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これまで用途特化型だった人工知能=AIが多目的になれば、活用範囲が一気に広がります。日立の研究開発グループで研究を続けている矢野和男博士は、世界の役に立ちたいという強い想いから、最初から多目的AIを構想していました。それを現実のシステムとして実現させることができたのは、長年の研究の中でようやく見いだした逆転の発想でした。多目的なAIでなければ企業の役に立たないと語る矢野博士。前回に引き続き、AIについてのお話を伺いました。

世界で初めての多目的AIの開発

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チューリング・マシンから始まったコンピュータは、次第に多目的性を高めてきました。初期のコンピュータは業務が変わるたびにケーブルをいちいち繋ぎ直さなければならず大変でしたが、フォン・ノイマン型ではプログラム内蔵方式となり、多目的性を高めました。

実は人工知能=AIも同じ歴史をたどっていて、ようやくいま多目的化のフェーズに入ったのではないかなと思っています。AIという言葉は最近になってあちこちで聞かれるようになったイメージですが、ここ20年くらいの間に皆さんが気付かないうちにAIを使うようになっています。例えばウェブのお店での商品リコメンド機能や、ウェブの検索もみんなAIです。あるいはチェスや将棋用のAI、クイズ回答用のAIもありました。これらはすべて用途限定です。

でも、われわれの周囲には問題はつねにたくさんあります。それらは検索エンジンやリコメンドエンジンでは解くことはできません。「これからは多様な問題に対応できる多目的AIが必要だ」ということに、データの活用を進めるうちにかなり早い段階で、われわれは気付きました。誰もAIとか人工知能とか言っていない時期です。

すぐにさまざまなビジネスに貢献できた多目的AI

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多くの新技術は、何かしらの用途ありきで開発されるので、基本的に「用途特化」で始まります。携帯も最初は自動車電話として用途特化で始まりました。それが多目的なものに生まれ変わる節目があります。それは、その価値が認められ適用分野が広がり、コストが下がる時です。多目的化されることで、コストが下がり、さらに市場が広がり、またコストが下がり・・・そして自動車電話は今のスマートフォンまで多目的性を高めました。

われわれは、AIもこの多目的化の時期が近いという予測から、最初から「多目的AI」に注力することにしました。というのも、日立はこの多目的AIの実現に大変有利な立場にあると考えたからです。なぜなら日立は、電力、製造業、流通業、金融業、鉄道、交通、水など、世界に類を見ない幅広い分野の業種や顧客とつながっています。多目的AIの実現と自社のビジネスがもっとも整合する会社が日立だと考えたわけです。そして、いろんなビジネスのデータが、すでに社内で集められることも大きなメリットです。扱っている業態の広い日立だからこそ作れた多目的なAI、それが「Hitachi AI Technology/H」です。そしていま、すでに7分野24案件にまで実績を拡大することができています。

例えば、店舗での顧客単価15%向上、物流倉庫の生産性の8%アップ、水プラントのオペレーションコストの低減、コールセンターの受注率の20数%向上――これらはすべて多目的AI、「Hitachi AI Technology/H」が出した実績です。

同時に多目的AIであることは導入を容易にします。一つの会社の中にも改善すべき課題はいくらでもありますよね。例えば小売業でも、適正な発注量は何個か、売れ筋はどれか、従業員は何人必要か、この商品はどこに置くべきか・・・など、そのすべてに専用のAIプログラムを作っていては、時間もコストもかかり過ぎます。でも、多目的AIなら、これらに同じソフトウエアで対応することができ、したがって導入も容易になります。

「粒度」が異なることがデータ活用の障害だった

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従来のコンピュータというのは演繹的でした。つまりプログラムという一般原理があって、そこに条件をいれると、より特定の結果(あるいはデータ)が導き出されるものです。多目的AIの実現にはそれとは真逆のものが求められます。いわば帰納的な処理で、データという特定条件におけるアウトカム(売上や生産性などの指標)の結果から、より一般的なアウトカム向上のための原理を導き出します。たとえば物流倉庫の例では生産性というアウトカムを向上するには、どう作業をスケジューリングしたらいいのか、どう商品を配置したらいいのか、という、より一般的な原理を見つけ出すわけです。

この考え方自体は簡単に聞こえるかもしれませんが、こうした帰納的なコンピュータを実現するには壁がありました。最大の壁は、アウトカムのデータと材料のデータの粒度がまったく違うということです。

それはどういうことかといいますと、例えばゴルフのアウトカムは何回打ったかという数字を下げることですよね。そしてその数字は、1ホールに1個、18ホール回って18個しかないわけです。ところがデータの方は、GPSや加速度センサーで集めれば、ミリセカンドの単位で1ホールあたり何万ものデータが取れるのです。シンプルな1個のアウトカムに対して、データはミリセカンド単位で膨大にある。この粒度にギャップがあるデータをどう扱うかというのが、大変に難しい課題です。よく記事の説明などでは「膨大なデータの間で相関を調べる」などと言いますが、粒度が異なるもの同士では相関なんか調べようがないのです。

従来は、「素振りの回数が多いと成績がいい」といった仮説をまず人間が作るわけです。素振りの平均回数なら1ホールに1つしかありませんので、相関が計算できます。しかし人間が仮説を作ったのでは大量のデータを扱っているメリットがまったくありません。結局、人間の想像の範疇から出ることはできません。

われわれは人間が仮説を作っていたら意味はないという結論に至り、データの粒度の問題をクリアし、仮説を自動で作るAIを実現したのです。「Hitachi AI Technology/H」は、膨大なデータからまず何百万個という仮説を作ります。その仮説群を、過去のデータと照らし合わせながらふるいにかけます。その中から非常に重要な要因をいくつか選び出し組み合わせて、アウトカムが上がるときの条件、すなわち仮説を作り出すのです。

ブランコの漕ぎ方を学ぶのも物流倉庫の業務を効率化したのも同じAI

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われわれは実験として、この多目的AIにブランコの漕ぎ方を学習させてみました。モーターとジャイロを組み込んだ膝の関節が動くロボットをブランコにのせ、多目的AIにつなぎます。そして「振れ幅を大きくしろ」とアウトカムを設定しますが、ブランコの乗り方は一切教えません。どこで膝を曲げるかはAIが考えます。最初は闇雲に動くので、うまく振れたり振れなかったりしますが、たまたまある条件の時に膝を曲げて振れ幅が大きくなると、その実績を学んでいき、ついには人間と同じ漕ぎ方を学びました。さらに学習を続けさせると、なんと膝を一周期に二回曲げるという、AIならではの奥義――「二重伸縮」と呼んでいますが(笑)――を編み出しました。

このブランコの漕ぎ方を学んだ「Hitachi AI Technology/H」が物流倉庫でも動いています。ここでは集品効率を8%向上することに成功しました。 ブランコの実験では「振れ幅を大きくしろ」というアウトカムでしたが、物流倉庫の場合は「1日の総作業時間を短縮しろ」というアウトカムを設定しました。 物流倉庫の作業は、季節の移り変わり、売れ筋の変化、キャンペーン、特売などによって激しく上下します。そんな変化し続ける膨大な要因データに対して、仮説を作ることは人間には不可能です。でも多目的AIなら人間が寝ている間に、データをもとに毎日仮説を作り続けることができます。その結果、8%の生産性向上を実現したわけです。

例えば企業の中には売上情報や顧客情報など、人間が扱い切れない膨大なデータが存在します。でもその中に意思はありませんから、人間が「売上を上げる」という意思――アウトカムを決めてコンピュータにインプットしてあげなければならない。そうすればコンピュータは、「どうやったら売上が上がるのか」という仮説とそのための計算手順を膨大なデータから考えられます。これがすなわち、データからプログラムを生み出すということです。 最初、こうしたことを実行できるコンピュータはどこかにないかと探したんですが、そんな都合のいいものはどこにもありませんでした。仕方がないのでわれわれが自分で人工知能ソフトウエアを作りました。

また、ブランコのAIと倉庫のAIでは、プログラムを変えていないことが重要です。すなわちわれわれのAIは、アウトカムと入力するデータを変更しさえすれば、それぞれに応じた仮説を作ることができるのです。多種多様な課題に対して、膨大なデータをもとに自動で仮説を作り出す多目的AIはビジネスのさまざまなシーンで役立つだろうと考えています。

プロフィール

矢野 和男(やの かずお)

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長
1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引してきた。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。現在、研究開発グループ技師長。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。

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