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みどるな看護のこれから 医療と治癒のあいだで文:西村 佳哲

出来ることをちゃんと

──うかがってきたような看護というか、理想的なケアを求めている人は、いまは例えば整体やボディケア・サロンのようなところへ行っていて、むしろ看護の立ち位置は、より難しくなっている気がしてきました。

川島 でもちゃんと看護を行う方が、医療にとっても治療効果が早く上がる。だからこれは上下関係でなく、共同でやる仕事なんですね。

 国は最近「2025年モデル」という枠組み(5人に1人が75歳以上になる時代に対応する社会保障制度のあり方)を提示していて、そこで言われているのは「これからの医療は在宅にシフトしてゆく」ということです。医療と看護の共同を、そこで実現してゆけばいい。

 最近新聞にも載るようになってきた「地域包括ケア」は中学校校区単位で、いざというときに20分で駆けつけられる範囲がおおよその条件です。そこには開業医がほどよく分散している。そのお医者さんたちが、これまでは耳鼻科・脳外科・胃腸科という具合に専門分化してきたけれど、昔の開業医が、喉も耳もちょっとした眼底も、胃や腸や胸も診たように家庭医としてすべての病気を診て、看護師がそこで一緒に働きながら、家族ぐるみのヘルス・プロモーションをしてゆける状況になったらすごくいいと思います。

──医師と一緒に。

川島 医師にもいろんな人がいて、これでは駄目だなあと思ってしまうような人もいれば、本当に尊敬出来る人もいらっしゃるから十把一絡げに「医者」とは言いたくないけれど、私は後輩や看護学校の学生たちにいつも「いちばん身近なパートナーである医者に、まず看護を理解してもらいなさい」と伝えてきた。自分もその努力をしました。「川島くんがいないとやっていけない」と思わせるようなことをしなきゃと思ったから、すごく勉強もしたし、考えて工夫もしたんです。

 ある時期、耳鼻科にいたのだけど、例えばそこに子どもの患者さんが来て、扁桃腺を取る手術をする。その成功は医師の腕にもかかっているけれど、局部麻酔なので、手術中に子どもが大暴れしたらうまく取れなくて血だらけになって、一晩中鼻から血を出して苦しむわけです。そうなってはいけない。だからその子を落ち着かせることが大事なのね。

 50人くらい実験的にやってみたことがあったのだけど、まず仲良くなる。通じそうな話題、その頃だとたとえば「オバQ」の話とか交えながら。で「今日はママになんて言われて来たの?」と訊くと「東横デパートの屋上でアイスクリームを食べるの」とか言う。「騙されてきたな」と思いながら「幼稚園のお友達はだあれ?」とか15分くらい何気なく話しかけて、その子の様子がわかってから台に乗っけるんです。

 そんなふうにかかわってゆくと、子どもたちはすごくリラックスするし、暴れない。耳鼻科だから鼻に綿棒を突っ込んだり嫌なことばかりするんです。喉に何本も麻酔の注射を打ったり。その子をなだめながら唾を吐いてもらったりするから大変なの。でも全然頭を振らないし、お母さんが抑えこまなくても採血も出来るんです。

 注射器も100ccのこんな太いのから、50cc、30cc、20cc、10ccと並べておいて子どもに訊くんです。「血って何色だと思う?」「赤い」「青いかもしれないじゃない。調べてみようね。どれがいい?」と訊ねると10ccのを指す。「じゃあこれでやろうね」、とやっていくと全然平気。でも子どもは我慢に限界があるから一発でやらなきゃ駄目。泣く前に終わらせる。「すごい。強い、えらい」と褒めて「よかったねー」って言葉をかけると、胸を張って帰っていきます。そうでなく、大人たちに押さえつけられた子どもはね、次に来るときが大変なんですよ。

 先生(医師)は手術をする自分の横にいて道具を出してくれる看護師が望ましい。それで「こっちに来てくれ」と言うんだけど、私は子どもの後ろ側に立って「駄目」って(笑)。だってそっちに行ったら先生と一緒に嫌なことをするわけだから、子どもに嫌われちゃうでしょう。「縛りつけてこっちに来ればいい」と言われても行かない。それは大人でもそう。原則ですよ。看護師は痛いことをしちゃ駄目なんです。

 そうしてゆくうちに医者も、だんだん気づいてくる。「川島さんが受け持ってくれた子どもは出血しない」って。結果がついてくるからすごく協力的になりましたよね。「また魔法をかけてくれ」と言うので、「魔法じゃありません。これは看護の技術です」と答えて。でもお母さんたちはその場にいないから「お宅の先生、腕がよくて上手ね」って言うの。本当は看護がいいんですよ(笑)。

 いまの医療制度や医療の現場では、看護の理想は難しい。みんな疲労困憊していて、なるべく仕事をしない工夫をしないと一日が過ぎていかないような矛盾がある。だから私は苦しいわけ。

──手を抜かないとつづけられないような仕事は、誰より本人が大変ですね。

川島 そうです。喜びは湧いてこないし、そんなの嫌じゃない?

 だからともかく一人でもいいから「この人に」と、やってごらんって。そうしたら絶対にその人は変わるし、主体的な喜びが生まれて「あの人にも」ってなるから。そして職場も変わってゆくから、と言っているの。

 夜中にふと目を覚まして、それが12時頃だとね。私は「いま日本中の何千という病院で、一斉に看護師たちが夜勤の引き継ぎをしているんだな」と思う。で、ゾクゾクッとするんです。私もしていたのだけど、この瞬間にいろんな場所で、整然と申し送りが行われているんだなと思うとなんだか本当に感動的で。すごい組織だと思わない?

 国民皆保険制度は日本が世界に誇る保険制度だから、あれは崩してはいけない。そこをベーシックなものとして共有しながら、看護が出来ることを、ちゃんとやればいいと思うのね。全国に175万人いるんですよ。その人たちが毎日奮起して、めいめいの状況をつくってゆければ、と思うの。

川島みどり Kawashima Midori

1931年生まれ。 1951年日本赤十字女子専門学校卒業。同中央病院小児科病棟を経て母校の専任職員に従事した後、臨床に戻り外来看護の確立をめざす。『実践的看護マニュアル』をはじめとする論文や著書の執筆、看護師継続研修システムの導入や、看護師の労働条件・業務改善への貢献等の実績から、2007年に第41回ナイチンゲール記章を受賞。現在は後進の教育にたずさわりながら、「東日本これからのケア」プロジェクトも手がけている。

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