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企業情報研究開発

写真「志村 明俊(しむら あきとし)」
志村 明俊(しむら あきとし)
主任研究員

日本の社会インフラシステムは、世界有数の高い信頼性を誇っています。日立では高い信頼性に加え、環境の変化や想定外のトラブルなどにも柔軟に対応できる社会インフラシステムの構築をめざし、リノベーション技術の開発に取り組んでいます。

変化に柔軟に対応できる社会インフラシステムに必要なのは、変わらない"原理・原則"を掘り起こすことでした。

(2013年5月7日 公開)

これからの社会インフラシステムに求められるもの

社会インフラシステムを取り巻く状況について教えてください。

写真「志村 明俊(しむら あきとし)」

志村日本の社会インフラの信頼性は、年間0.1回という停電率の低さや、鉄道の定時運行率90%など、世界に類を見ません。このため、暮らしの一部として、あって当たり前のものになっていました。しかし、3.11の震災でその考え方が変わりました。

震災当時、想定内・想定外という言葉を聞きました。これまでの社会インフラシステムも、ある程度の計画の範囲内では、非常に高い信頼性を保っていましたし、それを目的としていました。しかし、有事の場合も高い信頼性を保てなくてはならないと考えられるようになりました。

また、これからの社会インフラシステムは日本だけでなく、世界を視野に入れる必要があります。国が変われば生活や文化も違いますし、社会インフラシステムをとりまく事業構造も変わってきます。鉄道を例にとりますと、日本では上下一体といって線路、駅、列車すべて一つの鉄道会社で管理・運用しています。しかし、海外の場合、線路はA社が管理し、その上を走る列車はB社やC社が運行・管理する、といった「上下分離」が多く、事業構造も変わってきます。このため、より柔軟な社会インフラシステムが必要になってきます。

つまり、システムがあらかじめ計画したとおりに動く"定常が常"という考え方から、環境や構造などが変化し続け、その変化に柔軟に対応できる"変化が常"という考え方で社会インフラシステムを進化させる必要が出てきました。

このように"変化が常"という観点で、環境の変化やさまざまな国の文化にも適用できるよう、社会インフラシステムのリノベーション技術の開発に着手しました。

図1 システム観の変化
システム観の変化

リノベーション住宅という言葉はよく聞きますが。

志村リノベーションという用語は、もともと建築業界で使われていたものなんです。表面的に改修するリフォームに対し、構造躯体を取り出して、しっかりした形に直し、さらにデザインし直すことをリノベーションと捉えています。これと同じことを、社会インフラシステムにも適用できないかと考えて、このような名前にしてみました。また、再び革新をおこすという意味の"Re-innovation"という語呂合わせからもきています。

社会インフラシステムの構造躯体を取り出すということですか。

志村はい。社会インフラシステムにも構造躯体に相当するもの、アナログの時代から変わらないものがあるのではないかと考えました。鉄道ですと昔は手信号で列車を制御していましたが、いまは制御システムで自動的に制御しています。アナログからデジタルに制御手段は変わりましたが、列車を制御していることは変わりません。つまり、社会インフラシステムには変わることのない物理事象が存在し、これがシステムを構築する上での"原理・原則"になります。システムの原理・原則を見いだし、社会インフラシステムを抜本的に刷新する技術として、リノベーション技術を考えています。

図2 リノベーション技術
リノベーション技術

ソースコードから開発当時の思いを掘り起こす

リノベーション技術について詳しく教えてください。

志村リノベーション技術はReform、Refine、Renovationの3つのプロセスでシステムを抜本的に刷新します。これら3つのプロセスのことをR3プロセスと呼んでいます。まず、Reformプロセスでシステムの"ふるまい"、つまり機能を洗い出します。そして、Refineプロセスで、機能が作られた理由を把握し、システムの原理・原則を見いだします。最後にRenovationプロセスで、原理・原則に基づいて、システムを抜本的に刷新します。現在、適用を進めている鉄道運行管理システムを例にそれぞれのプロセスについてご説明しましょう。

図3 リノベーション技術のR3プロセス
リノベーション技術のR3プロセス

志村先ほどもお話ししたように、まずReformプロセスでは、システムの"ふるまい"つまり機能を洗い出します。これは開発当時の形を掘り起こす作業になります。社会インフラシステムは、長年使われている間に機能が増えて、規模が大きくなっています。けれども、本質的なところはあまり変わっていません。例えば、開発当時の新幹線の鉄道運行管理システムと、現在のシステムではソフトウェアアーキテクチャはほとんど変わっていません。ですから、開発当時の機能を掘り起こすことで、システムの原理・原則を見出せるのではないかと考えたのです。とはいえ、当時の機能、特に根拠について詳しく説明された資料はほとんど残っていません。このため、まずはソースコードをしっかり見ていこうということになりました。

列車とは人や物を運ぶものです。そこにはどんな機能があるのか、どんなふるまいをするのかをソースコードを見ながら掘り起こしていきました。一つのif文を例にしても、これは使われているのか、なくてもいいのか、なんのために使われているのかといったことを、一つ一つ判断していきました。

とても大変そうな作業ですね。

志村くる日もくる日も開発現場でソースコードとにらめっこの世界でした。残っているソースコードの中から、過去を掘り起こしていく作業は大変でしたね。また、鉄道分野の用語は、昔から使われている用語も多くて難しかったです。例えば、"軌道回路の落下・扛上(こうじょう)"といった用語があります。鉄道業界では常識的な用語なのですが、最初はどういう意味なのかわからないので、そのたびに立ち止まって、調べていく必要がありました。

リノベーション技術の3つのプロセスの中で、このReformプロセスがいちばん大変であり、いちばん大事なプロセスです。このプロセスを進める中で、システムのノウハウもわかるようになりました。

図4 鉄道運行管理システムの概要
鉄道運行管理システムの概要

システムの原理・原則を見いだす

次はRefineプロセスですね。

写真「志村 明俊(しむら あきとし)」

志村Refineプロセスでは、Reformプロセスで洗い出した機能について、「なぜこの機能が存在するのか」、「なぜここで必要なのか」を把握することで、システムの原理・原則を見いだします。

機能仕様書にも"ふるまい"、つまり機能は書かれているのですが、その機能に至った理由、何を考えて機能を作ったのかは書かれていません。このため、有識者にヒアリングして"何を考えていたのか"を掘り起こしていきました。

この何を考えていたのかを発掘する作業、仲間内では「システム考古学」なんて呼んでいるんですよ。機能に秘められた開発当時の思いを発掘する作業が考古学に似ているね、ということで。

発掘作業は順調に進みましたか。

志村「なぜこの機能があるのですか」、「なぜこのようなふるまいをするのですか」といった質問を有識者に投げかけるのですが、鉄道に詳しい方にとっては当たり前のことだったらしく、「当然の機能だよ」、「そういうものだからだよ」といった答えしか返ってきませんでした。しかし、よくよく聞いてみると、「こういう線路形状だから」、「ここで分岐しているから」など、線路形状に関係することだとわかってきました。

この結果から、ふるまいの理由が線路形状にあるのではないか、線路形状と機能を対応付けて、モデリングできるのでないか、ということに思い至ったのです。例えば、列車は線路の上を走っていますが、列車が止まるのは信号機の手前、列車が走り始めるのも信号機の手前です。また、信号機の手前は防護区間となっていて、防護区間には列車は1台しか入れません。つまり列車は物理上の制約と、安全上の制約の組み合わせで構成された線路の上を走行します。これが原理・原則で、原理・原則の上でしか列車は走れません。そこで、原理・原則である物理形状や制約条件をうまくモデリングして、この線路にはどんな機能が必要なのかを、一意にひも付けることができないかと考えました。

線路が決まれば必要な機能も決まるのですね。

志村はい。実際に線路形状のモデリングまで完了し、どこまでシステムを再構築できるかについては検証中です。また、これと並行して、3つ目のプロセスであるRenovationプロセスも進めています。原理・原則を使った制御に対して、運用情報や新たな情報技術を使ったITサービスなどを後からマッピングできるようにという取り組みです。

竣工時よりもう1段レベルを引き上げる

Renovationプロセスではどのようなことをしていくのですか。

志村鉄道運行管理システムの運用に近い情報として、ダイヤグラム(以下、ダイヤ)があります。このダイヤと制御を分離して、ダイヤ自身もある程度モデル化し、簡単に制御とマッピングできる形にできないか検討しています。列車はダイヤという計画に合った走りをしています。しかし、ダイヤがあるから制御できる訳ではありません。制御は制御で独立してあり、ダイヤを後からマッピングできることが本来の姿ではないかと考えているのです。

いまはお客様ごとにシステムが最適化されています。お客様からこういうダイヤで運行したいと要望があったら、そのダイヤに合わせて運行するようになっています。これを「制御はできるようにしました。どのように列車を走らせたいかダイヤを教えてください。そうすれば、ダイヤに合わせて列車を制御できますよ。」という形で作れないかという考えです。

国内の鉄道会社は、先ほど説明しましたように上下一体という事業構造が当たり前ですが、海外ですと上下分離が当たり前になっています。列車の運行会社ごとに望むダイヤがありますので、いろんなダイヤにうまく追従できるような状態を作り出せないかと考えています。

図5 制御とダイヤをマッピング
制御とダイヤをマッピング

まさしくいまのシステムからの"リノベーション"ですね。

志村いままでとの違いは、すぐには出てこないと思います。しかし、こういったことをしっかり続けていくと、例えば、新たな路線や線区を作りたい、こういう駅を作って、こういう線路を敷きたいというときに線路配線がわかれば、システムを構築できるようになります。

日本ではある程度利用者を想定できるため、利用者に合わせてダイヤを作れます。しかし、鉄道が発展していない国では利用者がどういう風に利用したいのかなど、利用形態がわからないと思います。このため、利用者の声をすぐさまダイヤにフィードバックでき、そのダイヤに従って、すぐ列車が運行できる。このように住民を交えたシステムの開発サイクルが早くなる世界を描いていきたいと思っています。

リノベーションという言葉は建築業界をヒントにしているとお話ししました。国土交通省では、竣工時よりももう1段レベルを引き上げて、機能を高めていくことをリノベーションと定義しています。わたしたちがしようとしていることも、まさにそういうことなんですよね。

リノベーション技術が描く新しい世界

今後はこの技術をどのような分野に適用していくのでしょうか。

志村電力、水道など、社会インフラ全般に適用していきたいと思います。鉄道と同じように、昔から使われてきた技術や同じような問題があるでしょうから、"システム考古学"の出番だと思います。また、わたしはこのリノベーション技術の前に自動車向けの情報配信技術などの研究をしていたこともあって、モビリティに興味があります。このため、車は車、鉄道は鉄道ではなくて、車と鉄道、つまり"人や物を運ぶもの"といった大きなくくりで社会インフラを考えていきたいですね。例えば鉄道が動かなくても、車が動けば目的地に行ける、といったマルチモーダルな都市交通にリノベーション技術を適用していきたいです。

これからの社会インフラシステムのあり方についてどうお考えですか。

写真「志村 明俊(しむら あきとし)」

志村社会インフラシステムとはそもそも当たり前のものでなくてはいけません。しかし、有事のときも含めて当たり前に存在しているかというと、日本でもまだまだだとわかりました。また、日本では駅に行けば決まった時間に電車が来る、家に帰れば電気がつく、蛇口をひねれば水が出る。それが当たり前ですが、そんな当たり前の生活が当たり前ではない国もあります。このため、ありがたいと思う価値観も国によって違ってくると思います。

日立が海外で社会インフラシステムを構築するとき、お客様にニーズを聞き、必要な機能を確認して、そこからシステムを構築していたのでは間に合いません。そうではなくて、お客様のところや現地に入り込んで、お客様の声を聞いて、一緒にシステムを作れるような仕掛けをRenovationプロセスの中で作りこんでいきたいです。

その国に行って何が必要なのかを見える化して、その国にとって変わらないものが何なのかを掘り起こす。そして、その国の人たちと一緒に、その人や国に必要なシステムやサービスを簡単に作れる。そんな仕掛けがこれからの社会インフラシステム作りに必要ではないかと考えます。

特記事項

  • 2013年5月7日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。
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