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企業情報研究開発

妊婦さんのおなかの中にいる胎児を画像化する超音波診断装置。診断する医師だけでなく、おなかの子の成長具合を確かめたい妊婦さんからも、より鮮明な立体画像への要求が高まってきています。日立は、妊婦さんが思い描く「かわいらしい赤ちゃん」のイメージに近づくよう、リアルさではなくかわいらしさを表現することをめざしました。

(2015年3月2日 公開)

「リアルさ」ではなく「かわいらしさ」を表現

超音波診断装置とはどのようなものなのでしょうか。

野口超音波診断装置は、超音波という、人には聞こえない周波数の音を人の体に当てて、反射して返ってきた超音波から臓器などの位置や形状を計測して画像化する装置です。主に、医療分野で広く使用されています。超音波診断装置で得られる画像は、基本的に白黒の断面画像ですが、近年では画像処理によって色味を付けて立体的に表示できるようになりました。

今回わたしたちは、産婦人科で用いられる、胎児の状態を見るための超音波診断装置を対象に研究を行いました。胎児を立体的に表示するまでのプロセスを説明しますと、まず、おなかの上からプローブと呼ばれる装置で超音波を当てて断面画像を取得します。そのあと、断面画像内で胎児の領域を抽出します。最後に、画像処理で色味や立体感などを施して画像化します。

図1 超音波診断装置による立体画像の取得プロセス
超音波診断装置で立体画像を取得するプロセス

柴原従来の超音波診断装置では、色、質感、立体感の表現があまりきれいではなく、長い間不鮮明な画像が使われてきました。最近になって、画質を改善しようという動きになってきまして、日立も鮮明できれいな画像をめざして画像処理の研究を始めました。
研究を始めたころは、実際の写真と区別がつかないようなリアルな画像を作りたいという強い思いがありました。でも、リアルさを追求するのでは他社のまねになってしまう。そこで、わたしたちは、開発の目的が妊婦向けサービスであることを考慮し、かわいらしい印象を与える画像、妊婦さんに喜んでもらえる画像を追求することに決めました。

結果的に、この方向性は間違っていなかったと思います。研究中に実際の胎児の画像を見せてもらったのですが、メラニン色素がなくて皮膚が透明で、血管が見えていて…。リアルさを追求するとグロテスクな表現になってしまいます。「必ずしもリアルな画像を作ることが最良ではない」と確信しました。

「かわいらしさ」を機械が評価

「かわいらしさ」を表現する…なんだか難しそうです。

写真「柴原 琢磨(しばはら たくま)」

柴原おっしゃるとおり、「かわいらしいってなんだろう?」というところから始まりました。妊婦さんに喜んでもらえる画像を作りたいと考えたところで、「かわいらしい」とか「喜ぶ」とか、さっぱりわからなくて。

基本的に、胎児の立体画像に対して調整できる要素は色です。なので、今回は肌色が与える印象に着目しました。肌色を変えたときに、かわいらしさといいますか、好ましさがどのように変化するかを、人工知能由来の機械学習と呼ばれる技術を用いて数値化することにしました。

野口人の主観を数値的に解析する「主観解析システム」を作ろうと思ったんです。そこでまず、どのような特徴を持つ赤ちゃんがかわいらしいかを学習させました。ネットで「Cute Baby」というキーワードで検索すると、かわいい赤ちゃんの画像が出てくるんですけど、そういう映画に出てくるような赤ちゃんの画像をとにかくたくさん学習させました。

柴原次に、画像と画像のかわいらしさの順序関係を学習させました。例えば、画像1と画像2では、画像1の方がかわいらしいですよと、人が順位付けした結果を覚えさせます。

図2 主観解析システムによる主観(かわいらしさ)の学習プロセス
主観解析システムによる主観(かわいらしさ)の学習プロセス

柴原主観解析システムに「かわいらしさ」を学習させたあとに、今度は自分たちで肌色を調整して作った胎児の立体画像について、かわいらしさを数値で評価させました。数値が高ければその調整は良くて、数値が低ければその調整は良くなかったということがわかります。最終的に、よりかわいらしいと思われる肌色を数パターン抽出し、超音波診断装置に組み込みました。

野口この研究のおもしろいところは、「かわいらしさ」を機械に学習させる際に、胎児や新生児の画像ではなく、生後数ヶ月たった赤ちゃんの画像を使っているところです。
妊婦さんは、実際の胎児の姿を見たことはないので、生まれたあとの赤ちゃんの姿を想像しますよね。機械が「かわいらしさ」を評価する材料として、妊婦さんが理想とする赤ちゃんを学習させたのがポイントです。

かわいらしいと感じる肌色を機械に評価させたのはなぜでしょうか。

柴原主観的な感覚を人が評価するのは難しいです。人の感覚でかわいらしい肌色を探そうとすると、「色ソムリエ」みたいになってしまいます。ちょっと色を変えては、「これはかわいいかな」「これはかわいくないかな」と、よくわからなくなってくるんですね(笑)。人だと、調整するうちに基準がわからなくなってしまいがちですが、機械はこのようなことは苦ではありません。人の主観を機械に取り入れることで、結果的に人の主観に近づけることができました。

適切に胎児の領域を自動抽出

妊婦さんにとって好ましい画像にするために、ほかに工夫したことはありますか。

野口胎児を立体で画像化する際の前処理として、断面画像から胎児の領域を自動抽出する技術を開発しました。胎児の領域を抽出する際、いままでは医師が手動で線を引いていました。簡単な曲線しか引けませんので、抽出に失敗すると、立体画像上で胎児の体の一部が欠けてしまったり、胎盤の一部が映り込んで体が隠れてしまったりするという問題がありました。

柴原これを、妊婦さんはとても不安に感じてしまいます。発育は大丈夫か、赤ちゃんに変なところがあるんじゃないか、と。抽出領域が適切でなかっただけで、医師が診断していますし、実際には心配はいらないのですけど。胎児の領域を適切に自動抽出できれば、妊婦さんは安心しますし、医師にとっても操作が楽になります。

図3 胎児領域の抽出イメージ
胎児領域の抽出が適切でない場合と適切な場合の例

胎児の領域を自動で抽出する仕組みや特長を教えてください。

野口超音波診断装置で取得した断面画像では、胎盤や胎児は白く映り、羊水は黒く写ります。胎児の領域を抽出するためには、胎盤と胎児の間の黒い部分に境界線を引く必要があります。最初に手動でおおまかに胎児領域を囲んだあと、細かい凸凹の調整を自動で行います。断面画像は解像度が低く、場所によっては境目があいまいですが、高い精度で適切に線を引くことができるのが特長です。

この技術の開発で大変だったところはありますか。

野口境目があいまいな部分に対して、ちょうど良いところに線を引くアルゴリズムを考えるのが大変でした。人であれば、あいまいな部分でも適当に線を引くことができますが、機械は、適当に線を引くことが苦手です。線を引きながら、そのつど境目がはっきりしたところに線を引くというやり方だと、境目があいまいな部分ほど間違った線を引く可能性が高いんです。

そこで、狭い範囲だけを見て線を引くのではなく、全体のバランスを考慮しながら線を引くアルゴリズムを考えました。人は、自然とこういう発想をしていると思うんですが、少し視野を広げて、画像全体を見て適切な線の位置を考えるわけです。

また、変なところに線を引いて体が欠けてしまうと妊婦さんはとても不安に感じますので、このアルゴリズムは基本的に失敗ができません。できるだけ安定的に適切な線を引かなければならないというプレッシャーがありました。失敗を少しでもなくすために、機械が引いた線が失敗した可能性があるときには、自動的に元の線に戻すというエラー判定機能も頑張って作り込みました。

治療や診断に貢献する技術の開発をめざして

製品に対する評判はいかがですか。

写真「野口 喜実(のぐち よしみ)」

野口開発した製品を医師に使っていただいたところ、これまでよりも早くきれいな画像が得られるようになったと好評をいただきました。
胎児領域の自動抽出機能はオン・オフができるのですが、ある医師が機能をオンにしていることに気づかずに操作して、「きれいに見えているから自動抽出機能はいらないよ」とおっしゃったんです。でも、自動抽出機能をオフにしたらうまくいかなくて、「やっぱりこの機能は必要だね」ということになりました。

柴原どんなに良い機能でも、操作が面倒だったり不具合が出たりすると使ってもらえません。ですから、この話を聞いたときは、医師が自動抽出機能を意識せずにストレスなく使えた、ということが実感できてうれしかったです。

これからの目標はなんでしょうか。

野口今回の研究では、画像処理で「かわいらしく、好ましく見せる」ことに取り組んできました。これからは、表現技術や操作性の改善の研究を継続しつつ、医師が治療や診断をするうえで役に立つ技術を開発したいと考えています。例えば、画像から赤ちゃんの体重や身長を自動計測したり、病気などの危険の可能性をいち早く医師に示唆したりする技術です。特に日本は産科医が少なく、一人の医師に負担が集中している状況ですので、その負担を少しでも軽減し、医療そのものに貢献できるような製品を作ることが次の目標です。
こうした技術を開発することで、病気を見逃す可能性を減らせますし、ひいては患者である妊婦さんのためにもなります。

柴原医師は医学の最先端の技術を持っていて、わたしたちは情報科学の最先端の技術を持っています。でも、お互いに、相手の分野のことは詳しくわかりません。わたしたちは技術という道具を持っているだけで、それをどのように活用すればよいかはわかりません。一方で、医師はやりたいことがあっても、情報科学の技術でのように実現すればよいのかわかりません。わたしたちが持つ技術に対して医師の声を反映して、初めて医学的な価値を生むことがあります。現場の医師と接することで、医学と情報科学の両方に貢献でき、非常に良いコラボレーションができていると思います。こうした現場の生の声を、これからも製品へフィードバックしていきたいと思います。

特記事項

  • 2015年3月2日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。

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