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数理的発想法11 「物語」から遠く離れて科学と詩のほうへ 文:仲俣暁生

いつの時代も、創造性の核には個人の「発想」があった。
「発想」をかたちにするには技術のたすけが必要だが、
情報通信技術の発展は、そのプロセスを大きく変えた。
「発想」にはじめから、技術がビルトインされるようになったのだ。
そうした発想のあり方を、かりに「数理的発想法」と名づけてみた。

漫画という表現が、紙からウェブへと飛び出したとき、どんな変化が生まれるか。
今回ご登場いただく高野文子さんの『ドミトリーともきんす』という作品は、
デジタルファーストで描かれ、そのあとで印刷本の作品集に収められた。
しかもこの作品には、日本を代表する四人の科学者の「思考」が描かれている。
科学的思考を漫画として表現するために、いかなる手法がとられたのか。
今回のキーワードは〈物語ではないもの〉である――。

 湯川秀樹、朝永振一郎、中谷宇吉郎、牧野富太郎――この四人の共通点は? と尋ねられて、すぐに答えが出るだろうか。

 いずれも名だたる科学者ではあるが、前の三人が物理学者なのに対して牧野富太郎は植物学者であり専門がことなる。物理学者たちのうちでもノーベル賞を受賞したのは湯川と朝永だけで中谷は受賞していない。科学者であるということのほかに、いったいどんな共通項があるのだろう。

『ドミトリーともきんす』中央公論新社刊

 答えのひとつは、彼らがみなすぐれた文章家であるということだ。そしてもうひとつは、彼らを登場人物とした漫画作品が存在するということである。

 高野文子さんの『ドミトリーともきんす』(中央公論新社)は、この四人がもし同じ屋根の下で暮らしていたら――という設定で描かれた、ちょっと不思議な漫画だ。2012年から「マトグロッソ」というオンラインメディアで1年あまり連載されたのち、2014年には単行本として発売された。

 物語の舞台となる「ドミトリーともきんす」には、学生時代の湯川・朝永・中谷・牧野の四人が下宿しており、互いに切磋琢磨しながら科学研究に打ち込んでいる、という設定。いわば「科学の本棚」を模した空想上の学生寮であり、作品にはこんな思いが込められている。

彼らがいかにして科学の花を咲かせたか――科学する人の視線のゆくえを、ノートや黒板の計算の跡を、そしてその言葉をさぐること。この連載ではそれをやってみようと思います。わたしたちはそこから何を知り、気づき、立ち止まるのでしょうか。架空の学生寮に暮らす"科学する人たち"とひと組の親子の小さな物語――科学者たちが遺した文章を手がかりに、彼らの思考の流れを探る漫画連載『ドミトリーともきんす』、はじまります。

 なぜこんな風変わりな作品が生まれたのか? この四人の科学者たちを、いまあらためて題材として取り上げた理由は何か? その謎を解くため、作者の高野文子さんに会いに行くことにした。

〈物語ではない漫画〉を描いてみよう

 高野文子さんは寡作な漫画家として知られている。1970年代の終わりに「絶対安全剃刀」という作品でデビューし、それ以後も数年に1冊ずつ作品集を出すという、のんびりしたペースで活動してきた。初期からの根づよいファンがいるだけでなく、世代を越えてあらたな読者が生まれ、どの作品も息長く売れつづけるロングセラーとなっている。

 『ドミトリーともきんす』のひとつ前に出た作品集は、2002年に刊行された『黄色い本』。表題作は新潟出身である彼女の自伝的な内容で、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』に読みふけった高校時代が描かれている。それからおよそ十年。なぜ、一転してこのような「科学漫画」を描くことになったのだろうか。

 「長いこと漫画を描いてきましたけれど、自分の話ではないことを描きたくなったんです。『黄色い本』は、創作とはいえ半ば自伝のようなものだったので、自分の中を一生懸命掘る作業をやりくたびれた。あれが終った後、『私は』という主語ではじまる漫画を描くのも、そういう小説を読むのも嫌になってしまいました。

 どうしたらいいかと思って図書館に通ううち、〈小説・文学〉の棚の裏側にも、こんなにたくさんの本があるじゃないか、近頃は小説や物語ではない本のほうが、どうやら面白いらしいと気がつき始めた。そのうちに、漫画や文芸が専門ではない理系出身の若い編集さんが『こんな本はどうですか』と、いろいろ薦めてくれるようになり、〈物語ではない漫画〉を描いてみよう、ということで意気投合しました」

「とも子」はこのドミトリーの寮母。「きん子」はその娘
 (図版はすべて『ドミトリーともきんす』(中央公論新社より)

 こうして『ドミトリーともきんす』のウェブ連載がスタートした。「ともきんす」というネーミングは、原子核崩壊理論やビッグバン宇宙論で知られるロシア出身の理論物理学者、ジョージ・ガモフの啓もう科学書シリーズに登場する主人公〈トムキンス〉からとられている(ドミトリーの寮母「とも子」と、その娘の「きん子」にその役が割り振られている)。

 「最初に編集さんがもってきたのが、ガモフの本でした。トムキンスさんの絵は、ガモフ自身が描いたイラストを模写しました。ヒゲもはえてる感じで(笑)。ブラッドベリなどのSFをもってきてくれる人はこれまでもまわりにいたけれど、こういう本は誰も薦めてくれなかった。私にしてみれば、『なぜこれを教えてくれなかったの!』という感じなんです」

 『ドミトリーともきんす』のウェブ連載がはじまる前年に、高野さんは「真夜中」という雑誌でふたつの短編を描いている。ひとつはガモフの『不思議の国のトムキンス』を題材にした「トムキンスさん、ケーキをありがとう。」(今回の単行本にも収録されており、その際に「球面世界」と改題)で、もう一つは「Tさん(東京在住)は、この夏、盆踊りが踊りたい」。私はこれを雑誌掲載時に読んでいたが、高野さんが何をしようとしているのがわからず、面食らった記憶がある。

 「『Tさん(東京在住)〜』は、たまたま折り紙を折っているときに、『折り紙の折り方』みたいなハウツー・マンガを描きたいなと思ったんです」

 まさに情緒が排除された「折り紙の折り方」のような漫画で、こちらも『ドミトリーともきんす』の単行本に収録されている。この作品の考え方の延長線上に、『ドミトリーともきんす』があったことを知り、ようやく腑に落ちた。

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