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Hitachi

日立の鉄道ビジネスユニットでは、車両から信号システム、サービス・メンテナンスまで、総合的な鉄道ソリューションを提供している。その鉄道ビジネスユニットでも最大級の成果が、英国の都市間高速鉄道計画(IEP:Intercity Express Programme)の受注だ。本成果に関しては今年、「英国都市間路線向け高速鉄道車両(Class800シリーズ)の開発」で「第48回 産業技術大賞 審査員特別賞(主催:日刊工業新聞社)」を、また、「英国の社会インフラとなった高速鉄道車両(Class800)システムの意匠」で「令和元年度 全国発明表彰 恩賜賞(主催:公益財団法人発明協会)」を受賞している。
日本と英国を橋渡しして成し遂げる必要があるプロジェクトを、どのように日立の協創の力が支えていったか。日立製作所 研究開発グループの高田(こうた)裕一郎主任デザイナー吉澤尚志研究員干鯛(ひだい)正隆研究員に、その実情を訊いた。

(2019年9月4日 公開)

三人三様、多彩な興味から鉄道ビジネスへ

高田現在は、研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部の主任デザイナーとして務めている。入社以来、プロダクトデザイナーとして働いている。美術大学の出身で、インダストリアルデザインを学んだ。学生時代は自動車のデザインを研究していたが、就職活動が始まるころにもっと自分が活躍できそうな分野を探すことにした。自動車は高額なものであり、当時から一定レベルのデザインが施されていたからだ。そこで、デザイン的に進化の余地があると考え、家電デザインの道に進むことにした。そして家電メーカーを受験し、日立に入社することになった。

入社後は、携帯電話のデザインを担当した。スティック型、折りたたみ型、スライド型、2軸反転タイプなど、日立の携帯電話の歴史にはほとんどすべてかかわってきた。ところが、携帯電話事業が堅調な時期に異動の辞令が発令し、鉄道に移った。鉄道事業のデザイン担当は、車両や乗客へのインフォメーション、駅施設など複数の担当がある。車両デザインは、社内外のパートナーと協力し国内から海外までの需要に対応している。

干鯛機械イノベーションセンタ 高度設計シミュレーション研究部で研究員を務めている。学生時代は制御理論の研究室で、制御したい対象を数学的に記述して、どのように動かし、止めるかといった研究をしていた。もともと物理よりも数学が好きで、研究室に配属されるときも、授業で面白いと感じた制御理論をめざした。研究室に配属されたとき、先生から「研究で制御する対象は自分の意志を持って選んでも良い」とご指導頂けたことに加え、鉄道が割と好きだったこともあり鉄道車両を数学的にモデル化して制御することにした。鉄道車両の部分のモデル化は自分で論文を読み、制御理論の部分は研究室でご指導頂く形で研究を進めることができた。大学院の修士課程まで進学して研究を続けた。

そうした研究を続けていたので、就職は鉄道業界に行きたいという自然な流れがあった。鉄道会社やメーカー、研究所などを検討した中で、日立との相性が良かったと感じていたところ、採用してもらうことになった。入社してからも、鉄道車両の耐脱線安全性や走行時の揺れなど、理論式にのっとって机上検討する研究をずっとやらせてもらっている。実際の鉄道車両では計算通りにいかない難しさがあり、甘いものではない。しかし、地道なところが性格に合っているのだと感じている。

吉澤私は機械イノベーションセンタ 信頼性科学研究部で研究員をしている。大学時代は医療ロボットの研究をしていた。遠隔で操作可能な装置を作って、手術実験などを行っていた。現在では手術用ロボットが実用化されているが、当時の私たちの研究では実用化はまだ遠いという段階だった。日立に就職したときも、日立で医療ロボット系の研究を行っていたので志望したのだが、配属されたのは自動車関係の研究だった。自動車の騒音振動を低減させるコンポーネントを作っており、その研究に従事した。一時期米国に出向して、帰国してからは鉄道の騒音振動の低減についての研究をしている。自動車も鉄道も騒音振動の面では技術的な根本は同じ。

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海外のビジネスで長期的な利益確保をめざす

高田英国の都市間高速鉄道計画(IEP)の受注に至るまでの経緯を簡単に説明したい。国内の鉄道ビジネス市場の伸びが期待できない中で、日立としては海外にもビジネスを広げる目的があった。海外市場を見たとき、当時の英国は比較的安定した国であった。その上で、自国に車両メーカーを持たず、発注先の欧州の車両メーカーに対する品質や納期の課題が顕在化していた。また、2000年以降に英国政府から鉄道事業に対して大規模な投資が見込まれ、さらに保守サービスの運用までの受注の機会があった。長期的な利益確保につながることから、英国をビジネス拡大のターゲットとした。

当初、いくつかの案件で入札に応じたが、なかなか受注につながらなかった。原因を分析したところ、欧州で「HITACHI」は家電メーカーだと思われていたことがわかった。なぜ鉄道なのか、英国に進出しようとするのはなぜか、英国で根を下ろしたビジネスができるのか、日本品質を英国で提供できるのか--。さまざまな疑問が寄せられていたのだ。そこで、鉄道分野におけるHITACHIブランドを欧州で確立させるため、展示会やセミナーなどで講演の機会を増やしたり、英国の古い車両に日立の機器を載せて走行するテストトレインで性能・機能を実証したりしてきた。さらに現地の社員を増やし、英国でビジネスの根を下ろすことも具体的に示してきた。

そうした努力の成果から、2005年に初めて欧州の高速鉄道車両としてクラス395(British Rail Class 395)を日立が受注することになった。ジャベリン(Javelin、投げ槍の意)の愛称で親しまれている車両で、2009年から営業運転を開始した。2012年のロンドンオリンピックの際には会場アクセス用でも活躍した。クラス395は、納期の6カ月前に車両を納めるといった日本品質を具現化し、日立の鉄道ビジネスの力を知らしめることになった。

認知度の向上、実績の積み重ねを経て、IEPのプロジェクトに入札した。もともと、英国進出はIEPのプロジェクトを受注することを目的にしていたこともあり、下準備は綿密に行ってきた。IEPは866両の車両の納入と、27.5年間の保守契約を含み、当時の新聞報道によると58億ポンド、1兆円規模の超大型入札であり、受注できれば大きなビジネスの成果になるものだった。

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電化区間と非電化区間を走破できるバイモード技術

吉澤結果から言うと、2009年に優先交渉権を得て、その後には欧州金融危機による紆余曲折があった後に、2012年に成約して、2014年7月に受注契約を最終的に締結するところまでこぎつけた。IEPはそもそも、機関車で牽引するような車両を30年、40年にもわたって使用してきた状態から、最新の車両に置き換える都市間高速鉄道計画だ。車両が走行するイーストコースト本線(ECML)やグレートウェスタン本線(GWML)は、電化区間だけでなく非電化区間がある。電化区間と非電化区間をまたいで走行できる「バイモード」への対応が当初からの要件だった。

欧州金融危機などの影響から、乗車定員の増加や加速性能の向上を求められ、複数の車両に動力を持つ動力分散型のバイモード車両の方式を提案することになった。動力分散型のバイモード車両は、電化区間では架空電車線(架線)から取り込んだ電力を使って、動力車のモーターを動かして走行する。一方、非電化区間では動力車の床下に備えたディーゼルエンジンを駆動して発電し、その電力でモーターを動かして走行する。こうすることで、電化区間と非電化区間の双方に対応する。複数の車両が動力車であることから加速性能も得られるバイモード車両の提案で、IEPの車両を受注することができた。一方で、動力車には客席の下でディーゼルエンジンが稼働することになる。対策を施さないと乗客にとってうるさいと感じられてしまう。そのため、振動と騒音を防ぐための措置には念を入れた。といっても、騒音振動対策にマジックはない。一般的に言われている方法を丁寧にきちんと行うことで、騒音振動を防いでいった。

干鯛日立のチームが落札できたのは、クラス395の成功があったことが大きい。クラス395のプロジェクト途中でIEPの入札が始まった。クラス395の実績を踏まえた評価を得られた。英国内に工場を設置して雇用を創出することも、落札への後押しをした。

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徹底したカスタマイズを日英の協力で実現

吉澤IEPの案件は、さまざまな面での仕様が細かい。現在のグローバルの鉄道車両事業は、基本的にはプラットフォームとなる車両の構成があり、それを市場に合わせて調整して売り込むというものだ。しかし、日立は日本式の対応をした。お客様の仕様に合わせて地道に徹底的なカスタマイズをして、提案していった。バイモードの動力分散型の車両に関しても、当時グローバルで数少ない案件であり、日立においても実績が無かったが、新規開発したことに対して、日立のカスタマイズの力は高く評価されたと考えている。

高田英国側には日立レールヨーロッパという会社を作り、日本の研究所、工場と連携しながらカスタマイズやローカライズを進めた。落札後の話になるが、1分の1(原寸大)の運転台のモックアップを作って、鉄道事業者の担当者に実際に乗ってもらってダメ出しを受けたり、先頭車両の完全なモックアップを作って最終的な確認を行ったりした。こうした物理的な作業は日本からの遠隔では成し遂げることができない。デザイン面では私も英国に赴任し対応したが、現地の日立レールヨーロッパが主体になって作業を推進したことで実現できたと感じている。日立レールヨーロッパを設立して現地化を進めたことが、きめ細かいカスタマイズに対応できたことの1つの要因だろう。

干鯛実際に車両を製造していくと、試乗の段階でも鉄道事業者から騒音などについてコメントされることはあり、それぞれに対応が求められる。一方、製造は英国で、開発や研究は日本であるため、その間のコミュニケーションの力が求められるプロジェクトだったと思う。私の部署からも上司が英国に長期間滞在し、日立レールヨーロッパからの要求を日本の部隊に伝える役割を果たしていた。キーマンが英国にいて、キーマンを経由してコミュニケーションを取ることで、現地とのやり取りがスムーズに進んだと感じている。

高田日立レールヨーロッパに日本の出先の小さな開発部隊があるようなイメージだった。日本との細かなやり取りは日本語で行い、一方で現地のコネクションは日立レールヨーロッパに確立してもらうという仕事のスタイルが、日英の協創に欠かせなかったと思う。

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運用・整備のしやすさにデザイン面からサポート

高田デザイン面では、クラス395からIEPで変化した部分もある。クラス395では、先頭車両がガラス面も含めて段差のないフラッシュサーフェスでデザインされている。そのため、風防ガラスの形状が複雑になり、重さや厚さがある。IEPでは、先頭部分からガラスの両脇を通る強いキャラクターラインを用い、一方でガラスの部分を車両の外装から一段落としている。自動車のフロントガラスなどでも用いられるデザイン手法だ。こうすることで、ガラスの形状を外装の曲線に合わせて複雑にする必要がなくなる。重さや厚さは3分の2程度にでき、ガラスの生産性向上につなげることができた。

さらに、こうしたデザインは製造段階の問題だけでなく、運用・整備でもメリットをもたらした。ガラスと車両の外装に一段の段差があることで、シールが打ちやすくなるのだ。不慣れな現場でも、段差があるガラスならば容易にシールができ、ガラス交換などの際のメンテナンス性が向上する。

吉澤英国の鉄道事業者との間では、トレインアベイラビリティと呼ぶ運用の規定がキチンと契約で決まっている。毎日、決められた時刻までに車両を運用できること、故障や障害があったときには一定の時間以内に交換できることといった、細かい仕様が定められている。契約を守れない場合にはペナルティがあるため、運用・整備のしやすさも車両を開発する上で重要なポイントだった。そうした中でデザイン部門と連携した開発が求められた。

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専門の枠を超えたコラボレーションへの意識の目覚め

高田日英のコミュニケーションも変わってきた。今ならば、簡単にVR(仮想現実)やCAD画面を共有しながらビデオカンファレンスが可能だが、5年前にはそのような環境はなかった。ビデオカンファレンスとVRを組み合わせれば、英国のデザイナーとコラボレーションすることもできそうだと考えている。空間上にVRで車両を置いて、立体を共有しながら絵を書けたらスムーズにコミュニケーションが取れるだろう。2013年ころにもVRを導入しようと考えたことはあったが、当時はスーパーコンピューター並の処理性能が必要で現実的ではなかった。今ならば高性能なラップトップPCで対応できるようになってきた。

干鯛鉄道の技術開発に10年ほどかかわってきて、いま思っていることは「壁を越えること」だ。機械系の技術の中で、それぞれが専門領域をもって研究開発を行っている。音や振動でお互いに線を引いているのが現状だ。しかし、海外とコミュニケーションしながら開発する経験から、各自の専門をまたぐような研究をしたり、さらには総合電機メーカーの力として車両と電気の部門が協力することでより良い製品を作ったりできるのではないかと考えるようになった。まずは機械系の中でも壁を越えられるように発信していかないといけないと感じている。

吉澤振動騒音の中でも、とくに騒音の予測は難しい。現在でも設計段階である程度の予測はしているのだが、実際に作ってみると想定とは異なることも多い。昔から言われているのだが、電車の場合は台車やパンタグラフ、空気騒音など、騒音の原因が多岐にわたる。そうした複合的な騒音をシミュレーションで予測しながら設計できるようになることが1つの目標だ。

干鯛鉄道の設計は理屈通りでない部分が多い。経験的にやってきた方々の知見が非常に多くあると感じている。理屈と経験の間の壁を取り去り、少しずつでも対応できる領域を広げていけるようにしたい。

高田デザイン面では、グローバルな視点をもっと採り入れないといけないと考えている。IEPやクラス395などでは「日本っぽいね」と言われることがある。グローバルな市場では、さまざまな文化、考え方の人が鉄道を利用する。鉄道は愛されて長く使ってもらわなければならない。そう考えたときに、グローバルな視点を持ちながら、日本の良さを織り交ぜてデザインできるようにしていきたい。自分たちをよく知ることを通じて、日本文化の良さを咀嚼して、世界に通用するデザインをしていかなければならないと感じている。

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世界を相手にするとき日本の伝統の原点に立ち返る

写真:高田 裕一郎

日本の着物などの本を参考にすることがある。「衣匠美」(白洲正子著、世界文化社)や、「着物と日本の色」(弓岡勝美著、ピエ・ブックス)などがその代表。どちらもこれを直接デザインのリファレンスとして使うわけではないが、新しいプロジェクトを始める前に日本の美の原点のようなところに立ち返ることで、一度考えをリセット・再認識し、発想のスタート地点に立てる気がしている。

本から得られる考え方や、立ち居振る舞いや、美意識などの日本文化が、グローバルを相手にデザインするときの参考になると感じている。

高田裕一郎 Kota Yuichiro
日立製作所 研究開発グループ
東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナー

自分の殻を捨てることの必要性を学ぶ

写真:干鯛 正隆

最近読んでいいなと思ったのは、「自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド」(石井朋彦著、WAVE出版)だ。現在はアニメプロデューサーとして活躍する若き頃の著者の石井氏が、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーに教わったことを書いた本。仕事への取り組み方の意識として「まず捨てなさい」という。アニメ制作でも研究者でも、自分のエゴはある。いったんそれらを捨てて、多くの人からもらったものを受け入れなさいという意識改革の気づきを与える本だ。

自分の仕事と照らし合わせると、長くやってきたことについてはどうしても凝り固まりがち。他の分野の人がどう思っているかをまず聞いて、採り入れられる部分はないかと考えるきっかけになる。

干鯛正隆 Hidai Masataka
日立製作所 研究開発グループ
機械イノベーションセンタ 高度設計シミュレーション研究部 研究員

ブレークスルーのきっかけはタイムマシン!?

写真:吉澤 尚志

本はあまり読まないのだけれど、「タイムマシンの作り方―光速突破は難しくない!」(ニック・ハーバート、講談社ブルーバックス)が好き。もう絶版かもしれない。仕事とは直接の関係はなく、それでもときどき読み返している。相対性理論の基本がわかりやすく書かれていて、タイムマシンが実現できるかできないかを理論的に解説している。騒音・振動など波動関係の研究をしていると、光も波動であり量子論的な波動の考え方がわかりやすく書かれていることから、異分野の見方が参考になるかなと思う。

さまざまなところでブレークスルーが求められる中で、ブレークスルーがどういうときに生まれるのかと考えると、異なる分野の知識に触れたときに生まれるのではないかと思う。この本を読むことで、視野を拡げることの必要性を改めて感じる。

吉澤尚志 Yoshizawa Takashi
日立製作所 研究開発グループ
機械イノベーションセンタ 信頼性科学研究部 研究員

特記事項

  • 2019年9月4日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。