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ORIGIN Trail Map

日本全国にある日立製作所の創業、
および事業のあゆみにゆかりのある場所を案内。

小平浪平 生家

創業者・小平浪平は1874年に栃木県下都賀郡家中村合戦場(現在の栃木県栃木市都賀町合戦場)に生まれました。事業家の父が事業に失敗して病没したために、学業を断念した長男に代わり、一家の期待を背負って第一高等中学校(現・東京大学教養学部)へ進学しました。
小平浪平の生家には、生誕地として碑が建てられ、遺品や書簡が残されています。また小平が通った合戦場小学校には、写真や年譜をはじめとする資料が展示されています。

栃木市都賀町合戦場755

猿橋

「日本三奇橋」で名高い猿橋(山梨県大月市)は、日立の創業者・小平浪平が、国産技術で電気機械製品を制作しようという志を語ったというエピソードがある日立の起源の一つです。
東京電燈(現在の東京電力)に入社した小平は、山梨県猿橋近くにある駒橋発電所から東京まで、当時世界最高レベルの送電を行う設備の設計・施工を担当していました。1906年夏のこと、猿橋の畔にあった大黒屋旅館(現在は食堂として営業)で大学時代の旧友である渋沢元治と夜を徹して語り合い、外国製品と技術者の手によるものではなく、国産技術で作れるようにしなければならないと、強い決意を述べたのです。そしてその年の秋、久原鉱業所日立鉱山に赴任しました。

大月市猿橋町猿橋

小坂鉱山

1900年に大学を卒業した小平浪平は、秋田県の小坂鉱山に赴任。久原房之助率いる小坂鉱山では当時、銅鉱山としての再開発に向け、重要な動力源として水力発電計画が進んでいました。小平は止滝第二発電所や特別高圧変電所、送電設備の設計を行い、自らの指揮により建設工事を進めました。そして後に、久原から「日立で鉱山を開発する」との誘いを受け、日立創業のきっかけとなる日立鉱山に赴くことになります。

小坂鉱山事務所は、銅鉱山としての再開発により活気を取り戻した1905年に建設され、木造3階建て、ルネッサンス風の華麗な外観で知られます。鉱産額日本一を誇った小坂町のシンボルとなり、現在は国重要文化財に指定されています。
また、同じ小坂町にあり、国重要文化財である芝居小屋・康楽館は、1910年建造で日立製作所の創業と同年となります。
小坂町内の展示施設などには、小平の写真が鉱山にかかわった人物のひとりとして掲示されています。

秋田県鹿角郡小坂町

創業小屋

日立鉱山工作課の電気機械修理工場が、日立製作所創業の起源です。この修理工場は1956年、当時の写真を元に、日立事業所海岸工場構内の小平(おだいら)台に復元されました。建物内は当時の史料を基に再現され、創業当時に製作された 5 馬力モーターも展示されています。
この「創業小屋」は、2021年に開設される「オリジンパーク(仮称:茨城県日立市大みか町)」に移設され、創業製品である5馬力モーターの開発シーンを再現する場として改修予定です。「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」、日立の企業理念が生まれた背景を感じることができる施設として生まれ変わります。

茨城県日立市幸町3-1-1(日立事業所)

小平記念館

創業者・小平浪平を偲び、その偉業と創業の心を永く後世に伝えるために、1956年に日立事業所海岸工場構内に建てられました。現在は4つの展示室などからなり、日立の事業における歴史的契機となった製品の展示などを通じた製品・技術発達の歴史のほか、地域貢献や人材育成にも広く取り組んできた小平の生涯を知ることができます。
この記念館は、2021年には先端のデジタル技術を活用し、創業から現在に至る日立の歴史や、お客さまとの協創事例などについて、日本および世界の産業史とともに体感していただく施設にリニューアル予定です。

茨城県日立市幸町3-1-1(日立事業所)

大みかクラブ

創業者・小平浪平は、従業員の福利厚生にも力を入れていました。その一環としてスポーツ活動をすすめ、1936年には従業員の健全娯楽と外国賓客を迎える施設として、ゴルフコース「日立ゴルフ倶楽部」を開設。クラブハウスとして建てられた大みかクラブは、東京大学安田講堂や東京大学図書館の設計に関わり、建築の造詣意匠の権威として知られる岸田日出刀氏が設計したものです。
また「日立ゴルフ倶楽部」は、ゴルフ場設計の巨匠、井上誠一氏の設計によるもので、茨城県最初のゴルフ場としても知られます。「日立オリジンパーク」開設後もこれまで通り、一般の皆さまも利用できる施設として運営予定です。

茨城県日立市大みか町6丁目19-22