパは大きければ大きいほど、そして重ければ重いほど効果が出ます。しかし大きなダンパを付けてしまうと、工具に内蔵できなくなってしまいます。ダンパを重くするための材質を選択する必要がありました。

ほかにもさまざまな課題がありました。サイドカッタは、1分間に数百回の速さで、かなり高速に回転します。ダンパに遠心力が掛かるので、それに耐えられる設計を考えました。あとは金属を擦って削っていくので、温度が上がります。そのため、ダンパの耐熱性についても考慮が必要でした。そういった制約を一つ一つクリアしていきました。

現場の反応はいかがでしたか。

西川現場の反応はかなり良いものでした。「小さいダンパをたくさん埋め込むだけで、こんなに振動が抑えられた」、「いつもであれば振動でガンガンと音がしてうるさいのに、ダンパを使ったとたんに振動が収まった」という声を聞きました。また、加工の速度については、2倍くらいに向上できました。

内海そもそも、単に振動を抑えるだけなら、加工の速度を遅くすれば良いのですが、そういう訳にはいきません。製品のリードタイムが長くなってしまい、加工コストも上がってしまいます。

西川通常だったら、加工の速度を上げると、サイドカッタの刃がバタバタと暴れて、欠けてしまうんですね。ダンパを埋め込んだら、加工の速度を2倍に上げても、全く問題なく加工できたという結果が得られました。現場からは大変好評を頂いています。

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加工時の問題を、機械が自ら解決できる未来へ

金属加工の分野は、今後どのように進化するとお考えでしょうか。

写真「西川 顕二(にしかわ けんじ)」

西川最近特に言われるのが、IoTインダストリー4.0との関連です。工場のライン同士を監視したり、加工機をネットワークで繋いで監視したりする技術が発達すると考えられます。加工時の振動を常にモニタリングして、異常な振動が起きた際に、ダンパを自動的に制御して振動を抑制する技術が、IoTと絡めて広がっていくのかなと思います。単に加工時の振動抑制の進化だけではなく、モニタリングやセンシングを活用して、工場全体を効率化していこうという動きに繋がってくると思います。

内海やはり情報化というのが、最近叫ばれています。いままでは現場の作業者のスキルに頼ったり、人が監視したりするなどアナログな手法で実施していた部分がありました。これからは、情報を管理して、びびり振動が起こったら、自動的に対処していくようなシステムやデバイスを考えないといけません。いままで受け身だったダンパが、能動的に自ら動き出す。そういったところが今後キーになると思います。

最後に、ご自身の今後の目標について聞かせてください。

西川今後、IoTの発展で、工場がどんどん繋がっていくような時代が来ると思っています。そうすると日本国内だけでなく海外と繋がる機会も増えてきます。そのため、グローバルで活躍できるような、広い視野を持っていろいろなものを考えられる研究者になりたいと考えています。

内海わたしは入社したときから、加工で困ったことがあったら声を掛けてもらえるエンジニアになりたいと思っていました。最近はいろいろと周りから声を掛けてもらえるようになってきて、技術面でも、人と人との関係という面でも、一人のエンジニアとして信頼してもらえているのかなという気がしています。こういった繋がりを今後も大事にして、自分のスキルを磨いていきたいと思います。

特記事項

  • 2017年1月11日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。

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