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企業情報研究開発

いまや医療現場に欠かせない超音波診断装置。日立グループは、心臓内血流のより詳細な情報を視覚的にわかりやすく表示する技術(VFM:Vector Flow Mapping)を新たに開発しました。この技術を使った新しい超音波診断装置を製品化するには、信頼性の検証が必須でした。そこで、徹底的に生体を模した実験装置で検証試験を実施、さらには測定値の精度を表示する仕組みを開発。信頼性を追及する研究者たちの想いが、医療現場を支えています。

写真「田中 智彦(たなか ともひこ)」
田中 智彦(たなか ともひこ)
主任研究員

写真「浅見 玲衣(あさみ れい)」
浅見 玲衣(あさみ れい)
研究員

(2018年3月22日 公開)

新たな超音波診断装置に問われる信頼性

まず超音波診断とはどのようなものでしょうか。

浅見いちばん馴染みがあるのが、妊婦さんのおなかの内にいる赤ちゃんの様子を見ることでしょうか。物理的な仕組みとしては、超音波、すなわち我々が話している音の周波数よりもずっと高い音波を発信して、体内から反射として戻ってきたエコーを受信し、画像化するものです。超音波のエネルギーを使った診断は、放射線計測と比べ生体に対する影響が非常に少ないこと、また装置自体が小型なので小さな診療所にも置くことができ、その場で生体内の様子を見ることができるという特長があります。

今回開発したのは心臓を診断する装置です。心臓はすごく動きの速い臓器ですので、リアルタイムで動きを捉え、その特性を数値化して診断できるという点で、超音波を使った診断装置は非常に重宝されています。

今回開発された心臓内血流診断装置について教えてください。

田中超音波の診断装置というのは、プローブから放射状に超音波ビームを1本1本打ち、臓器をスキャンすることによって全体の画像を取っていきます。従来の方法では、ドプラ効果という、例えば救急車がすれ違うときに周波数が変わって音が変わるという原理を用いて、ビームのライン上における音の周波数の変化から血流速度を計測します。計測結果は、一般的にプローブに近づく流れを赤色、遠ざかる流れを青色で表示します。そうすると、血流があることはわかるのですが、どういう風に渦が巻いているのかといった血流の詳細がわかりません。そこで、より詳細にかつ直感的に血流情報を表示する技術「Vector Flow Mapping」(VFM)を開発し、世界に先駆けて新たな診断装置を製品化しました。VFMでは物理的な法則である質量保存則を用いて超音波ビームに対して垂直方向の成分を推定、複雑な血流を細かな矢印で表示することで、血流の方向を視覚的に把握できるようにしています。

カラードプラ(従来法)とVFMの血流表示例を示した図
図1 カラードプラ(従来法)とVFMの血流表示例

詳細な血流情報はどういった診断に活用されますか。

田中心不全のより詳細な診断をめざしています。心不全患者のイベント予測や、比較的特殊な心不全を診断したい、という医師の要望に応えるための手段になると思います。例えば、患者さんの予後を予測することは難しく、心不全で入院された患者さんが、退院したあとにすぐまた心不全で戻ってきてしまう、ということもよくあるそうです。そこで、患者さんが退院されるまでにVFMを使って心臓の血流の渦をよく見ると、予後の予測につながるのではないかと期待されています。実際に事例が出始めていますので、現在本当に有効かどうかを確かめているところです。

お二人はこの研究にどのようにかかわったのでしょうか。

浅見主にはVFMの信頼性検証に取り組みました。VFMを製品化するためには、VFMのアルゴリズムで計算した値が本当に正しいのか、信頼性があるのかというところの検証が欠かせなかったんです。田中さんがプロジェクトを立ち上げたところに、少しあとからわたしも加わりました。

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百聞は一見にしかず−「透明な心臓」で実証

どうやってVFMの信頼性を検証したのでしょうか。

写真「浅見 玲衣(あさみ れい)」

浅見VFMで計算した矢印の方向が、実際に観測した結果と合っているかどうか、精度検証のための実験装置を構築して実証しました。一般的に検証方法というのは、同じ方法で測っても同じエラー起因が出てしまいますので、全く違った方法で測るものです。今回はVFMが音(超音波)の測定値を用いることから、観測する手法にはレーザー(光)を使いました。

実験装置には、実際の人の心臓の3次元データを基に「透明な心臓」を作りました。できるだけ生体の心臓に近づけるために、全身に血流を送り出す左心室の弁には、弁置換など臨床で使われている人工弁を使い、実際の心臓が拍動するかのごとく透明な心臓を拍動させました。

そして、まったく同じタイミングでまったく同じ断面で音と光を同時に計測して、音の測定値からVFMで計算した結果と、光で観測した実際の流れの結果を合わせました。その結果、高い精度で一致することが確認できました。

VFM信頼性検証を目的とした実験装置の概要を示した図
図2 VFM信頼性検証を目的とした実験装置の概要

透明な心臓…非常にインパクトがありますね。アイデアはどこから。

PIV(透明心臓)の拍動
図3 PIV(透明心臓)の拍動

田中わたしたちがこの研究に入る前は、VFMの計算値が合っているのかどうかって、関係者の間での議論が若干空中戦みたいになっていたんです。で、見せようと。「百聞は一見にしかず」かなと思ったので。最も信頼されている流速計はレーザー流速計ですので、いちばん正しいと思われている方法で証明すればみんなに納得してもらえるのでは、と考えました。

苦労された点はありますか。

田中完全に光の屈折をなくすことが難しかったです。水が入ったガラスのコップの中に箸を入れると歪んで見えますよね。それは入れ物と中身の液体の屈折率が違うからです。それと同じような状態でやっても精度が下がってしまうと思ったので、今回は透明心臓の素材と中身の液体の屈折率まで完全に合わせ込みました。素材の屈折率が1.47だったので、同じ屈折率の液体を浅見さんが調べてくれて、最終的に透明心臓が完成しました。何を使えば完全に透明になるのか…と素材選びに悩んだときに、浅見さんがぱぱっと選んできてくれたんです(笑)。

信頼性が確かめられたときの心境は。

田中正直に言うと、結構合うな、と(笑)。というのも、流体力学の専門知識からすると、VFMのアルゴリズムで出した計算値は実測値と合いにくいんじゃないか、という疑問が少なからずわたしの中にはあったんです。それでも、VFMが医療の役に立つと思っている人たちがいるならば、本当に役に立つかどうかを定量的に評価することが一つのミッションであると捉え、信頼性検証に取り組んでいました。

浅見この検証結果を学会で発表した際に、流体力学の専門の先生方から「意外と合っているね」というようなコメントをいただけて。それまでは否定的な意見もあったのですが、風向きが変わったというか、「ここまでやったのなら」と認めていただけたという手応えを感じました。実際にVFMの製品化が決まったのも、担当者である我々が、確証を持って「これならばいけるでしょう」と言えたことが大きかったと思います。

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さらなる安心を求めて−「正しさの度合い」を表示

徹底した検証方法で「正しい」ということを証明されたのですね。

田中はい。ただ、自分の中ではそれでもまだ十分じゃないという思いがあって。というのは、VFMでは流れの三次元性が誤差の起因になってしまうことがあるからです。計測断面から流れが横切るようなことがあると、精度劣化の原因になってしまうんです。だから、透明心臓で検証したとしても、条件が異なるケースに関しては誤差が変わってしまうという問題がありました。そこで、断面がどう変わったとしても、計測精度はどれくらいかということを推定するアルゴリズムを統計解析などで導き出しました。

浅見これ、さらっと説明していますけど、すごいんですよ。透明心臓は大人の健康な心臓を模しています。それに対して、実際には大人の不健康な心臓、高齢者の心臓、小児心疾患の心臓とか、いろいろなケースが想定されます。また、どの断面で心臓を見るかというのは、お医者さんや技師さんのエコーの当て方によって1回1回変わります。透明心臓は一つのケースのみを検証、一方でこのアルゴリズムは、いつでもどんなケースでも「確からしさ」を示せるアプローチという意味で、絶対必要だと思いました。

「正しさの度合い」まで示せるようにしたということでしょうか。

田中はい。どれだけ正しく測定できているのか、というのを補助情報として示しました。「これだったらいけるんじゃないか」と、初めて確信というか自信になったというところですね。

お医者さんがさらに安心して診断できると。

田中そうですね。そう思っています。計測では、測り方や条件によってはエラーデータが出てしまうこともあります。そういった測定値の信頼性が低いときにはアラートを出すような仕組みです。

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患者さんの役に立ってこその研究開発

VFMが製品化されて実際に使われているというのは、どのようなお気持ちですか。

写真「田中 智彦(たなか ともひこ)」

田中どうですかね、うれしいというか…。多分本当にうれしいと思うのは、VFMを使って適切な判断ができて、患者さんにとって良い結果となったときだと思うんですね。その兆しがいま見えてきたというところです。医師から少し患者さんの予後が良くなりましたよ、という研究結果も報告されつつありますので、その確証がきちんと取れて、VFMを使うと予後が何%良くなりますよといったデータまで出たら、初めてやって良かったなと思えるのではないかと思います。

VFMはこれからどのように発展してくのでしょうか。

浅見いまは育てていくフェーズで、学会の中できちんとこの技術を認知していってもらうフェーズにあるのかなと思っています。それはまだ全然終わってはいないんですよね。

田中そう、いま多くの施設で研究している最中です。将来展望としては、やっぱりこの技術については、何かしら患者さんに対しての明確なベネフィットが出るところが、一つの終着点かなと思っています。

今後の研究生活でも、患者さんの役に立つことをめざしていくのでしょうか。

田中そうですね。自分たちの研究が世の中の価値になることができれば、それは研究者冥利に尽きるんじゃないかと思います。

浅見この装置で人の役に立つことはもちろんうれしいですが、今回はまだ自分が考えたアルゴリズムが乗っているわけではないので…。自分が考えたアルゴリズムが世の中に出て、患者さんの役に立っているのを見たいなっていうのが、わたしのいまのモチベーションです。

特記事項

  • 2018年3月22日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。

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