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Hitachi IoT Platform Magazine

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近年、IoTを活用することで業務の効率化や隠れたトレンドの発見につなげようという機運が高まっていますが、収集した膨大なデータを使いこなすには人工知能=AIが欠かせないと、日立の研究開発グループで研究を続けている矢野和男博士は語ります。世界に類を見ない汎用AIの開発は、様々な企業の問題解決から人間のハピネス(幸福度)を高めることにまでつながるという興味深いお話を3回にわたってご紹介します。

IoTの活用には人工知能がかかせない

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今、世の中でIoTとか人工知能=AIという言葉を頻繁に目にします。私の考えでは、この2つの言葉は別個のものではなく、IoTという概念の中にAIが入っているとも、AIという概念の中にIoTが入っているとも、どちらも言えると思っています。つまり、AIのないIoTはありえないのです。

近年、データを取得するセンサーやネットワーク技術が進化して、ウェラブル端末やロボットなどからデータを容易に採れるようになりました。すなわち、モノのインターネット=IoTです。しかし蓄積されたその情報量は膨大で、もはや人間の能力ではどうにも処理できるレベルではありません。その結果、IoTにはAIを活用した情報システムが必要不可欠なものになってきたのです。

近年話題のIoTですが、私は12、13年前から周囲に対して、その構想を語ってきました。当時、描いた図を見ると、センサーでデータを大量に集めてきてコンピュータで処理すると、自動的に何かフィードバックが出てくる、という今でも目にする図とほとんど同じものです。

そして雑誌などではそんな世界がもう来ているように書かれていますが、でもそうしたシステムはいっこうに実現されていませんし、最近まで実現する方法すらわかっていなかったのが実情です。かくいう私もその図式に則って研究していたのですが、失敗の連続でした。AIが現実のものとなることで、この状況が変わったのです。

じゃあIoTとAIは本当のところ、ビジネスや社会に何をもたらしてくれるのか。これを理解するために、そもそもコンピュータとは何だったのか、ということから考えた方がいいかもしれません。

従来の考え方ではもう生産性を高められない

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19世紀末から20世紀の初めにフレデリック・テイラー(*)が提唱し実践した「科学的管理法」という考え方があります。これは業務をいろんなプロセスに分解し工具や手順を標準化し、合理的に組織化することで、それこそ何十年も技術を磨いてマイスターと呼ばれるようになってようやくできるようになる仕事が、ある程度の訓練で簡単に誰にでもできるようになるという考え方です。そして、この「科学的管理法」によって生産性がそれまでの約50倍にまで向上しました。生産性が上がったということは、少ないインプットで大きなアウトプット──つまり利益が出せるようになったということです。

当時は誰もそんなことができると信じていませんでした。というよりも、「親方と弟子」という既存の社会の仕組みを壊してしまうために、誰からも猛反対されました。しかし実際にフォード自動車の大量生産などで効果が実証され、この考え方が先進国に行き渡り、人々は豊かになっていったのです。

そして時代は20世紀後半になり、コンピュータが登場してきます。人々はコンピュータを有効に活用しようと「科学的管理法」の延長で、再度、業務をプロセスに分解して、組み替えます。すなわちいままで人間がこなしてきた作業のうち、定型化できるプロセスを切り出して、これをコンピュータにやらせようというわけです。その結果、われわれの業務の定型化はさらに進みました。コンピュータは柔軟ではありませんから、「それだとコンピュータに入力できませんからルールに従ってください」というわけです。これによってさらに生産性は上がり、先進国はますます経済を発展させることができたわけですが・・・。

でも「科学的管理法」をベースにしたここまでのやり方は、定型作業が中心の業務では大きな効果を発揮したのですが、いま、日本や先進国では、ナレッジワークやサービスワークが労働の7割8割を占めるようになってきました。ナレッジワークでは変化が命です。今日やっていることと明日やることは違うわけです。つまり、コンピュータで定型化できる業務はそうは多くないのです。

その結果、いま欧米や日本の生産性は頭打ちとなり、経済は伸び悩むことになってしまいました。また、所得格差も広がっています。所得格差を解消するためには、富を作り出さなければいけない。富を作り出すためには生産性を上げなければならない。でも、これまでのやり方ではもう生産性を上げることはできない。21世紀、これまでのコンピュータは限界に来たということなのです。そして同時に、この状況をどうやって打開するかが、いまやわれわれの課題なのだと思います。

(*)
フレデリック・テイラー(1856〜1915)アメリカ合衆国の技術者で経営学者。労働者の作業や道具の標準化で生産性向上を図る「科学的管理法」を発案。「科学的管理法」はこれまでの経営学の基礎のひとつ。

ナレッジワークをサポートできるのは人工知能

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コンピュータはもともと人間の書いたプログラム通りに動くものです。人間が作った仮説や業務プロセスをプログラムとして入力すると、その通りに動きます。

しかし21世紀のコンピュータには、ナレッジワークの生産性を上げるために変化に応じて自動で学習したり、状況に合わせて成長したりすることが求められます。

一方で先述したように、スマートフォンやウェラブル端末、あるいはドローンなど、データを現実の世界から取得する技術は日進月歩していて、取得したデータにはまさに世の中の変化が現れています。

じゃあそれらのデータをプログラムの処理する対象とするのではなく、むしろコンピュータがプログラムを生み出す源にできないだろうか。世の中の変化を反映したデータが自動でプログラム化されることで、コンピュータは自分がやるべきことを柔軟に変えることができるのではないだろうか。これが私の考えるAIです。この考え方に基づき我々が開発した人工知能を「Hitachi AI Technology/H」と呼んでいます。

変化の中で仕事をするナレッジワーカーやサービスワーカーの生産性を抜本的に向上させたい。エンパワーさせたい。20世紀にテイラーがやったように。それがこのAIをつくった理由です。

プログラム不要のコンピュータの誕生

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現実の世界から吸い上げた大量のデータをコンピュータで処理し、その結果を現実の世界にフィードバックするというシステムの構想は、先述の通り12、13年前からわれわれの中にありました。われわれは統計分析や機械学習などを使って、大量のデータから何かフィードバックを導き出そうと研究していましたが失敗の連続で、そのやり方ではコストと成果が見合わないということを学びました。

そして今から7年前ごろ、あることに気付き、研究の方向性を変えたんです。何に気付いたかというと、いくらデータを集めてもデータの中に「意思」はないということ。やはり「意思」の部分は人間が受け持たなければならないということです。

例えば企業の中には売上情報や顧客情報など、人間が扱い切れない膨大なデータが存在します。でもその中に意思はありませんから、人間が「売上を上げる」という意思――アウトカムを決めてコンピュータにインプットしてあげなければならない。そうすればコンピュータは、「どうやったら売上が上がるのか」という仮説とそのための計算手順を膨大なデータから考えられます。これがすなわち、データからプログラムを生み出すということです。 最初、こうしたことを実行できるコンピュータはどこかにないかと探したんですが、そんな都合のいいものはどこにもありませんでした。仕方がないのでわれわれが自分で人工知能ソフトウエアを作りました。

ここでわれわれのAIの大きなポイントは、「汎用」であるということです。つまり世の中で動いているさまざまなシステムと組み合わせることが可能なのです。例えば、ERPシステムにわれわれのAIを組み合わせるとAIベースの学習し成長するERPに変えることができます。SCMのシステムでもCRMのシステムでも、われわれのAIをつけると自分で学習して成長するシステムに変えることができます。

これまで、ある特定の業務専用のAIは数多く存在していました。しかし企業の中にはさまざまな業務があります。それぞれに専用のAIを作っていては、時間もコストもかかりすぎます。汎用のAI――「Hitachi AI Technology/H」は、企業のさまざまな課題にソリューションを提供することができるのです。

プロフィール

矢野 和男(やの かずお)

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長
1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引してきた。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。現在、研究開発グループ技師長。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。

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