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Hitachi

陳 美伝 日立製作所 研究開発グループ 材料イノベーションセンタ 材料プロセス研究部 研究員
藤枝 正 日立金属 グローバル技術革新センター GRIT先端材料開発部 主任研究員
桑原 孝介 日立金属 グローバル技術革新センター GRIT先端材料開発部 主任研究員

日立製作所と日立金属は、3Dプリンタを使って耐腐食性や強度の高い金属を造形できる技術を開発した。この技術の背景には、3Dプリンタに使う金属粉末材料「HiPEACE」の開発がある。これをどのようにして実用化のメドを付けられるようになったのか。3名のエンジニアの熱意がカギを握る。

(2019年3月6日 公開)

藤枝もともと産業系システムに強い日立製作所は、インフラ系の事業を強化する方針を固めた後、材料開発チームは耐腐食性・高強度の材料開発に焦点を定めた。そのような材料として、多元元素からなるハイエントロピー合金と呼ばれる金属が10年ほど前に提唱された。多元系の合金は、言うまでもなく製造が難しい。だが、特性は他の合金と比べると抜群に良い。それを実際の部品や道具として造形するための手段として3Dプリンタで作れるようになれば、使いやすくなる。こう考え、開発チームは、2014年に3Dプリンタの特徴を最大限活かせるオリジナル材料をコンセプトにして開発に着手した。

ハイエントロピー合金とは、異なる5種類以上の元素をほぼ等原子数ずつ混ぜ合わせて作製される新しい概念の合金である。今から10年ほど前に台湾にある国立清華大学が提案した合金で、耐腐食性と強度がずば抜けている。

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凄腕研究者が集まる

藤枝日立製作所 日立研究所に入所当時は原子力材料グループに所属し、ジルコニウム合金でできている核燃料周りの材料開発を4年間手掛けた。その後、新分野開拓グループに所属し、これまでにない高性能な電波吸収材料、電子顕微鏡用の新しい電子源材料、再生可能エネルギーを利用するエネルギー変換材料等の革新的な機能性材料の開発を手掛けてきた。2018年4月からは日立金属に出向して構造材料の開発を手掛けている。学生時代は金属工学科に属し、修士課程修了まで超高圧透過型電子顕微鏡(TEM)を使った原子力材料の照射損傷メカニズムに関する研究を行っていた。以後、原子レベルで材料を観察できるTEM技術は自分の強みとなり、これまでの材料開発に多いに役立っている。

桑原修士課程を修了した2002年に日立製作所に入社、日立研究所の所属となった。入社後の初めての研究テーマは微細なパターンを持つ金型を用いて樹脂を成型加工するナノインプリント技術であった。ナノインプリント技術は、半導体を微細加工するためのフォトリソグラフィに代わる新技術と期待され始めていた。ナノインプリント技術の研究では試作したナノインプリント装置を使ってパターンを作ることに取り組んだ。この研究を5年間遂行したのち、2007年に1年間米国MIT(マサチューセッツ工科大学)へ行き、表面修飾についての共同研究に携わった。帰国後はそれまでの樹脂材料に関わるテーマに加えて大学時代に扱っていた金属材料のプロセス技術を担当するようになった。

2015年に金属3Dプリンタグループが独立し、その取りまとめを2年間やった。そして、新たに開発した合金(HiPEACE)の実用化を進めることなどを目的に2017年4月に日立金属に移った。現在は、このHiPEACEを始め、顧客のニーズを反映した優れた特性を持つ材料の開発に取り組んでいる。

高校まで中国にいて大学から日本に留学した。大学の物理工学系に入学し,材料科学コースを選択。ステンレス鋼について研究し、博士課程まで進んだ。博士課程を進むにつれステンレス鋼以外でも、もっと他の金属や研究をしたいと考えるようになった。そのうえで、世の中のニーズを知りたくなり、大学に残るより企業に入る方がよいと考え、就職する道を選んだ。日立製作所に入社、日立研究所に属して今年で3年目になる。

日立製作所を選んだのは、いろいろな開発をやっている総合企業というイメージがあったからだ。自分のやっている材料研究を生かせる先が広がるだろうと考えた。卒業生や先輩には鉄鋼会社に就職した人が多かったが、日立ではもっと商品に近く応用を広げられるだろうと考えた。

入社1年目は学生時代にも取り組んだステンレス鋼の研究を続けたが、2年目にこのハイエントロピー合金を手がけるようになった。実は、博士課程にいた時にハイエントロピー合金に関する論文を読んだことがあった。後輩の修士課程の学生もこのテーマを研究しており、実用化は難しそうな合金だな、と直感した。まさか、企業でこれを研究するとは思いもしなかった。

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最大の難関は材料を見つけること

藤枝開発チームのメンバーを集めてハイエントロピー合金の開発が始まった。開発合金のコンセプトは世の中でまだ開発されていなく、かつ3Dプリンタの特長を活かすことにより従来合金をりょうがする強度と耐食性を発現する材料。日立製作所はインフラ系事業を強化することを決めたことから、過酷環境下で強度や耐食性が強い材料は間違いなく需要があると確信した。例えば、原油や天然ガスの掘削では、腐食性のある気体や液体が噴き出してくるため、これらに耐えなければならない。

最大の難関は、無数の元素の組み合わせの中から所望の特性を発現するための最適なハイエントロピー合金組成を見出すことであった。この合金の定義は、5種類以上の金属元素を使い、5〜35重量%含むこと、である。従来の合金だと、主要の金属元素が7割で、残りの3割に必要な特性を得るための元素を入れていたが、ハイエントロピー合金は5種類以上の元素がそれぞれ主役のように混ぜ合わさるものである。ハイエントロピー合金は非常に硬く、高強度であるが、意外ともろい面を持っていることもあり、従来製造法では極めて作り難く、加工も困難である。論文などで先行者を見ていると大学では親指サイズの小さな合金しかできていなかった。

ハイエントロピー合金の材料探索を行う上で、我々はシミュレーションツールを使った。シミュレーションを使って元素をいろいろ振って熱力学的な計算を行った。そして、均一な相ができる元素の組み合わせをいくつかに絞った。

3Dプリンタを使う場合には、70〜80kgにも及ぶ大量の粉末を準備する必要があるため、試作コストもかかる。シミュレーションを使わずにやったなら、コストは膨大に膨れることになっただろう。具体的には、シミュレーションによって、ある程度合金組成を絞った後に、従来法により合金試作をし、3Dプリンタで造形した場合の組織、特性を予測しながら、合金組成を絞り込んだ。このような開発手法を採ったため、コストと開発期間を大幅に抑えることができた。

藤枝当時、日立は、金属3Dプリンタ技術を有しておらず、国内大学で唯一最新鋭の金属3Dプリンタを有していた東北大学金属材料研究所の千葉研究室に2014年から2年間駐在し、金属3Dプリンタ技術開発を加速させた。千葉研で開発している金属3Dプリンタ技術は、平坦に敷き詰められた金属粉末へ3D-CADデータに基づき、選択的に電子ビームを照射し、局所溶融・凝固を繰り返すことにより、金属部材を直接造形する技術である。千葉教授はかつて日立研究所におられ、その後、東北大学に移られたことから、日立とは交流が続いていた。

最初に開発した合金は、高強度であったものの、満足のいく耐食性が得られなかった。その後の開発で高強度化が期待できそうな合金系を見出すことができた。

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3Dプリンタで造っただけでは十分な特性が得られない

藤枝ところが、この合金は3Dプリンタで造形しただけでは、耐食性や延性(伸び)が不十分であった。このため、熱力学シミュレーションを実施して求めた条件で熱処理を行ったところ、電子顕微鏡でしか確認できないほど小さな化合物を均一分散させることが出来ることがわかった。この小さな化合物の分散形態を制御することにより、耐腐食性と強度を両立させることが出来た。こうして出来たハイエントロピー合金が「HiPEACE(ハイピースと発音)」である。HiPEACE はHitachi Printable Extreme Alloy for Corrosive Environmentの略である。

今回も自分の武器であるTEM技術を多いに活用したことにより、特性改良に繋がる現象を明らかにすることが出来た。想定した特性が出ない時には、一度立ち止まって、その原因を徹底的に明らかにすることが最良の解決策を見出すことに繋がると考えている。

桑原3Dプリンタで用いる金属粉末は一般にはガスアトマイズ法で作る。るつぼの中で作りたい組成の金属を溶かし、るつぼの底の穴から溶けた金属を流し、そこにAr(アルゴン)ガスを強く吹き付けて霧状に砕いて細かい粒子を作る。できた粉をふるいにかけて3Dプリンタでの造形に適した直径分布の粒子にする。例えるなら、非常に細かい金属のパチンコ玉のようなものになる。

藤枝日立金属では電子ビームに加え、レーザーを照射して造形する方式の3Dプリンタも使用している。電子ビーム方式では常に1000℃程度に加熱保持した状態で造形するのに対し、レーザー方式では加熱保持せず室温で造形するため、溶融時の温度勾配や凝固時の冷却速度が異なる。

同じ物でも造形中のレーザーの出力ワット数、走査速度、走査間隔、造形後の熱処理条件など複数のパラメーターが造形物の最終品質に影響を加えている。造形物の高品質化および高速化のため、造形条件のノウハウの蓄積が非常に大事である。

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実用化するうえでの問題

桑原今後はHiPEACEの実用化に向けた実証段階に移る。フィールド試験が可能な社内外のパートナーを組んで顧客の視線で評価実験することになる。実用化するうえで顧客が望む特性を示すことが、これからのミッションとなる。

ビジネスの形態が顧客によって変わる。また顧客によって、強度をもっと上げる、あるいは耐腐食性をもっと上げる、などの要求仕様がさまざまである。組織制御、組成調整により、材料の特性を変化させることが可能である。藤枝氏が開発した基本合金を顧客ニーズに合わせてカスタマイズしていくのが私の研究テーマの一つである。

藤枝新しいテーマは規制によって生まれることがある。ESG(環境・社会・ガバナンス)や環境規制などが新材料開発のドライビングフォースになる。元々日立には各研究テーマが環境保全にどれだけ貢献できるかという評価指標がある。日立のすべての研究テーマが何らかの形で環境に貢献していると言える。

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気になる本、愛読書など

写真:藤枝 正

藤枝 正

日立金属 グローバル技術革新センター
GRIT先端材料開発部 主任研究員

山中伸弥氏や中村修二氏などのノーベル賞受賞者の自伝を読むのが好きで、研究者として共感できる部分が多々あり、モチベーションが上がる。それ以外はビジネス書を良く読む。

写真:陳 美伝

陳 美伝

日立製作所 研究開発グループ
材料イノベーションセンタ 材料プロセス研究部 研究員

加工誘起マルテンサイト変態が大学時代の研究テーマであり、西山善次先生の「マルテンサイト変態」という本がバイブルだった。ここの「変態」とは同じ元素構成でも原子の並びが変わり、性質が異なる別種の結晶構造に変わってしまうこと。この本には基礎編と応用編があり、西山先生がマルテンサイトを一生研究してきて、まとめた本として感動した。

写真:藤枝 正

桑原 孝介

日立金属 グローバル技術革新センター
GRIT先端材料開発部 主任研究員

少し前ではクリス・アンダーソンの「メーカーズ」を改めて読み、誰もがモノ作りができるようになると言う3Dプリンタブームの基礎になる思想に触れることができた。また、なぜ私たちが研究をするのかという事を考えるうえで、小野雅裕著「宇宙に生命はあるのか」という本で扱う宇宙探索への熱意に感銘を受けた。

特記事項

  • 2019年3月6日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。