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みどるな事業継続の試み 価値の遺し方、会社の渡し方 文:西村 佳哲

会社はなんのためにあるのか?
事業は誰のものなのか?

IT企業や移住希望者の注目を集めている山間の町で、
古い民家に手を入れてオフィスを構え、
あらたな船出を始めた経営者の話をうかがってきた。

総ガラス貼りのえんがわオフィス。「ざっくり決めたのは、空港から1時間とかそんな条件。<br />
ちょうどいいですよね。いざというときには日帰りも出来るし、空港から車で走ってゆくときのワクワク感や、五感が開いてゆく感じ。<br />
「違うところに来た」という経験が得られる」(隅田)総ガラス貼りのえんがわオフィス。「ざっくり決めたのは、空港から1時間とかそんな条件。
ちょうどいいですよね。いざというときには日帰りも出来るし、空港から車で走ってゆくときのワクワク感や、五感が開いてゆく感じ。
「違うところに来た」という経験が得られる」(隅田)

 四国に神山という山間の町があり、最近メディアに取り上げられる機会が多い。人口約6000名の過疎地だが、町のNPOを中心に、この十数年さまざまな試みと人的交流が重ねられてきた。

 この町の、近年の大きなトピックスの一つに、築90年の民家を改築し て生まれた「えんがわオフィス」という場所がある。東京で映像関連の事業を営む会社が、約2年前にバックアップ用のローカルオフィスとして開設。関連する新会社もこの町で設立し、スタッフの半数以上は地元で採用された若者たち。建物は総ガラス張りで、中で働いている姿がよく見える。

 土地が育んだ気質なのか、神山には移住者に寛容な人が多い。とはいえ、空き家を借りた都会の企業が、そこでいったい何をしているのか?わからなさを感じていた住民は少なくなかったろう。

 しかし「えんがわオフィス」は丸見えだし、なんといっても地元の若者が働いている。募集告知は新聞の折り込みで、地域に対し一斉に行われたそうだ。「勤め先がない」という理由で出ていかざるを得なかった若い人たちが、故郷で働いて・生きてゆける場所が工場とはまた違う形であらわれたわけで、過疎の町にとってこれは大きな出来事だった。

 にしても、なぜここまでの手間と費用をかけて、古民家をオフィスに改修するのか。(下部写真参照)

 在来工法の民家は、礎石に柱を乗せただけの工法で建てられているが、ここではあらたに鉄筋を入れた基礎コンクリートを床下に打設。耐震性能も非常に高いスペックで再設計されている。重要文化財でもない民家にそこまでするより、新築で建てる方がリーズナブルなのは言うまでもない。この会社の経営者はいったいどんな意図を持っているのだろう? 創業した会社の経営は東京の仲間に託して、本人は神山に拠点を移し、この町のあらたな渦の一つになっている隅田徹さんのお話をうかがった。

遺さないと、遺らない

みどるな事業継続の試み

隅田 東京の会社は「プラットイーズ」という名前で、簡単に言うとプロが使う業務用の番組表をつくる仕事をしています。創業は2001年。世の中は、その頃地デジ化を迎えていろいろなチャンネルが生まれていた。そのコンサルテーションや、放送運用に使用する廉価なスケジューリング・システムを提供してきたんです。

 追ってそのシステムの運用も請けるようになり、放送を終えた番組をアーカイブ(保存・保管)する仕事も始まって、再利用時のための属性データを映像素材に付けてゆく仕事も手がけるようになって現在に至ります。

 番組配信の方が量的に多いしお金にもなりやすい。でもこの10年ほど、少しづつアーカイブに業務の軸足を移している。映像情報は「いま見せる」ことより、「それをどう遺し、継承してゆくか」ということの方が大事になってきているんですよね。

 たとえばフランスは、古い写真や映像を遺す作業に国がすごい予算を組んで取り組んでいる。世界中からロイヤリティが入る仕組みも戦略的に用意しながら文化資産を遺して、人々がアクセスしたり、その素材から別のものをつくり出せる構造をつくっている。日本の映像も、世界中で使ってもらえれば、それがアジアにおける独自のブランディングになってゆくわけです。いずれそうなるだろうと思いつつ、まだ誰もやらないので民間企業のかたちでやっているんですね。

──そのデータのバックアップ先として、神山にオフィスを構えたんですか?

隅田 きっかけはそうです。BCP(Buisiness Continuity Plan/事業継続計画)と言うんですけど、具体的に言えば直下型の大地震に備えて分散化しておこうと。社員が全員東京にいて、そこでサービスを継続出来なくなり会社が潰れてしまったら、みんなの生業がなくなってしまうし利用者に迷惑がかかるし、なんといっても我々が成し遂げようと思っていたことが出来なくなるので。

 2011年3月の震災で状況は加速して、全国の候補地をリストアップしてしらみつぶしに当たっていったんです。その中で思いがけない出会いがあり、この町に決めた。母屋と蔵を改築してオフィスにして、いまちょうど一年半くらい。同じ敷地にアーカイブ棟を、これは新築で建設中です。

──東京と同じ仕事を、サテライト でもやっているんですか?

隅田 はい。両方のスタッフが代わる代わる行き来しながら働いています。東京のスタッフが神山に短期滞在して働くスタイルは、思った以上にいいですね。成果もよく出るし、どういう職種がサテライトワークに向いているのかもよくわかりました。

 うちはアニメから実写まで、アダルトも含み、あらゆる映像データを扱っていて、大きくわけると「コンテンツ」と「記録映像」の2種類になります。

 前者はテレビ番組や映画のような、商業目的でつくられたもの。後者はコンテンツに仕立て上げられていない素材レベルの映像。時間が経てば経つほど、こっちの方が大事なものになってくるんです。たとえばいま明治時代のどんな映像が価値を持つかといえば、作り込まれたコンテンツより、何気ない日常を撮した記録映像です。その時代の人が普通に話していたり、食べていたり、働いている。そんな他愛ない日常的な素材の方が長い目で見ると大事で。

 で、これは誰かが遺さない限り遺らない。とくに最近はデジタル時代になって、写真も動画もいっぱい撮られているけれど、次の時代の人も使える状態にして遺してゆく作業は出来ていない。なんらかのクラウドサービスに上げておいても、そのサービスがなくなると丸ごと失われる可能性がある。記録媒体に保存して家で持っていても、3代も経てばおそらく捨てられてしまう。当事者以外の第三者が、100年、200年と保管してゆくことを担保する構造の中に入れてゆかないと遺らないんですよ。配信などコンテンツ系の仕事で稼いだお金で、僕らはそっちをやっているんです。


改装のBefore 上/After 下。「ヨーロッパの映像関連の会社が、夏のバカンスのあいだ3ヶ月ほど田舎にあるローカル オフィスに移動し、自然豊かな環境の中で、寛ぎながらクリエイティブに働いている様子を見たことが以前あったんです。 むこうの古民家を改装して、内部には非常に近代的で働きやすい環境が整っていて。そのイメージもあった」(隅田)

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