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企業情報研究開発

  • 写真「長岡 晴子(ながおか はるこ)」
    長岡 晴子
    (ながおか はるこ)
    主任研究員
  • 写真「田中 英里香(たなか えりか)」
    田中 英里香
    (たなか えりか)
    研究員
  • 写真「那須 弘明(なす ひろあき)」
    那須 弘明
    (なす ひろあき)
    研究員

ビジネスを左右する要因が複雑化してきているいま、経験や勘だけでない、的確な先読みがビジネスの成功にますます欠かせないものとなってきています。

ビジネスダイナミクス」は、科学的にビジネスをとらえ、的確な先読みをサポートする技術です。ビジネスを成功に導くにはどうすればよいのか。企業の戦略立案をサポートするため、「ビジネスダイナミクス」の研究に情熱を注ぐ方々にお話を伺います。

(2013年9月19日 公開)

ビジネスを的確にとらえるために

ビジネスダイナミクスとはどのような技術ですか。

写真「長岡 晴子(ながおか はるこ)」

長岡マサチューセッツ工科大学のJ.W.フォレスター教授が1950年代に開発したシステムダイナミクスというアプローチをビジネスに応用したものです。システムダイナミクスとは物事の動きの内部構造をとらえ、定量評価しましょうという技術です。まずは評価対象とする事象に関係する複雑な因果関係をモデル化し、さらにそのモデルを数式化して、定量的に評価(シミュレーション)します。

田中近年、多くの企業でグローバル展開を進めよう、サービス事業の比率を高めようという気運がますます高まってきています。しかしいざ具体的に企画しようとすると「不確定な要素が多すぎて、どういうふうにビジネスを設計すればよいかわからない」「失敗する可能性がどこに潜んでいるのか知りたい」となるようです。いったい何がビジネス成功のキーになるのか。ビジネスダイナミクスを利用すると、これを見える化することができます。

那須既存の技術にも、ビジネスにおける要素をツリー状にモデル化する手法など、見える化の手法はありました。しかし、それらの手法では、「一方の要素を優先させると、もう一方が犠牲になる」といったトレードオフの関係をうまくモデル化できません。ビジネスダイナミクスは、そのような関係も含めてモデル化できるところが利点です。

ご自身でもビジネスダイナミクスの必要性を感じられた経験はありますか。

長岡そもそもわたしがこの研究を始めたきっかけが、当時携わっていた別の研究をビジネスとして成功させたかったからなんです。

過去に新事業の企画部署や市場リサーチをする部署に籍を置いたこともあり、わたしにとって、新事業設計は割と身近な存在でした。その中で、残念ながらビジネスが失敗する様子も見てきましたが、事業化を進めることができたビジネスでは、自分たちの研究が世の中に出ていくことのうれしさを肌で感じる体験もしてきました。

そんな経験から、「ビジネスを計画する際、リスクを踏まえた成功率の高いものにしたい。そのための法則性を研究できないものか」と思うようになり、この研究を始めました。

図1 ビジネスに絡む不確定要素の例
ビジネスに絡む不確定要素が多数あることを示した概念図

システムダイナミクスの応用

ビジネスダイナミクスのベース、システムダイナミクスについて教えてください。

写真「田中 英里香(たなか えりか)」

田中システムダイナミクスは、定性分析と定量分析の二つから成ります。

まず、定性分析ですが、因果ループ図(CLD、Causal Loop Diagram)を作成して分析対象の全体像を把握します。因果ループ図は、「ノード」という要素を表す丸と「リンク」というノード間の関係を表す矢印を使って、各要素の因果関係を表現する図です。ノードには、分析対象の全体像を説明するためにキーとなる要素を抽出します。ビジネスの持続性や収益性を分析する場合には、そのビジネスに影響を与える要素などですね。

因果ループ図によってどのようなことを表現できるのか、簡単にご説明しますと、例えば、起業したばかりの組織があったとします。利益が上がると人を追加したり、何かしらシステムを拡張したり、組織力を上げる投資をします。その結果従業員数が増えて、従業員数が増えるとそれだけの働きをするので売上が上がり、売上が上がると利益が上がる。このように、「利益」、「組織力」、「従業員数」、「売上」という要素の間に正の循環(ループ)が流れるようになります。ただここで無計画に従業員数を増やしてしまうと、原価が上がる。「原価」が上がると「利益」が下がるという、負のループも発生します。このように、因果ループ図によって整理すると、起こりうるさまざまな現象を因果関係として図式化することができます。

そして、作成した因果ループ図を基に、実際に数値としてどう現れるかを定量分析します。SD(System Dynamics)モデルという別の図式に落とし込み、事象を数式化するのです。そして、導き出した数式に数値を当てはめ、定量評価していきます。

図2 ビジネスダイナミクスのベース「システムダイナミクス」
ビジネスダイナミクスのベース「システムダイナミクス」の概要を示した概念図

このシステムダイナミクスをどのように応用したのですか。

長岡システムダイナミクスの理論を理解したところで、実際にビジネスをモデル化しようとしても、簡単にはいかないんです。モデル化する人間の主観が入るため、同じビジネスを対象にしても、人によって全然違うものが出来上がることもあります。ですから、モデル開発をもっとシステマティックに実施できるようにしました。つまり、モデル化する人のスキルや経験を補完し、ある程度以上の結果が得られるように、モデル化を支援する手法を開発・整備しています。

三つの支援技術

開発・整備した支援技術について教えてください。

長岡大きく三つあります。一つ目はビジネスの構造を大枠でとらえるための「事業構造テンプレート」。二つ目は、過去に実績があり有用性があると見なしたモデルを、再利用できるように部品化した「部品モデル」。そして三つ目は、完成したモデルを分析するときに用いる「規範モデル」。規範モデルは、失敗に陥りやすい構造、成長が見込める構造といったモデルパターンを過去の構造分析結果から抽出したものです。パターンマッチングすることでビジネスを評価することができます。

図3 三つの支援技術
三つの支援技術の概要を示した概念図

長岡最初は、いままで作ってきたモデルを部品化し、組み合わせて利用できるようにしようということで、部品モデルの作成からアプローチを進めていきました。

ただ、作成した部品モデルを使ってビジネスのモデル化を試みていくうちに、やはりまず「大枠」を定義しようという話になったんです。つまり、部品モデルを使いながらモデル化を進めていくのはよいけれど、洗い出した要素で十分なのか偏りがあるのか、判断する基準がない。要素の抜け漏れがないか判断するためには、まずどのような種類の要素を検討すればいいのかがわかる枠組みが必要だ、ということになりました。

そこで考えたのが、事業構造テンプレートです。

事業構造テンプレートは、どのように形にしていったのですか。

那須世の中に知られていて納得性の高い指標群をベースに仮説を立て、整理していきました。いろいろな事例に適用してブラッシュアップし、いまは評価対象の分野に応じて数種類ほど形になってきています。

長岡図4はテンプレートの一例です。BSC(Balanced Score Card)、3C(Customer・Competitor・Company)、PEST(Political・Economical・Social・Technological)の視点を取り入れています。

BSCの視点は、ビジネスを評価するときに大抵は収益が最も重要な指標となるため、収益と業務や顧客との関係性を見るために取り入れています。3Cの視点は、お客様側の変化や自分たちの行動に対して競合他社がどう動くかもビジネスの影響要因となるためです。PESTの視点は、グローバル化・サービス化の際には、法規制など、自分たちではコントロールできないような外的要因が影響するため、それぞれ枠組みに取り入れました。

図4 支援技術の一つ、事業構造テンプレートの例
支援技術の一つ、事業構造テンプレートの例

田中この事業構造テンプレートを使えば、ビジネスを企画する方の頭の中にあるアイデアを整理してもらう、ブレイクダウンしてもらうことができます。頭の中にあるキーワードをまず外に出してもらい、わたしたちの用意したフレームワークの上で並べ、因果ループ図を作っていくんです。

その過程で、議論が集中しているところ、薄いところなどが見えてくる。例えば、出してもらったキーワードをテンプレートに並べて因果関係を整理していったときに、3Cの視点である「市場、競合、業務(自社)」のうち、「競合」に並ぶキーワードが少なかったら、「競合」に関する要素についてももっと議論が必要ですねと。

こういった具合に、気づきを得るツールとして活用しています。

さまざまなビジネスに対応させる

ビジネスダイナミクスの研究では何が大変ですか。

長岡やはり、いままでわたしたちが扱ったことのない分野のビジネスを新たにモデル化すること、ですね。

テンプレートに従って因果ループ図を作っていくわけなのですが、業種によって各枠組みに当てはめる価値指標が全然違うんです。ですから、それぞれの相関関係を探り当てるためにヒアリングしたり本を読んだりと、調査に相当時間が掛かります。

そもそも、支援技術の一つである部品モデルは、この調査を短縮してモデル化の効率を上げるためのアプローチです。ですが、その部品モデル自体がまだ十分ではありません。現在は、苦労しながらさまざまなビジネスをモデル化し、部品モデルのストックを増やしている段階といえますね。

田中現在も、新しい業種や分野からいろんなお話を頂いて、案件対応させていただいているのですが、知らない分野が結構多くて。改めて日立って広いなと。

長岡思いましたね(笑)。まだこんなビジネスがある。また新しいビジネスパターンがきたと。

ほかに苦労した点はありますか。

写真「那須 弘明(なす ひろあき)」

那須わたしはビジネスダイナミクスの定量分析において、ビジネスの変動を的確に数式に表す部分、つまりSDモデル化をする部分で苦労しました。

プロジェクトマネジメントを題材にモデル化したときを例にお話しします。その研究は、システム開発プロジェクトのマネージャがプロジェクトの状況を評価するために用いる「進ちょく」や「コミュニケーション」といった採点項目間の因果をモデル化・数式化し、実際の採点スコアを入力して、将来の状況変化を予測するというものでした。その研究で、因果関係を数式に表そうとしたとき、どう定式化してよいのか判断が難しかったのです。

例えば、プロジェクト内でのコミュニケーションが十分でないと、仕様などの検討が不十分になり、手戻りが発生して、プロジェクトは遅延するケースが多いということが知られています。この現象を定式化する場合、「コミュニケーションの充実度を表すスコアが変化すると、進ちょくのスコアにどれくらい影響が出るのか」を数式にしなくてはなりません。

ですが、スコア自体、人が採点したものですから、規則性といいますか、数式化の観点を見い出すのが難しかったのです。この事例では、プロジェクトマネジメント分野の特性や、プロジェクトマネージャ共通の採点傾向を過去のスコアデータから分析して、仮説を導き、数式化しました。そして、その仮説が正しいか、過去のスコアを使って検証しました。こういった人の頭の中にあるノウハウを数式に表す作業といいますか…ビジネスにおける暗黙知を定式化するのは大変です。

新事業の場合ですと、数式化はもっと大変なのでしょうか。

那須そうですね。そもそもデータが十分にそろっていないので、プロジェクトマネジメントの場合と異なり、データを基にして数式を導き出すことができません。

こちらも事象の理解を深めたり有識者にノウハウをヒアリングしたりしたうえで、仮説を立てて数式化するというアプローチが必要です。そして何より、新事業の場合は検証に時間が掛かります。モデルが過去の事象を表現できるかどうかは過去の実績データを用いて検証できますが、将来をシミュレーションした結果が、本当に正しいかどうかは、ビジネスの経過を年単位で見ないと検証できません。

ただ、仮に検証に時間が掛かっても、やはりモデル化し、シミュレーションする利点は大きいと思います。考えられるビジネスのリスクをシミュレーションによって確認できますし、その結果を基に、現時点で取るべき行動や施策を判断できるようになりますから。

広く使ってもらいたい、ビジネスダイナミクス

この研究に対する思いなどをお聞かせください。

写真「那須 弘明(なす ひろあき)」

那須ビジネスを構造的にとらえて、社会システムとしてコンピュータの中で扱い、将来予測などをしようとしたときに、ビジネスとシステムとの間には大きな隔たりがあると感じています。その隔たりを埋めるのがこの研究です。最終的にそれらをつなげる架け橋を提供できるのだとしたら、やりがいがある分野だと感じています。

写真「田中 英里香(たなか えりか)」

田中わたしはこちらの研究に合流する前、事業企画される方のアイデアを整理するサポートに携わっておりました。そこで因果ループ図を利用していたんですね。ですから、いかにして因果ループ図をアイデアの整理に活用していただくかということに興味があります。

大きく二つの興味があって、一つ目は、「人はどういう状態をわかりやすいと思うか」ということ。ビジネスにはさまざまな人が携わっているわけですから、それぞれの頭の中をまとめた因果ループ図を描き、それを見て意識合わせしてもらうことがあります。ですが、因果ループ図は、混とんとしてわかりにくいという方もいらっしゃいます。スムーズに意識合わせしていただくためには見る人すべてにとってわかりやすい表記が求められるわけです。これを探っていきたいというのが一つですね。

二つ目は、「人は実際どう動くか」です。人は往々にして、机上で考えられる数式や論理などには合わない非合理な行動や判断をすることがあります。その非合理性まで含めてモデル化をしたくて。行動経済学や心理学などを含めてモデル化できればと考えています。

写真「長岡 晴子(ながおか はるこ)」

長岡わたしたちが研究している技術に対して、いくら重要性をアピールしても、「やってもやらなくても結局同じでしょう」と考える人はまだまだ多いと思います。

ただ、わたしの好きな言葉に「実践なき理論は空論。理論なき実践は無謀」というのがあります。これまで、経験や勘を基に「何とかなる」というやり方で進められたプロジェクトに、惜しいと思われることや無駄に見えることをいろいろと見てきました。ビジネス環境が変わるときなど、適切なタイミングでそのビジネスの全体をふかんし、柔軟に軌道修正しながらビジネスを進めていく文化、というものをもっと日々の実践の場に広められたらと思っています。

特記事項

  • 2013年9月19日 公開
  • 所属、役職は公開当時のものです。
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