(2013年3月掲載)
テレビやCM、映画などで活躍され、アウトドア派のイメージがある田中律子さん。多忙な毎日を過ごされるなかで、少しでも時間ができると行きたくなるのは海だとおっしゃいます。

子どもの頃は、毎年夏休みになると、家族で海や山に遊びに行っていました。東京で生まれ育ち、田舎がない私にとっては特別なイベントで、その頃から「自然イコール楽しい場所」として、私の中にインプットされていたように思います。
私は12歳から芸能活動をしているのですが、キャンプとか本格的なアウトドアの遊びはほとんどお仕事を通じて覚えたんですよ。ダイビングは14歳のとき、雑誌の撮影で行った沖縄で「ちょっと時間が空いたから、海に潜ってみる?」とカメラマンさんに誘われたのがきっかけでした。
初めて見る海の中は新鮮な驚きがいっぱいで、とにかく感動しましたね。真っ青な海の中を色とりどりの魚たちが泳いでいて、まさに竜宮城のよう。
「わぁ、こんなきれいなところがあったんだ…!」
以来、すっかり海の魅力にはまってしまいました。
海の中って、音がなくて、無重力のように体が浮くでしょう?体の力を抜いてふわふわと浮かんでいると、すごく気持ちがよくて、ストレスが解消されるんです。海は、私にとって一番リラックスできる場所ですね。
海の魅力に目覚めた田中さんは、18歳でダイビングのライセンスを取得。仕事の合間をぬってダイビングを楽しんでいましたが、ある時、衝撃的な光景に遭遇します。

ダイビングのライセンスを取ってからは、暇を見つけては海に潜っていました。最初はどこもきれいに見えて、ただ楽しんでいたのですが…。いつしか、海の異変に気付くようになりました。
なかでも衝撃的だったのは、20代の頃に見た光景です。当時、私は沖縄の座間味(ざまみ)の海によく潜っていたのですが、いつも見ていたサンゴ礁が一面、真っ白になっていたんです。「えー!なんでこんなに白くなっているんだろう」とびっくりして、後で船長に聞いたら、「それは白化現象といって、サンゴが死ぬ寸前の姿なんだよ」と。
サンゴが死ぬなんて…。何も知らなかった私は「真っ白できれい」と、のんきに考えていただけにとてもショックでした。
サンゴの体内には、褐虫藻(かっちゅうそう)という藻類が共生しています。褐虫藻が光合成を行い、栄養分を与えてくれることでサンゴは生きていけるのですが、海の水温が高くなると、褐虫藻はサンゴから出て行ってしまうんです。抜け殻になったサンゴは白く見えるので「白化現象」というのですが、このままだとサンゴは死んでしまいます。
東京のような都会に暮らしていると、自然環境の変化に気づきにくいかもしれません。だけど海に潜ると明らかに変化が「見える」んですよ。私が座間味で白化現象を目にした1998年は、ちょうど「エルニーニョ現象」*が起きた年でした。世界的に海水の温度が上がったことで、たくさんのサンゴが死んでしまったといわれています。
この出来事をきっかけに、私は地球温暖化とか環境問題について考えるようになりました。「このままじゃ、まずいんじゃないか」と危機感を抱くようになったんです。
サンゴの白化現象にショックを受け、「何かできることはないか」と探していた田中さんは、数年後、取材に訪れた沖縄でサンゴ礁の再生活動をしている金城(きんじょう)さんに出会います。

その後、ダイバー仲間と一緒に浜辺のゴミを拾うビーチクリーンなどの活動はしていましたが、海のために何かできることはないかとずっと考えていました。そして2004年、テレビのリポーターとして訪れた沖縄で、金城浩二さんに出会ったんです。
金城さんは、まさに1998年のエルニーニョ現象で白化したサンゴ礁にショックを受け、サンゴの養殖を始めた人です。2010年に公開された映画「てぃだかんかん」のモデルになっている方なのでご存じの方も多いかもしれません。サンゴ礁の再生は、「サンゴ畑」と呼ばれる水槽の中でサンゴの苗を育て、海の岩場に移植するという、とても手のかかる大変な仕事ですが、金城さんは当時たった一人で活動していました。

一緒に活動している皆さんと。(写真左が金城浩二さん)
©AQUA PLANET
サンゴの移植の様子を見せてもらった私は、「こんなことができるんだ」と驚いて、これこそ私のやりたかったことだと直感しました。そこで、金城さんに「絶対に力になるから!」と約束したんです。
どんなにすばらしい活動も、応援してくれる人たちがいなければ、どうにもならないですよね。サンゴ礁の再生活動はとても地道な作業です。私もぜひこの活動を手伝いたい、そしてみんなにも知ってもらいたい、と強く思ったんです。金城さんとの出会いは、私が環境活動を本格的に始めるターニングポイントとなりました。