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企業情報研究開発

工場の生産ラインなどでは、上流工程で起きたトラブルが下流工程に影響を及ぼし、生産が間に合わないケースがときに発生します。上流工程で起きたトラブルの影響範囲を即座に予測し、早い段階で対策を講じることができれば、トラブルにも揺るがない、安定したサプライチェーンが実現できます。日立製作所では、過去、現在、未来にわたって生産状況が「見える」生産管理技術を開発。トラブルの派生を未然に防ぎます。

(2012年4月17日 公開)

いま求められる生産管理技術

これまでの生産管理技術の課題は何だったのでしょうか。

写真「野中 洋一(のなか よういち)」

野中従来の生産管理は、ストップウォッチなどで計測した作業時間を基準に、単純な足し算で作業を見積もっていました。例えば、ある部品を一つ作る作業が10分掛かったら、「10個作るためには100分掛かるから100分の作業に見合う作業者を用意しましょう」というようにです。

そのような管理で何が問題かといいますと、すべての部品が正確に10分で組み立てられるわけではないということです。初心者と熟練者とでは、同じ作業に掛かる時間が異なるでしょうし、同じ人でも日や時間によって好不調があるかもしれません。わたしたちは、この現象を「ばらつき」と呼んでいます。この「ばらつき」を視野に入れないと、正しい作業時間を見積もれません。

写真「杉西 優一(すぎにし ゆういち)」

杉西また、正確な生産管理をするためには、個々の作業のばらつきに加え、上流工程が下流工程に及ぼす影響も視野に入れなくてはなりません。シンプルなラインの工場なら、問題がある個所を特定することも比較的簡単です。しかし、電子デバイス部品を製造している工場などでは、同じ装置を複数の異なる工程で使ったり、複数の異なる製品を通過させたりと、製造物が流れる経路が入り組んでいて、現場を見ただけではどこでどのような問題が起こっているか特定するのが難しいのです。どこで問題が起こって、将来どのように波及するのか。それがわかる仕組み作りが必要でした。

そのような課題に対し、どのようにアプローチしたのですか。

野中まず、確率統計の理論を使って、「ばらつき」を考慮した作業状況を数値化しました。そしてさらに、上流工程と下流工程の関係がわかるように「時間」の変数を加えました。

工場の作業状況は「非線形現象」であり、そう簡単に予測できるものではありません。2000年当時、予測の実現は無理だと思われていました。一方で、わたしは確率統計の理論を使えないかと考えていたんです。国内では研究されていない分野でしたが、マサチューセッツ工科大学で研究されているということで、社費留学させてもらいました。その留学で得た成果が、この技術のベースになっています。

トラブルの影響を可視化

開発された生産管理技術の特長を教えてください。

野中特長は大きく二つあります。一つは「可視化」です。生産状況を目で見える形にしました。例えば、日立が自動車の部品を作り、自動車組み立て工場に納めるとします。日立の工場で何か不具合があると、時間を追うごとに、トラブルが上流から下流の工程へ派生し、最後には組み立て工場に納品できないなど、ご迷惑が及びます。このようにトラブルが伝ぱしていく様子を示した図をコンピュータ上に表示します。

そして、もう一つは「管理」です。「可視化」するだけでは「生産『管理』」になりません。そこで、可視化した生産状況を踏まえて、「どんな対策をすれば、想定どおりに作業を完了できるか」を検討できるシミュレーション技術を開発しました。

杉西図1は、作業状況を可視化した様子です。縦軸が時間で、上が過去、下が未来を表しています。そして、横軸は生産工程です。左が上流工程で右が下流工程。各マスは、ある時間のある工程の生産状況を表現しています。

図1 生産状況の可視化
生産状況を可視化した様子

杉西今回開発した生産管理技術は、「平均値」や「標準偏差」といった、一般的な確率統計の理論を応用しました。まず、現在までの作業状況を計算式で数値化し、青、黄、赤の3色で表現します。青色は「生産変動が無視できる静的な状況」、黄色は「生産変動がときどき起きている状況」、赤色は「生産変動が起きている状況」を表します。何かトラブルが起きて作業が停滞していれば、その停滞度合いによって色が変わります。ここまでは、平均値と標準偏差で表現が可能です。そこへ「上流・下流」、「時間」との関係を導く計算式を考え、掛け合わせたのです。

図1では、過去のある工程で装置の故障が起き、生産変動が起きたことを示しています。そして、時間が経過するに従って、下流の生産工程に赤や黄色が伝ぱしていますね。

影響が及ぶ様子がよくわかります。これを基に、どう生産を「管理」するのですか。

野中現在、黄色や赤色になっている部分があっても、納品などの最終工程が青色になっていれば、問題ありません。いまどんな生産管理をすれば、下流工程へ伝ぱしていくトラブルの影響を消せるのかを、作業者の人数、機械の数、作業者の残業時間などをキーにして、シミュレーションで検証します。例えば、現在稼働している装置だけでは納期に間に合わないなら、装置の追加を検討してみる。つまり、どの期間に何台装置を追加したら納期に間に合うか、シミュレーションしてみるわけです。その結果、予定どおりに納品するために必要な追加台数や追加する期間がわかり、適切に対策できるのです。

ログデータを利用した「ばらつきモデリング」

正確に生産状況を表現するための情報は、どこから入手するのですか。

杉西いままでも、生産管理のために情報の収集は行われていましたが、人による計測のためぶれが生じたり、一度測ったらなかなか見直されなかったりと、実態に即した情報とはいえませんでした。正確な作業状況を見積もるためには、各工程の「正確な」作業時間の情報が必要です。

そこで着目したのが、工場の生産ラインから上がってくるログデータです。工場では、ある部品を作る作業がいつ始まっていつ終了したかといったログデータが1日に数百万件と上がります。このデータを利用して、「ばらつきを排除した、その部品を作るのに掛かる純粋な時間」を割り出そうと考えたのです。ログデータは毎日上がってきますから、その日その日の新しい情報を基にすることができます。

ログデータを、どのように使うのですか。

野中統計処理の理論を使って、各工程の処理時間を数値化(モデル化)します。わたしたちはこの手法を「ばらつきモデリング」と呼んでいます。

図2は、縦軸がログデータから読み取った情報、つまりその作業に掛かった時間です。横軸は、その作業中いくつ部品を作ったかを示します。

図2 ばらつきモデリング(量産製品型)
量産製品型のばらつきモデリングの仕組みを示した概念図

野中グラフ上にある点一つ一つが、個々の人や機械の作業実績の値です。この点の集まりを見ていくと、どの処理個数においても、「この時間より下には点がほとんどない」という時間が見えてきます。その時間を結んだラインの傾きが、その工場の、その工程における本当の実力です。また、グラフの上部になればなるほど、点がまばらになっていますね。これが「ばらつき」にあたります。この「ばらつき」も計算に含め、正確な作業時間を割り出せるようにしました。

社会インフラ系の工場にも対応

ログデータが少ない場合は、どうするのですか。

野中鉄道や発電所など、社会インフラ系の生産物の場合ですね。1年間にそう多くは生産しませんから、先ほどの統計手法でモデリングしようとしても、サンプル数が少ないために信頼できる値は出ません。そこで「多変量解析」という統計学の方法を使うことを考えました。

まず、工場が元々持ち合わせていた情報を使って、作業時間を見積もります。例えば、新幹線の車両を作るのに、「溶接1」、「溶接2」、「穴あけ」、「曲げ(板を曲げる)」の作業があったとすると、1日目は「溶接1」、「溶接2」、「穴あけ」、2日目は「溶接1」、「穴あけ」、「曲げ」というように、毎日異なる組み合わせで作業を進めていきます。これに対し、工場が過去に測定した作業時間を当てはめ、単純に足し算(山積み)して1日の作業時間を見積もります。

一方、工場から実際に掛かった作業時間を日々報告してもらいます。すると、山積みした見積時間と、実際に掛かった時間との間に誤差が発生します。このような調査を日々繰り返していくと、日によって誤差に大小が出てきます。この「誤差の大小」は、作業の組み合わせの違いによって生じるものと考えられました。そこで、さまざまな作業の組み合わせパターンを比較・分析することで、実作業との誤差が少ない予測値を導き出せるのではと考えたのです。その分析に使用したのが「多変量解析」です。

この方法により、見積もりと実作業時間が倍近く異なるというケースもあったところを、実力値にほぼ即した見積もりができるようになりました。

図3 ばらつきモデリング(少量生産製品型)
少量生産製品型のばらつきモデリングの仕組みを示した概念図

図4 ばらつきモデリング(少量生産製品型)の正確性
少量生産製品型のばらつきモデリングの正確性を示したグラフ

「見える」生産管理技術を波及させよう

開発中、苦労されたことはありますか。

杉西現場には、実際に働く方や監督する方などいろいろな立場の方がいて、それぞれ異なる視点を持っていらっしゃいます。システムを提案する側として、広い視点で提案する難しさは感じました。現場のことをよく知るために頻繁に通いましたので、一時期は研究所より工場にいる時間の方が長かったこともありましたね。

写真「野中 洋一(のなか よういち)」

野中実際に現場にいらっしゃるお客様には、経験や勘があります。ですから、ただ計算で作業状況をシミュレーションできるようになりますと持ちかけても、実際に現物を見てその様子がわからないと納得してくださいません。それがいま、日々、リアルな状況がアップデートされるシステムが実現し、お客様に受け入れていただいている。工場長から現場の方々まで、同じデータを見て工場を運用できるようになったことは、大きな事業貢献だと思っています。

杉西また、電子デバイス部品については、改善などで部品の世代が変わっていきます。そうすると、ログの内容もどんどん変わっていきます。急速に変化していく環境にうまく適応できる仕組みを作るのにも苦労しました。

システムが実現できたときには、いかがでしたか。

杉西非線形現象の可視化は難しいといわれていましたから、過去から未来へ事象が伝ぱしていく様子のシミュレーションが形として現れたときには、やはり感動しました。生産ラインにおける非線形現象の可視化に関する論文は、野中が2007年に書いたものがおそらく世界初だと思います。わたしも野中の指揮の下、いろいろ挑戦させていただきましたが、このような先端技術に携われたことをうれしく思っています。

今後、この技術はどのように展開していくのでしょうか。

野中いま、日立グループ内でこの技術が導入されているのは電子デバイスの事業所や発電プラントの部品製造工場ですが、それ以外の分野の製造工場にも適用できるように活動しています。また、日立外に向けての販売活動も進められています。

写真「杉西 優一(すぎにし ゆういち)」

杉西別の分野の製造ラインにこの技術を適用するにあたっては、いままで確立したタイプと異なる製造形態をどうモデル化するかという課題があります。その課題に、しっかり取り組んでいきたいと考えています。いろいろなタイプに対応できる技術を開発し、パッケージ販売したときに、豊富なモデリングタイプを提示できるようにしたいですね。

また、モノづくりという広い観点で見れば、ソフトウェア開発にも、この理論が応用できると考えています。適用範囲の拡大をめざして、頑張っていきたいです。

特記事項

  • 2012年4月17日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。
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