近代科学技術が生み出した環境問題などの負の遺産を、いかに解消していくか。そこで今、注目されるのは「なくす」テクノロジーです。廃棄物や有害物質をゼロにし、自然環境を回復し、それが再び失われることのないよう保守していく――この「なくす」「戻す」「守る」を柱とするテクノロジーを、「ゼロテク」と名づけてみます。ゼロテクという視点で科学技術をとらえ直し、持続可能な社会実現のため何ができるかを考えます。
地上資源文明時代に求められる「ゼロ」のリテラシー 「化石燃料に過度に依存する現在の“地下資源文明”はいずれ、自然・生物由来のエネルギーを活用する“地上資源文明”へと移行せざるを得ません」 「テクノロジーの形態は、“大型化・集中化・一様化”から“小型化・分散化・多様化”へ。例えば、それぞれの家の屋根や車のボンネットで電力を生み出すようになる」
「各人が責任をもってエネルギーマネジメントを行うようになれば、それぞれがゼロテク的発想をもつようになり、省エネ効果も期待できる。資源とエネルギーに関するリテラシーをもつ必要があるということでしょう」
負の遺産のゼロ化へ向け、ゼロから技術を見直す時代 「人工物の急増が資源枯渇、環境破壊などを引き起し、そこに“技術”が決定的に関与してきた。とすれば、技術者は環境への負荷を限りなくゼロに近づけるような技術をめざさなければならない」 「生産第一主義から、人工物の機能をできるだけ長く維持し使い続けるという発想の転換が重要です。
壊れたら直す“修理”ではなく、その前に手を打つ“保守”、それがメンテナンスの思想です」 「近年では、自然環境に放出物を出さない“ゼロエミッション”の発想から、つくる・使う・廃棄回収するという閉じたサイクルで人工物を循環させるクローズドループ生産といった取り組みがあります」
動的平衡という「ゼロ」のダイナミズム 「摩耗、酸化といった障害の発生を織り込み、常に自らを壊し、取り替えているのが生命現象のあり方。これにならい、
機械のパーツを壊れないうちにどんどん入れ替えるようなシステムをつくれば、重大な事故は防げるかもしれない」 「組み立てると価値が出るけれども、バラすとゼロに戻るような仕組みでものがつくれればいいかもしれませんね。プラモデルではなく、組み立てブロックみたいな、共通のもので自動車もつくれるし家もつくれると」 「細胞のタンパク質代謝の仕組みは、実は合成よりも分解のほうが精妙にできている。いつ何が起きるかわからない状況で長もちさせるためには、“つくる”よりも“なくす”ほうに余裕が必要なんです」
世界に先駆け、家電・ゼロエミッション実現 日立は他メーカーに先駆け、1990年代初めから工業製品リサイクルの研究開発を開始、その蓄積をもとに、2001年に施行された家電リサイクル法の法的・技術的基準がつくられました。日立が中心となって設立した東京エコリサイクル(東京・若洲)は、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、テレビの家電4品目に加え、パソコンやOA機器などのリサイクルにも取り組む、国内随一のリサイクル工場。廃棄物のほぼすべてを再資源化するゼロエミッションを実現しています。
豊かな大地、自立した暮らし―― 失われた日々を取り戻すために
山梨日立建機社長・雨宮清はカンボジア訪問をきっかけに、油圧ショベルをベースとした地雷除去機の開発に着手。2000年、1号機をカンボジアに納入したのを皮切りに、アフガニスタン、ニカラグア、ベトナム、アンゴラでも地雷除去プロジェクトを進め、現在、50台以上が稼働しています。プロジェクトの最終目的は、あくまで住民の「自立した暮らし」。現地オペレーターの育成や地雷除去後の農地開拓など、人づくり・暮らしづくりにも取り組んでいます。
川を覆う高速道路を撤去し、風水都市の「気」を取り戻す 韓国・ソウルの中心部を流れる清渓川は、都市の風水に重要な役割をもつ場所。しかし近代化に伴い、生活排水が流れ込む下水道と化し、1970年代には暗渠化され、上には高速道路が建設されました。近年、その復活を望む声が高まり、2003-05年に高速道路を撤去し、川の復元工事が完了。川沿いの街区ごとに、歴史・文化、遊び・教育、自然など多様なテーマをもたせた整備が進められ、市民の憩いの場となっています。
[エッセイ] 技術に会う 12 多田容子 (作家)
馬力より、眼力と感受力!? 「一つの歩法で疲れれば、別の歩き方に変えることもできる。一見、同じ運動でも、使う筋肉を変えたり、重心のかかる場所を変化させたりできる。身体内部の感覚が昔より細やかになり、今、自分の姿勢がどうなっているのか、踏んだ地面がどんな傾きなのか、といったことを感受できるのだ。その結果、よりエネルギー効率のよい運動を選ぶ。忍者などは、これをはるかに極め、10里も20里も簡単に走ったという……」 合理的で無駄のない古武術の身体技法を身につければ、あらゆる局面で「省エネ」が可能になるという。そのとき重要なのは、身体と環境の状況変化を感じ取るセンサーの能力。武術と工学の意外な共通性に、要注目!
[トーク]
日立グループのさまざまな取り組みや業界の最新動向を、キーパーソンの「talk(語り)」を通して紹介します。さらに「talk」のテーマを、「+(プラス)」で写真やダイアグラム、図鑑などに展開。
オフィスを機敏に動き回る、人間共生ロボットEMIEW2 2007年11月、ヒューマノイドロボット「EMIEW2」が誕生しました。オフィスでの利用を想定し、小型軽量化(高さ80cm 重量13kg)を実現。脚車輪を使って最大時速6kmで機敏に移動、段差は二足歩行で乗り越え、ひざを折れば安定した四輪姿勢に。レーダーで地図データを作成しつつ、目的地までの経路を探し出し、障害物回避技術で狭い机の間も自在に移動。「EMIEW1」から受け継いだ遠隔音声認識技術によってコミュニケーションを行います。「人間共生ロボット」というテーマ実現へ、また一歩近づきました。
[グラフ] 日立紀行 4
出雲――三昼夜通しで燃え盛る炎から「玉鋼」を生み出す、 たたら吹き 砂鉄を木炭で燃焼させて鉄をつくり上げる日本の伝統的製鉄技術「たたら吹き」を島根県・奥出雲地方に取材しました。たたらは西洋製鉄術の導入によって一度は途絶えるものの、日本刀などの原料として欠かせない玉鋼(たまはがね)はこの製法以外ではつくり出すことができず、1977年に日本美術刀剣保存協会(日刀保)が「日刀保たたら」として復元。日立金属安来工場が技術援助を行いプロジェクトを支えています。
[ルポルタージュ] 永瀬唯の サイエンス・ パースペクティブ 12
科学技術ライターの永瀬唯氏が日立グループの現場や研究施設を歩き、レポートします。 今回は中央研究所で「音声合成技術」を取材。入力したテキスト(漢字仮名交じり文)が音声変換されるまでには、言語解析(読み・アクセントの付与)、抑揚・リズムの計算、音素の選択と接続、合成音声の周波数制御など、きわめて複雑な工程を経ています。いまや機械と気づかれないレベルまでナチュラルな発声が可能になり、学習ソフトや駅のアナウンスなどに使われ始めています。
[ニュース] ダントツさんが行く! 11
“ダントツ”をこよなく愛する主婦ダントツさんが家電製品などを研究・紹介します。 最新式ワンセグケータイ「W53H」は有機ELディスプレイ採用、ハイビジョンテレビWoooで培った技術を生かし、色鮮やかな映像を実現。一方、「W61H」はディスプレイ背面に電子ペーパーによる「シルエットスクリーン」を搭載、わずかな電力で画像を表示し、それを電力なしで一定期間映し出しておくことができます。
[コラム] 技術の日立 今昔 8
HU-2形は、日立初の透過形電子顕微鏡HU-1形(1941年)の改良型。その倍率は5,000倍。最新型のHF-3300形は高輝度の冷陰極電界放出電子銃と300kVの高加速電圧を組み合わせ、原子レベルでの安定的な超高分解能観察(0.1nm)を実現。倍率は150万倍に。
『ひたち』第70巻第2号(春号) 2008年4月1日発行 定価315円(本体300円)