ページの本文へ

Hitachi

Open Middleware Report Web

数理的発想法10 誰が発明したのかわからないUIが社会を便利にする 文:仲俣暁生

「普通の人」が使えるGUI

 冒頭でも紹介したように、増井さんは現在の職場である慶応義塾大学に移る以前、アップルで初期iPhone用の日本語入力の開発に携わっていた。富士通、シャープ、ソニーといった大手電機メーカーや産業技術総合研究所にも在籍し、そのいずれにおいてもUIの研究開発を続けてきた。いわば、この世界の日本での第一人者である。

予測変換インタフェースを採用した携帯電話用POBox の日本語版入力画面。この技術は現在のスマートフォンでは一般的になっている。

 増井さんが開発した成果のうち、私たちがいまもっとも身近にもちいているのは、「予測インタフェース」と呼ばれる文字入力のしくみだろう。

 たとえばスマートフォンで、「よろしく」と入力しようとしたとする。伝統的な方法では入力された言葉に対して変換候補を示すだけだが、最近は「よろ」までと打つと「よろしく」という候補が表示され、さらに「お願いいたします」といった言葉までが表示される。いわば人間の思考を先読みしてくれるのだ。

 これはもともと、検索技術として生まれた「インクリメンタル・サーチ」を応用したもので、文字を入力しはじめた段階から検索エンジンが走りだし、次々に候補となる文字列を表示してくれる。現在はウェブ検索やスマートフォンの文字入力でも一般的になっている。

 増井さんはこれに、曖昧検索の技術を組み合わせた。たとえば「ピテカントロプス」のスペルはpithecanthropusだが、これをうろ覚えで「pitekan」のように間違って入力しても正しい結果が得られるような検索技術が曖昧検索だ。この二つを増井さんは文字入力システムに実装した。

 当初はペン入力ができるPDAでの利用を前提にしていたため、この文字入力システムは「POBox(PenOperation Based On eXample)」と名付けられたが、現在は「PredictiveOperation」の略語として定着している。「POBox」を利用できる端末も、PDAからフィーチャーフォン(いわゆる「ガラケー」)や情報家電へ、さらにAndroidベースのスマートフォンへと広がった。曖昧検索の仕組みはアップルのiPhoneには実装されなかったが、日本語の予測入力はその後の機種にも受け継がれる標準的な仕様となった。

ユニバーサルな発想でものを設計する

 パソコンのUIが大きく変わったのは、1984年にアップルのマッキントッシュが登場したときだ。それから数えればすでに30年、1995年のWindows95の爆発的普及から数えても、20年が経っている。それまでのMS-DOSをはじめとするオペレーティングシステムが、「文字(キャラクター)」によるコマンドをベースとしたCLI(Command Line Interface)を採用していたのに対し、WindowsやMacOSでは「アイコン」と「ウィンドウ」をビットマップディスプレイに表示し、マウスのようなポインティングデバイスでコンピュータを操作するGUI(Graphical User Interface)が採用された。

 パソコンからスマートフォンやタブレットへと個人向け情報機器の主役が移っても、基本的な考え方がGUIであることは変わらない。自身もかつて国産ワークステーション向けに独自のウィンドウシステムを開発した経験のある増井さんは、いまのGUIには飽きたらないものを感じているという。

 「GUIを最初に開発したのはゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)にいた研究者たちですが、そもそも彼らは自分が便利に使えるようなものを開発した。GUIになって、それまでのパソコンよりは簡単に操作できるようになったけれど、たとえば身体に障碍のある人や、言い方はヘンですが、健常者でも泥酔している状態の人にとっては、少しも使いやすいものになっていません。

 予測入力の「POBox」も、もともとは私自身が文字を速く入力したかったから、ようするに自分用に作ったんです。でも、これだとキーをあまり打たなくても入力できるから、結果的にユニバーサル・デザインになった。

 今後は検索のUIにしても、マウスもキーボードもない場合にどうするか、というところから考えないと圧倒的多数の人には響かない。はじめからユニバーサルな発想でものを設計して、その一部を自分でも便利に使っていると考えた方がいいんじゃないか、と思うようになりました。

 いまのパソコンやスマホは、30年以上前にできたGUIを無理やり使いやすくしようと苦労している。それに、たとえばIllustratorはすごいソフトだけど、普通の人には使えない。自分で絵を描くわけじゃない人にまで、絵の具を無理やり売りつけるのはおかしいでしょう。それが「絵が欲しいだけなのに、画材を売りつけられている」という発言の真意なんです。逆にいまのGUIでは、簡単なアイデアスケッチでさえ描くのが大変です。この部分のUIは、少しも改善されていません」