(2010年10月掲載)
フォークシンガーとして、俳優として、はたまたお酒にまつわるエッセイストとして、各方面で幅広くご活躍されているなぎら健壱さん。独特な存在感を放ち、歯切れのよい江戸弁でお話しされるなぎらさんですが、子ども時代はどのように過ごされていたのでしょう?

生まれは、戦後の東京、東銀座です。ちょうど建て替えが始まった歌舞伎座の裏、今の銀座2丁目あたりでした。昔は「木挽町(こびきちょう)」という町名でしたが、今の地名ではもう木挽町も東銀座もないから、旧木挽町。昔は、銭湯や駄菓子屋、小学校もあって、当時の子どもはみんな路地裏で遊んでいましたよ。辺りはまだ舗装されていない土の道でしたね。 みなさん、よく銀座というと和光のある4丁目交差点のにぎやかなイメージを思い浮かべるでしょう?でも私が暮らしていた木挽町は、東京の下町です。人々が普通に暮らしていました。
子どもの数は少なかったですけどね、学校が終わると、みんなでよくデパートや築地本願寺に遊びに行くんですよ。そんな話をすると、「すごいですねぇ」なんて言われるけど、それがあたりまえだと思っていましたからね。まだ子どもで、他に比べる街も知らなかったですからね。
その後、東京の葛飾区金町に引っ越された、なぎらさんご家族。銀座との景色の違いに、当時のなぎら少年が受けた衝撃は、あまりにも大きかったようです。

その後、家族で東京の葛飾区金町に引越しました。まずね、駅を降りてびっくりしたんですよ。あたりに高い建物が何もなくて、北に筑波山、西に富士山が見えるんですから!駅から離れると、延々と続く田畑が……。同じ東京なのに、銀座とはあまりにも景色が違うので、子どもながらに驚いていました。
銀座でね、家の近所にちょこんと植えてある緑があって、そこでちょうちょを採ったことがあるんですよ。そのときはうれしくて、家に帰って虫かごに入れて、大切に飼っていました。でも、葛飾で見るちょうちょは、なんか違う。大きいし、触覚の先が丸まってる……。「なんだコレは?!めずらしいなぁ」なんて思い、帰って図鑑を見たら、「あっ、こっちが本物のちょうちょだった」なんてね。銀座で採って喜んでいたのは、なんと蛾だったんですよ!葛飾には田んぼの用水もたくさんありましたから、よくザリガニ釣りもしました。引っ越してはじめて、昆虫やザリガニを知りましたね。
今はもう下町色を失ったが当時は下町だった銀座と、田舎だった葛飾。子どもの頃にそんな両極端な東京を体験していたなんて、ある意味、すごく貴重かもしれませんよ。
子どもの頃、下町の銀座と田舎の葛飾という、両極端な東京の暮らしを体験して育ったなぎらさん。そんななぎらさんに、「好きな自然な風景はありますか?」と尋ねると……。

昔から、川原が好きなんですよねぇ。それも小川じゃなくて、だだっ広い川原。荒川や江戸川だとか、広ければ広いほどいい。川のそばを歩いて、ちょっと下りていって土手に座る。すると、なぜかすぅーっと、ただただ心がなごむんです。これは「どうして?」と人に聞かれても、説明がつかないんですよねぇ。もしかしたら、子どもの頃に住んでいた葛飾の風景と、どこかつながっているのかもしれないなぁ。
自転車は趣味のひとつでよく乗っていますが、荒川や江戸川には、ものすごくいいサイクリングロードがあるんですよ!江戸川だと、小岩あたりから出発して、千葉の野田まで、土手沿いをずーっと走れる。小岩を出発して小1時間で「ここはどこだ?」というくらい、ものすごく風景が変わる。撮った写真を人に見せると、みんなそこが東京近辺だとは思わない。どこか遠くの田舎だと勘違いして、驚くんですよ。
最近のサイクリングは、街の中が多いです。ポタリングといって、散歩感覚で街を巡る乗り方ですね。
自転車好きなもんで、私はNPO法人自転車活用推進研究会の理事メンバーとして、講演活動などもしています。このNPO法人は、日本で安全に自転車が走れるように、交通調査の報告や国会への新法提案などを行う団体です。今の日本の道路は、自転車のことを考えて作られていない。道路交通法では自転車は車道の左側を走行する、と決められているけれど、東京だとほぼみんな歩道を走ってる。後ろに子どもを乗せたお母さんたちなんて、車道なんか危なくて走れないでしょう。なかなか難しい問題ですけど、NPO活動を続けることにより、自転車がもっと気持ちよく行き交う街になればいいと思いますよ。