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デジタル社会のきざし

交通や金融、医療など、私たちの生活を支える多くの分野で、デジタル技術を活用した新しいサービスが展開され始めています。ネットワークにつながったセンサ、AI、ロボットなどが社会のいたるところに入りこんだ「デジタル社会」では、多くのことが効率化され、社会の構造は大きく変わることでしょう。これらの技術やサービスは、やがて人々の考え方や行動に大きな影響をもたらすかもしれません。デジタル社会のきざしは、そこで暮らす人々の考え方や行動がどのように変わりうるのかを示したものです。これを通じた議論によって、将来の社会課題を生活者の視点で考えることをうながします。

COMMUNITY 1st SOCIETY

コミュニティファーストな社会

コミュニティとは小さなグループ。地域の中のつながりや、「それいいね」という共感で結びついたものなどいろいろだ。たとえば人口が増減し、街に暮らしにくさを感じるようになったとしよう。人々は交通や医療のシステムに新たな仕組みを求めるが、国など大きな社会の意思決定が、いつも柔軟にそこに寄り添えるとは限らないのではないか?これまで顕在化しなかったコミュニティの意思を可視化するAIや、斬新なアイデアを提供するIoTなどのテクノロジーを背景に、コミュニティは自分たちの価値観に合うやり方で、使い勝手のよい仕組みを創造する。小さな共感が、新たな社会のスタンダードを生み出す社会が、もうすぐやってくるかもしれない。

NO POLICY NO LIFE

生きることは態度表明の連続

スポーツ選手のパフォーマンスがデータ化されているのは、もはや常識だ。客観的に計測された、選手の心身の状態に応じて繰り広げられる最高のプレーは観戦者を熱狂させる。同時に、選手自身も気づかない些細な弱点につけ込まれて、愕然とするようなことも避けられない。何かをデータ化することは、これまで見えなかった事実を明らかにする。データ解析は人々の生活を豊かにする反面、時には予想外の不都合な事実を突きつけても来るのだ。それを「仕方ない」と受け入れるか、「関係ない」と無視するか。これからの私たちはその意思決定を繰り返して生きていくのだろう。さまざまなデータといかにつきあうかは、私たちの未来の大きな課題だ。

TRASFORMING CITY

ずっと変わり続ける街

車の多い急カーブに、住民からは「いつか事故が起こるよね」と声が上がる。今までなら自治体に対策を要請し、後回しになった時にはいらだちを感じてきたのだろう。しかし技術の発達は「だったら自分で作ってしまえ!」を実現する。3Dプリンタは近い将来、ガードレールくらい簡単に作り上げるだろう。住民主導の新しい生活インフラがどんどん生まれ、街はカスタマイズされ続けるのだ。しかし、一度作ったインフラやサービスの維持は、新しく作るより難しい。廃棄はなおさらだ。それでも住民の高齢化や生活スタイルの変化に合わせたメンテナンスは避けられない。新しいモノやサービスの誕生、維持、廃止…その素早い循環が、魅力的な街を創造する。

SOCIAL PROFESSIONALISM

実感のある幸福感

AIが人間の多くの仕事を取って代わるようになる時代は、もう目の前だ。特にそれは、AIが得意とする医者や弁護士、エンジニアなどの知的労働から進んでいく。たとえば、1人の研究者が修得できる論文の数には限度があるが、AIであれば大量に読みこなすことができる。そこから異分野の知見を結びつけることで、難病の治療法の発見や想像を超えた技術革新など、社会的意義のある価値が生み出されると予想されている。そのため、自由にできる時間が増えるケースが多くなるが、そこで社会貢献に取り組んでみるのはどうだろう?身近な人や街のために貢献することは、自分自身の新たな居場所の獲得や幸福感の実感につながるものである。

LEAN LEARNING

やりたいことからはじめる学び

現在の学校の主な役割は、計算や文学などの基礎と応用の修得だ。しかし、最近では別のアプローチが出てきている。たとえば「デジタルコイン刻印機を作ろう」など、1人ひとりがやりたいことをまず目標に据え、その完成に向かって基礎知識やスキルを学ぶというものだ。確かに基礎や応用を積み重ねていないゆえの不安やトラブルが起こるが、自分なりの実践とAIが補ってくれるだろう。目標達成までの過程でもっと知りたいと思えば、インターネットには無料で大学の授業が受講できる仕組みができている。今後、学校は机を並べて学ぶ基礎訓練ではなく、それぞれがやりたいことに集中できる場所になる。そして、集団生活の中で人間性を育むことが主な目的となるだろう。

(UN)MATCHING LIFE

ほどよい不便

マッチングサービスは、自分に合った情報を提供してくれる。それは衣食住に関するモノやサービスにとどまらず、職業の選択、時には友人や恋人探しまで。私たちは短い時間で、手軽に、欲しかった情報に出会うことができ、そこには無駄がない。確かに便利だが、「それだけでいいの?」と考えると疑問だ。たとえば、毎日の服装を選んでもらうサービスを利用すると、自分でセンスを磨く、または判断する力を失ってはしまわないだろうか。あるいは「今は好みではないが、見たら気になるかもしれないもの」との出会いのチャンスを失ってはいないだろうか。偶然が引き起こすワクワク感は、時に便利さの上をゆく。ほどよい不便さも生活には必要なのだ。

PLAY FOR PUBLIC

個人の遊びが築く社会の基盤

デジタル技術は、日常生活を快適にする「手作りの工夫」を簡単にする。外出先の気象情報や、目の前で起こっている電車の遅延、あるいはおいしいラーメン屋がどこにあるか。1人が「これがあれば毎日が便利で楽しくなるぞ」とひらめいて作ったサイトやアプリが、あっという間に社会に広がってしまうのだ。もちろんトラブルも起こる。手軽に作ったゆえに起こるアプリの設計ミスなど、ちょっとしたツメの甘さが思いがけない事態を引き起こしていることは否めない。だが、そんなリスクがあっても、個々のひらめきが作り出す力はとどまらない。それは政治や経済の制約を軽々と乗り越え、社会を楽しくし続けるだろう。

IMPULSE SATISFACTION

瞬間満足

その時々で達成感や自尊心を満たす「瞬間満足」が、生活のモチベーションとなっている。今やSNSで反応を得ることが他者とのコミュニケーションの中心で、そのために「SNS映えする」レストランのメニューや旅行先が選ばれるほどだ。その反面「いつかは高級車」の合言葉とともに、努力と根性で乗り越えるようなライフスタイルが通じなくなってきた。今や高級車は「コスパ重視」の名の下に、いきなり月額低料金で乗れるサービスが確立している。刹那的にも見えるが、彼らは社会貢献や慈善活動にも興味があれば積極的に参加するし、それが社会を変える大きな力にもなる。デジタル技術は苦労さえも、瞬間的に楽しむツールに変貌させたのだ。

関連リンク

参考文献リスト