(2009年12月掲載)
よく目立つハコフグの帽子に白衣姿。大きな目をきらきらと輝かせながら、楽しそうに魚について語る…。そう、さかなクンは誰もが一度テレビで見たら忘れられない人気者です。
魚の話でいつもみんなを楽しませてくれるさかなクンは、実は東京海洋大学の客員准教授でもあるんです。日本で唯一の職業?!お魚らいふ・コーディネーターのさかなクンに、魚を大好きになった幼少時代のきっかけやお住まいの館山での暮らし、最近感じる海の変化のこと、そして環境問題についてお伺いしました。

幼稚園の頃から絵を描くのが大好きでした。最初はトラック。働く車が大好きで、トラックを前から見るとまるで動物の顔みたいに見えるのがおもしろくて!いろんな種類のトラックの絵を見ては夢中で描いていました。
お魚との出会いは小学校2年生のとき。友達がノートにタコとウルトラマンが戦っている絵を描いたんです。その頃、すでに水木しげる先生の妖怪の世界が好きだったのですが、友達が描いたタコを見て「なんだ?この不思議な姿の生き物は〜?!!」って頭から離れなくなっちゃったんです。その後すぐに学校の図書室の魚図鑑で“タコ”を夢中(タコ中)で調べました。
ある日、ふと見た落書きノートがきっかけで、人生変わることもある?!小学生のさかなクンが体験した、 “タコ”との衝撃的な出会い。その後、まだ小さかったさかなクンの「もっと知りたい!」好奇心は、どんどんとわきあがり、さかなクンの“本物のタコ”を求める旅が始まります。

図鑑でタコを眺めているうちに、本物のタコにどんどん興味がわいてきました。「へぇ、タコってこんなにいろんな仲間がいるんだぁ〜!…見てみたいなぁ。なに?腕が8本もあって、吸盤はすいつくのかぁ…どんな力持ちなんだろうなぁ!」って。そこで、まずはお母さんに頼んで魚屋さんでタコを選んで丸ごと一匹買ってもらいました。もううれしくて、一日中眺めて夢中で描きました。
でもそのうち、図鑑やゆでダコを見ているうちに、“生きているタコ”に会いたくなりました。そこで今度は水族館に行き、そして親戚のくらす千葉県・白浜の海に行って近所の友達みんなに手伝ってもらい、くる日もくる日も浜辺でタコ探し…。
ある夏の日、岩のすき間にかくれたマダコを見つけ「タコちゃんいた〜!!!」と叫んで洋服のまま海にとびこみ、マダコをつかんだんですが、気づいたら周りは人だかりの山…。全長80センチもある大ダコと小学生の頃の自分が取っ組み合いの格闘をしていたようで、騒ぎになっていました。小学生の自分にとっては、まさにタコを求める大冒険でした。他にも小さくて茶色いおまんじゅうみたいにかわいいフグやナメクジのお化けみたいに見えたアメフラシなど、小さい頃に海で初めて出会ったお魚の姿・形・色・模様そして生態が新鮮で、今でも鮮明に思い出します。たくさんのお魚たちとの出会いと感動で今の“さかなクン”となりました。
海で本物の魚にたくさん出会い、魚の知識を幅広く、そして深く広げていったさかなクン。10代でテレビ番組の「魚通選手権」でなんと5連覇!!その後、クイズ番組「どうぶつ奇想天外!」での魚の解説がきっかけで、魚通だった青年はお茶の間の“さかなクン”として初登場します。
そこから、全国の海と魚と人々をつなぐ、さかなクンの“お魚らいふ・コーディネーター”としての人生が始まりました!

動物クイズ番組のお魚解説をさせていただいたことがきっかけで、お魚らいふ・コーディネーターのお仕事の幅がどんどん広がりました。番組に初登場したときにかぶったのが、ハコフグの帽子。だからハコフグ帽は、“さかなクン”の始まりのしるしなんですよ!
よく皆さまに「なんでフグなの?」と聞かれます。この子はハコフグというお魚で、海の中をゆったりと泳ぎ、生きるためにたくさんの技をもち、一生懸命に生きています。そんなハコフグに敬意の気持ちを込めて、いつも身につけています。現在、用途や季節にあわせて5種類ありますが、みんなかけがえのないさかなクンの仲間です!
おかげさまで最近では、小さな頃から神様のように憧れていたタコやイカ・貝類の偉大な博士の奥谷喬司(おくたにたかし)先生や水中写真家の中村征夫(なかむらいくお)さんとお仕事でご一緒させていただく貴重な機会に恵まれました。
また、進学したかった東京水産大学(現・東京海洋大学)の客員准教授の機会までいただいて、お魚を通じて小さな頃の夢がかなったなぁ…と思うと、いつも応援してくださる皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。
「Hitachi Brand Channel」では、日立グループの先端的な技術や製品、さまざまな活動を動画で紹介しています。