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東京大学森川博之教授はIoTの本質は、「物理的資産のデジタル化」だと語り、まだデジタル化されていない物理的資産を探し出し、とにかく始めることがこれからのIoTビジネスの成功の鍵だという。2016年11月26日に開催された「第13回 itSMF Japanコンファレンス」で講演の内容から森川教授のメッセージをお伝えする。

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この記事は、翔泳社が運営するBiz/Zine に、2016年12月26日 に掲載された記事より転載しています。

IoTで経営者の意識が変わった

東京大学教授 森川博之氏
東京大学教授 森川博之氏

デジタルが社会や経済を変えていく時代になった。すべてのモノがインターネットやセンサーを介してつながっていくIoT(Internet Of Things)という言葉が定着した2016年をふり返り、森川教授はIoTの再定義を次のように語った。

「IoTをごくシンプルに定義してみると、それは「アナログのプロセスがデジタル化すること」だと言えます。仕事や日常の中にあるアナログのプロセスを見出し、そこにセンサーや通信を入れてデジタル化する。こういうとなんだか当たり前のように聞こえるかもしれませんが。」

IoTという言葉が定着してから、森川教授は数多くの企業の経営者の会合や講演に呼ばれるようになった。大企業の幹部たちの会合にも呼ばれ、IoTの説明を求められることから、企業の経営者のITに対する意識が、大きく変わったことを実感するという。

「ここ数年、ITはコストとみなされ、削減すべきものと捉えられていたのですが、IoT以降は新しい価値を生み出すものという認識に変わりました。」

コストから、ビジネス価値を生み出す価値への転換は、ITへの意識を「削減」から「投資」へと大きく変えた。認識が変われば、経営者のとるべき行動も変わる。実際、IoTを成り立たせる技術の大半は、10年以上前から大学や研究機関でおこなわれてきたもの。しかしそれらが、成熟し安価なものとして普及するようになったことの意義は大きいと森川教授は語る。



まずは一歩、始めることから

そしてIoTのビジネスの例として森川教授はスペイン、バルセロナのお笑い劇場を紹介する。バルセロナのコメディ劇場が導入した「 Pay per Laugh」というシステム。入場料は無料だが、笑った分だけ従量制で課金されるというもの。座席の背面にタブレットデバイスを設置し、カメラで笑いを認識する。仕組みとしてはシンプルだが、話題を呼び、世界中で有名になり来場客も増加した。
このアイデアはシンプルで卓抜だと納得することは簡単だ。しかし、自分のビジネスに引き寄せて考えて見ればどうかと、森川氏は問う。

「もしあなたが、劇場の支配人で若い人間がこのアイデアと仕組みを提案したら、どうでしょうか?「面白いけど、無理だ」と言ってはねのけてしまうのではないでしょうか?」

笑いを求めてきた客に「笑うことによって課金する」。通常のビジネス感覚としては、リスクがあるといってストップをかけるだろうと。そしてこの「リスクを感じてやらない」ことと「やってみる」ことの差が、IoTやデジタル化のビジネスの命運を分けるという。

「IoTやデジタル化のビジネスは、始める前に考えてしまうとストップしがちです。まずは何かアイデアが生まれたら「一歩やってみる」ことです。」



最先端は必要ない

「一歩やってみること」が大事だ。たとえば埼玉県川越市のイーグルバスは赤字続きだったが、バスにセンサーをつけ運行を最適化することで、収益転換を果たした。

「イーグルバスは、GPSを設置して乗降客数センサを設置しただけです。データを収集して、バス停を再配置した。それだけでお客様の満足度の向上し、乗客数も増えた。それだけで新しい価値が生み出されたのです。」

もうひとつの事例として、四国のスーパーマーケットの古紙回収システムを紹介した。
このスーパーでは駐車場に設置された古紙回収ボックスに古紙の量を把握するセンサーを取り付け、回収を最適化した。

さらに古紙の量に応じてスーパーのポイントを発行し、お客様の来店頻度をあげたという。
こうした事例は、最先端でも高度な技術でもない。今ある安価なデバイスとアイデアがあれば出来ることだ。

「ここで言いたいのは、これまでアナログで出来ていたことをデジタル化するということです。それだけで新しい価値を作ることが出来る。それがわれわれの経済に大きなインパクトを与えるのです。」

物理的資産でまだデジタル化されていない領域を探せ

東京大学教授 森川博之氏


今のビジネスの流れの本質は、「物理的資産のデジタル化」にあると森川教授は整理する。

「UberもAirBnBも、クルマ、空き部屋という物理アセットをデジタル化し、シェアするという発想です。アメリカン航空の「SABRE」(セイバー)という航空機の予約システムは50年以上前にIBMと共同開発で生まれたものです。16年前にアメリカン航空の時価総額を追い抜いて独立しました。航空機の座席という物理的資産をデジタル化したビジネスが、親会社の時価総額を上回った。今のUberの時価総額の増大も同様です。

企業の戦略において今後考えるべきことは、「今現在、デジタル化されていない物理的資産は何か」ということです。まだまだデジタル化されていない物理的資産は膨大にあるはず。その一部でもデジタル化をおこなっていくということです。」

こうしてデジタル化が進んでいくことで、事業の再定義が行なわれていくと森川教授はいう。

「製造業は、モノを作るビジネスからサービスを提供するビジネスに転換していきます。これまでは作ったものからデータが収集されていく。その双方向性の中で新しくやるべきことを探っていく。そのための組織は、海兵隊のようなものになります。コンパクトな組織で、フットワークを軽くして一番初めに敵陣に突っ込んでいくような集団が適しているのです。当然リスクは大きく死亡率も高いのですが、「やってみる」しかありません。」

最近、秋葉原からの3Dホログラムのロボットベンチャーに注目していると森川教授は言う。教授が紹介したのはウィンクル社のバーチャルロボット「GateBox」だ。

「理想のお嫁さんのために一生かけても作り続けると彼らはいうわけです。数十万もするバーチャルロボットが売れるかどうかはわからないし、社会的に問題かもしれません(笑)。しかしそういう彼らの情熱に私はやられてしまった。そこまでの熱い思いがあれば何かやってくれるのではないかと期待するわけです。」

スタートアップ企業の成功率は非常に低い。それでも、強い思いを持つ若い集団の中から、いずれ何かが生まれてくるだろうとエールを送った。

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