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数理的発想法11 「物語」から遠く離れて科学と詩のほうへ 文:仲俣暁生

吹き出しがタテに細長い理由

 最初にも紹介したとおり、この作品ははじめウェブ連載として公開された。紙の本では見開き2ページだが、ウェブでは読者が一度に眼にするのは1枚絵である。そうした制約は、漫画の描き方にも影響を与えただろうか。

 「ウェブ連載は初めてでした。原稿は見開きで読んでもらうことを前提に描く、というのが漫画のルールですが、ウェブは基本的に1ページずつ見られる。そのため用の絵を描くのは面白いと思いました。ウェブ画面では目を横に動かして文字を読んでいきますが、ここの画面は漫画ですから『動かす方向は縦ですよ』と読者に伝えなくてはいけない。1枚の絵をタテにスクロールして見せて、それが5枚で終わる、そういう絵を理解するためのやりかたが何かあるはずだと考えて、吹き出しを細長く縦にするなどの工夫をしてみました。

 歌舞伎やヨーロッパの演劇の舞台では左側から人物が出てきますが、日本の漫画の登場人物は、歩くときは必ず右から左へ行く。それはたぶん、日本の縦書き文字が右から左へ読むのと関係があるんです。『あまり関係ない』と思っている漫画家さんは、海外版を出すときは逆版にして、吹き出しの中も横書きにすればいいというけれど、私は縦書きの文字じゃないとダメなんですよね。

 でも、ウェブは基本的に横文字の世界。そのなかで、この5ページだけは縦文字なんですよ、ということをなんとかして伝えたかった。予備知識がない人もウェブでは読むので、オチのない漫画だと思った人もいるだろうし、登場人物が実在した科学者だと気づかずに読んだ人もいたかもしれません」

 そう言われてみれば、『ドミトリーともきんす』の吹き出しは、どれもタテに細長い。画面におさまらない絵の下の方へ、自然に視線が誘われるようになっている。それをこんどは見開き単位の紙の本で読むと、なんとも不思議な味わいがある。

「漫画は置かない」と言っていた図書館にも

 この作品は科学的なものの見方についての本であると同時に、読者を科学へと誘う「ブックガイド」でもある。各回の最終ページではそれぞれの科学者の著作がひとつ紹介され、そこからの引用文がある。とりあげる本の選択は、編集者と二人で話し合って決めたそうだ。

 「5ページ目には、本からの引用をぎっしりと縦書きで入れました。そこを読んでほしくて描いているのだから、4ページ目でスクロールを止られると困る(笑)。科学の仕組みをしっかり書いている文章よりも流れの美しい文章から引用箇所を選んだので、科学的に重要なことは書かれていないかもしれません。」

 こうした工夫のかいあって、従来の「高野文子ファン」とはちがった読者層にも、今回の本は届いたようだ。

 「内容が地味なので、漫画の棚に置かれたら誰も気がつかないだろうと思って、一般的な本のつくりにしたんです。本屋さんに行って、自分の本が漫画ではなく科学書の棚にあるのを見て、不思議な感じがしました。『漫画は置かない』と言っていた図書館にも置いてもらえて、これまでと違うところに置いてもらえたらいいね、という願いが叶ったのはうれしいです。

 70歳くらいの人が、『絵本かな?』という感じで買って行ってくれたんですよ。私たちよりずっと上の世代の人には、湯川や中谷を読んでた人が多い。それで手にとってくれたのかもしれません」

 四人の科学者のうち、1862年生まれの牧野富太郎だけは一世代上だが、中谷宇吉郎(1900年生まれ)、朝永振一郎(1906年生まれ)、湯川秀樹(1907年生まれ)の三人はほぼ同世代。第二次世界大戦前に青春時代を送り、戦時下にさまざまな苦労をして、戦後に科学者として大きな花を咲かせた人たちだ。この世代が選ばれたのは意識的だったのだろうか。

 「たまたま結果的にそうなったんです。若い頃にお互いに出会っていたら、お茶を飲みながらおしゃべりしあってたんじゃないか、という妄想からはじまったものなので(笑)」

 「ドミトリーともきんす」の建物は、中谷宇吉郎が北海道の十勝地方で天然雪の結晶の観測をしていたときに寝起きした「白銀荘」という山小屋がモデルになっている(中谷の「雪の十勝」というエッセイに、当時の白銀荘の様子が描かれている)。この山荘がもし、若き科学者たちの梁山泊だったら、という夢想はたしかに魅力的だ。いま、そのような場所は日本のどこにあるだろう。

 「若い科学者はいまどういう気持ちで勉強してるのかな、と思うことがあります。サイエンス・カフェに何度か行き、そこで出会った生き生きしている若い人たちは素敵だと思いました。『ドミトリーともきんす』では、もうこの世にいない『過去の若者』のことばかり描いていたけれど、いま生きている若い科学者のなかにも、魅力的な人がたくさんいた。そういう人には、この本を読んでもらいたいというよりも、逆にこちらがもっといろいろ教えていただきたいです」

 最後に、『ドミトリーともきんす』の末尾で引用されていた湯川秀樹の言葉を、あらためて紹介したい。いまの日本の科学界に、未来の湯川・朝永・中谷・牧野がいることを信じつつ――。

 いずれにしても、詩と科学は同じ場所から出発したばかりでなく、行きつく先も同じなのではなかろうか。そしてそれが遠くはなれているように思われるのは、とちゅうの道筋だけに目をつけるからではなかろうか。どちらの道でもずっと先の方までたどって行きさえすれば、だんだんちかよってくるのではなかろうか。そればかりではない。二つの道はときどき思いがけなく交差することさえあるのである。
(「詩と科学――子どもたちのために――」より。岩波書店刊『湯川秀樹著作集6 読書と思索』所収)

高野文子 Fumiko Takano
マンガ家

漫画家。1957年11月12日生まれ。新潟県出身。看護師として勤める傍ら、1979年『JUNE』掲載の『絶対安全剃刀』で商業誌デビュー。従来の少女漫画とも少年・青年漫画とも隔絶した作風が注目され、大友克洋やさべあのまなどとともに漫画界の「ニューウェーブ」の旗手と目された。強弱のない単純な線と独特な演出方法、一読では理解しがたい心理描写などが特長とされる。

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